Cosmos and Chaos
Eyecatch

第10章:板挟み

  • G
  • 1994字

 フェリックスは止血し終わると魔法で服と髪を乾かした。ブルーナはあれきり黙ったままだったので、フェリックスの方から話を切り出す。
「あの二人、何時から名前で呼び合うようになったんだろうね」
 ブルーナはボイスとハンナの事だろうと思ったが、答えを知らなかったので首を傾げただけだった。フェリックスはめげずに別の話題を出す。
「っていうか、俺って鈍くさいよね。雨なのに癖で日傘持って来ちゃうしさ…」
 ブルーナは一言「そんな事無いよ」と言っただけでまた黙ってしまった。
「…ブックスさん大丈夫?」
 フェリックスはブルーナが喋らないので心配になった。今日は先生に皆の前で恥をかかされ、暴力沙汰に巻き込まれたのだ。傷心して話す気力になれないのだろうかと、フェリックスは足を止めてブルーナを振り向かせ、顔を覗き込んだ。
 ブルーナは反射的に目を逸らし、下を向く。ブルーナは確かに傷付いていたし、ショックも多少受けてはいたが、別に喋れなくなる程の傷心ではなかった。ブルーナは最早、フェリックス自身の所為で話せなくなっていた。
 二度も庇ってくれたフェリックスを、ブルーナは半分本気で好きになっていた。同時に、計画の事が思い出され、いずれはティムの思惑の為に彼を利用する日が来るのだから、本気で惚れこんではいけないという思いと葛藤していた。
(私がいくら本気で好きでいたって、利用されれば絶対私の思いも計画の一部だと思われてしまう…)
「あ、だ、大丈夫だから…」
 急いでフェリックスの顔から自分の顔を離し、再び歩き出す。ブルーナの家はもうすぐそこだった。
 ブルーナを階段下まで送り届け、彼女が「じゃあまた明日。傘入れてくれてありがと」と言い終わるか終らないかという時に、フェリックスは喉元に迫っていた言葉を吐き出してしまった。
「俺達も名前で呼び合わない?」
 ブルーナはその言葉に驚いて直ぐには返事が出来なかった。今度はフェリックスがうつむく番だった。それでもブルーナが返事をする前に、フェリックスは次の言葉を紡ぐ。
「っていうか、名前で呼んで良い?」
 今度はブルーナもしっかりと頷いた。それを見たフェリックスが、いつものあの笑みを零した。
「じゃあ、また明日。ごめん、本屋はまた今度寄る」
「また明日」
 フェリックスは最後にもう一度だけブルーナに微笑むと、足早に其処を去った。ブルーナはフェリックスの美しい笑みに陶酔しながら、家への階段を上って行った。
 その様子を少し離れた所から見ていた少年が居た。
 ブルーナが家に入って間もなく、玄関のチャイムが鳴った。
「はい、どちら様?」
 晩ご飯のメニューは何にしようかと料理の本を眺めていたがそれをテーブルに置き、玄関に向かって走る。
「アレックスです」
「鍵開いてるわ。入って」
 言われた通りにアレックスが扉を開けて入って来た。ヴィクトーとティムには早朝店の前で命令を言い渡されたあの日から一度も会っていないが、アレックスは時々こうやって本屋や家を訪ねて来てはフェリックスの事を教えてくれたりした。フェリックスとは対照的に、アレックスとブルーナはこの一ヶ月と少しの間でかなり仲良くなっていた。
 しかし今日は、彼は差出人名の無い手紙を持っていた。
「ゴーストからの便り」
 アレックスを居間に通し、封筒を鋏で切って開ける。内容は次の集会の日程と場所だった。
『明日正午から午後四時まで、ヴィクトー・フィッツジェラルドとエリオット・フィッツジェラルドの自宅にて。昼食はヴィクトーが腕によりをかけて準備してくれる』
「私、フィッツジェラルドさんの家知らないわ」
 キッチンからビスケットとお茶を持ってきてアレックスに出す。アレックスは礼を言ってビスケットに手を伸ばした。
「俺が知ってるから一緒に行こうよ。何なら此処まで馬で迎えに来るし」
「そうしてくれるとありがたいわ」
「じゃあそれで決まりね。十一時に迎えに来るから」
「解った」
 アレックスは今日はこれ以上ブルーナに用は無かったが、まだお暇するつもりは無かった。ややあって心を決め、ブルーナに提案する。
「良かったらだけど、帰りに夕食家で食べて行かない?」
「え、良いの?」
 明日は学校が無いのでフェリックスには会えないが、家に行けば会えるのではないか。そんな思いがブルーナの頭を過った。
「うん。兄貴も喜ぶよ。多分」
「じゃあそうしようかな」
 アレックスは笑った。しかし彼はフェリックスの様に優雅に慎ましく微笑む事は出来なかった。
「決まりね。ママに言っとかなきゃ」
「あ、私もパパに言わなきゃ」
 アレックスは今度こそ退散する事にした。ブルーナの家を辞し、先程よりは勢いの衰えた雨の中を自宅へと歩く。
(見せ付けてやる)
 アレックスは欲に囚われた表情で嫌らしい笑みを零した。傘を差しているので、その凶悪な笑みを見る者は誰も居なかった。
(何もかも兄貴にくれてやるもんか)