第54章:Disguise

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初登場ドランクが理想の最強ミステリアスお兄さんムーブしてたり。
霧の島の話までは入っています。


「アレックスも使うか?」
 マーカスに問われても、アレックスは目の前に広げられたカードの類をただまじまじと眺めるしか出来なかった。
「何これ?」
「今までに襲ってた奴等が持ってた身分証とかIDカードとかのうち、顔写真が入ってなくて、有効期限が設定されていなくて、他人が使用した時にエラーが起こる仕掛けとかが施されてない物」
 マーカスが鼻高々に話す。
(…つまりこれ、全部殺された人の物って事か…)
 アレックスが身震いしているのにも気付かず、マーカスは続ける。
「ま、全部俺が盗ったやつじゃないけど。お前等は良いかもしれないが、俺は正規のルートじゃ国に入れないもんでよ」
「俺達もあんまり良くないぞマーカス」
 彼の横でカードを選定していたヴィクトーが言った。
「国を出る前に、俺、義父を操ってたんだ。でも元々マーカスに俺が操られて、俺に彼が操られた状態だから、あんまり歌の効果が強くないと思うんだけど。俺そもそも魔力開発してないから強くないし」
「あーそりゃ、今頃効果が切れてお前の事追ってきてるかもなあ。ウィリアムズからも大分離れちまってるし」
「術者が近くに居るか遠くに居るかで変わるの?」
「変わる変わる」
 アレックスの問いにマーカスは頷きながら、一枚のカードを投げて寄越す。
「アレックスは吟遊詩人だ」
 アレックスが受け取ったのは、東の谷の向こうにある、シャンズ国の身分証明書だった。しかし帰化した人物なのか、シャンズ国らしい名前ではなく、どちらかと言えばアンボワーズ系の「フェリックス・キュリー」という名前が印されていた。
「はいこれに着替えてこれを持つ」
 マーカスは次々とアレックスに変装道具を渡す。渋々アレックスはトラックの荷台で着替え始めた。
(っていうか何で弦楽器まで持ってるんだあいつは…?)
 マーカスの異常なまでの準備の良さに呆れつつ服を脱いでいると、トラックの外でヴィクトーの激しい抗議の声が聞こえた。
「ぜっっっっったい嫌だ!!!!」
 何事かと上半身裸のままトラックから顔を出すと、ヴィクトーが頭を抱えて地面に転がっていた。
「ほらほら、大人しくこれに着替えたら頭痛も引くよ?」
「…なんじゃそりゃ?」
 マーカスが手にしていたのは、あちらこちらにレースとフリルとリボンが付いた、女性用の外出着だった。

(耐えろ俺耐えろ俺耐えろ俺…)
 ヴィクトーは自分を抑えるのに必死だった。マーカスの魔法が切れている今、この服を脱いで彼に逆らう事はたやすい。しかし作戦の為だと仕方なく我慢する。
 アレックスは異国の民族衣装を着、見慣れない弦楽器を背中に担いだ姿で笑いを堪えていたが、やがて肩を震わせて噴き出す。
「ぶっはははは!」
「笑うなアレッークス!」
「まあまあ怒らないの。折角の美少女が台無しだぜ?」
 言いながらマーカスはドレス姿のヴィクトーに化粧を施していく。
「ほーら。俺は前から思ってたんだよ。こいつ化粧したら結構いけるだろ?」
 メイクを完成させ、ヴィクトーをアレックスの方に向かせながらマーカスが言う。年頃の女の子…じゃない、変装させられたヴィクトーがアレックスを睨んだ。元々小柄で髪を伸ばしていた上に、鍛えられた筋肉は洋服のひらひらで隠されているから、よくよく見ないと男だとは気付かない。
「だったら嫁に貰ってくれよマーカス」
「残念だな、俺は女にしか興味が無い」
 マーカスがヴィクトーを放すと、ヴィクトーは自分が使う、トレンズ国の女の身分証を持ってトラックの助手席に座った。とにかく恥ずかしいのか、奥に引っ込んで此方を向かない。
「あはははは。あ、アレックス、俺の髪を切ってくれ」
「え? 良いの?」
「俺はヴィクトーの兄って事で国に入る。トレンズ国の男はまず髪の毛を伸ばさないらしいからな。泳ぐのに邪魔とかで」
「ウィリアムズでも普通伸ばさないよ。暑いもん。暑くないわけ?」
 納得してアレックスは指示に従う。髪を短くしたマーカスは、今まで以上にヴィクトーに似ていた。
「暑い時期は俺達は北に逃げれらるからな。それに、髪を伸ばすのはラザフォードの伝統なんだ」
「え、切っちゃったよ?」
「やむを得ない場合は構わない。あとアレックスもちょっと化粧した方が良いな。ウィリアムズの人間は少し肌が暗過ぎる」

「えええ俺から行くのお?」
 三人はマイルズ国の南門から少し離れた木立の中で話し合っていた。
「だいじょぶだいじょぶ。堂々としてればすんなり通れるからよ。マイルズはウィリアムズと違ってセキュリティ激甘だし」
「何なら手本を見せてやったらどうだマーカス」
 ドレス姿にすっかりふてくされたヴィクトーが言う。今はマーカスの手によって、頭にリボンまで巻かれていた。
「じゃあ俺達が先に入るか。ヴィクトー、お前は喋るなよ、流石に声までは変装出来ないからな。人見知りのお嬢さんで通せ」
「あいあいさ」
「あ、あと名前は自分のじゃなくて身分証のやつを書く事。基本的な事だけどこれでミスって捕まった仲間がごまんといるからな」
 そうして二人はトラックに乗り込み、マイルズの門へと走らせた。アレックスはゆっくりと馬を歩ませながらその様子を見守る。
「コンニチワー」
 マーカスが見事なトレンズ訛りで車の中から管理官に声をかけた。
「観光デ入国シタイデスケドダイジョウブデスカ?」
 慣れた様子で管理官が紙を差し出す。
「じゃあこの用紙に必要事項を記入して下さい。そちらのお嬢さんも。身分証をお持ちでしたら指紋の採取は必要ありません」
「コレデスー」
 後方から眺めていたアレックスは、何の疑いも持たれずに二人が門を通り抜けていき、一安心したと同時に一人国外に残されて心細くなった。
(…ええい、こうなったらやるしかない!)

「なんか上手く行き過ぎて拍子抜け…」
 アレックスは再びマーカスとヴィクトーとで早めの夕食を食べていた。森の中ではない。この国で一番背の高い、あのホテルの食堂である。
「な? 堂々としてたら判らないもんだろ? ソウ思ウヨネ、ローレンス?」
 マーカスが前半を小声でアレックスに囁き、後半をローレンスという少女に変装しているヴィクトーに向かって言った。ヴィクトーは頷くしかできない。
 もっとも、そんな気遣いは不要な程、食堂はがやがやと混んでいた。今日の昼公演を見に来た客や、この後八時から始まる夜公演を見に来た客でごった返しているのだ。現に隣のテーブルでも、女性達がこんな話をしている。
「ハーキュリーズ亡くなったの残念よねー」
「でも、あの代役の人? 凄く格好良かったわね、緊張してたみたいだけど歌は上手かったし」
「新しい女優さんとのラブシーンなんかは本当にリアルな演技で、こっちが恥ずかしくなっちゃったわ」
「八時公演はまた違う人が代役らしいわよ」
 当然、こんな場所でサーカスの団員達が食事出来る筈が無い。これから公演がある日は、団員の食事はホテルの従業員達によって各自の部屋まで運ばれる。
「当たり前だけど団員の部屋の場所は教えてくれなかったな。『妹ガスッゴクファンデサイン欲シガッテルンデス!』ってロビーの人に頼み込んだけど」
 マーカスがフォークを齧りながら言った。
「マーカス、行儀悪い」
 ヴィクトーが小さく言った。マーカスが可笑しそうに笑みを浮かべながらヴィクトーを睨む。
「『行儀悪い』? 俺より手癖の悪かった兄貴の息子がよく言うぜ」
「まあまあ、落ち着いて」
 険悪な雰囲気に冷や汗をかきながらアレックスが話題を逸らす。
「この様子じゃ、このホテルに居るって事は判ってるのにエドガー君も兄貴も見付けられないよ。それにさっきちらっとエリオットさんが歩いてるの見えたし、逆にこっちが見つかっちゃう」
「エリオットって?」
「俺の義父。多分俺の捕捉かエドガーの護衛任務で此処に居るんだろ」
 ふーん、とマーカスがフォークを口から離した。
「…チケット買うか」
「「え?」」
 二人が同時に訊き返す。
「あいつが舞台に出る事は判ってるんだ。ホテルや劇場への移動途中で狙えないなら、劇場で待ってたら一番確実じゃんか」
「えーっでも俺達兄貴やエリオットさんに見られたらばれるって…」
「いや、それでいこう」
 アレックスは抗議しようとしたが、ヴィクトーがマーカスの案に賛成したので、アレックスは口を噤むしかなかった。
「ただ、怪しまれない様に俺とアレックスは別行動だ。多分エリオットは俺とアレックスと二人で行動してると思ってる。チケットを買うのも別々、座席も別々、劇場に入るのも別々にするんだ」
「よーし、じゃあまず俺が買って来るかな。何か知らんけどすぐ売り切れちまうんだろこのサーカスのチケット」
「俺のも頼む。折角見るんだし前の方が良いな」
 ヴィクトーが立ち上がったマーカスに言った。
「何? 芝居全部見る気か?」
「別に良いだろ。わざわざ金出すんだし」
「まあ汚い金だけどな」
「こういうのは大体最後にカーテンコールって言って、役者が全員舞台に並ぶんだ。演技してる時と違って動きが少ないし、狙いやすいぞ」
 それを聞くとマーカスは再び面白く無さそうな顔になって、チケットを買いに行った。マーカスは自分が知らない事を、特に文明的な生活をしないと解らない事をヴィクトーに教えられるのが気に食わないのだ。
「アレックス」
 マーカスの姿が見えなくなってから、ヴィクトーがアレックスの手を突いた。
「俺達より後ろの座席を取れ。マーカスを狙える所」
 アレックスは頷いたが、心の準備は全然出来ておらず、ただ頭を上下に振っただけに過ぎなかった。
「こんな変な格好で死ぬ事になるとか最悪」
 ヴィクトーがアレックスを笑わせようと冗談めかして言ったが、アレックスは全然笑う事が出来なかった。

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