Cosmos and Chaos
Eyecatch

第64章:Disguise

  • G
  • 6461字

「団長」
 翌日の朝食の席で、新聞の陰からニヤニヤ笑いをしながら言ったのは、アンドリューだ。
「今回の戦争はスミシーズの勝ちだ」
「戦争?」
 物騒な単語にフェリックスが不安げな表情を浮かべる。オズワルドは安心させるように説明した。
「と言っても、電脳戦争だよ。エスティーズ国と、アンドリューの祖国のスミシーズ国はかれこれ五十年くらい、交互にサイバーテロを仕掛けているんだ」
「もはや伝統行事」
 アンドリューが事も無げに答える。
「国際電脳戦争はただ相手方にウィルスを流し込むだけじゃないぞ。互いにマルウェアを開発したりセキュリティソフトを開発したりして、他の関係無いハッカーが襲ってきた時の為に訓練してる訳」 
「はあ」
 ウィリアムズは科学技術が発達しているものの、国民性か何なのか、それを国内で普及させようという動きは殆ど無い。郊外には幾つもの半導体工場なんかがあり、ウィリアムズ国民の実に三分の一近くがそういった工場関係の職に就いているのに、国民はコンピューターどころかテレビすら家に置こうとは考えないのだ。テレビ局とサーバーを政府がいつまで経っても準備しないからかもしれないが。
 とにかく、国民は今の微妙にアナログな生活様式でも苦労していないし、半導体部品は輸出すればかなりの儲けになる。人口に対して食料資源に乏しいウィリアムズは食品を外国から輸出せざるを得ないから、正直な所作った半導体を自分達が使う分まで回せないのかもしれなかったが、とりあえず国民は現状に満足しているのだろう。
「とりあえずスミシーズの勝ちスミシーズの勝ち」
「解った解った」
 オズワルドはポケットから財布を出すと、コインを一枚アンドリューに投げた。
「次はどっちに賭ける?」
「エスティーズ」
 オズワルドは食事を再開させつつ答える。
「じゃ俺スミシーズ」
 アンドリューも新聞を脇に置いて椅子に座り直した。そこで今まで黙っていたエリオットがフェリックスに話しかけた。エリオットはエドの隣に椅子を増やして、フェリックスと同じくハーキマー一家のテーブルで食べていた。
「マイルズにはラジオも無いんだね…」
「そう言えばそうですね。ていうか電気自体通ってないですし」
「遅れてて悪かったわね」
 先に食べ終わったレベッカがフェリックスの後ろを通る際に嫌味を言った。少し気まずくなって沈黙が流れたが、ややあってエリオットが口を開く。
「実は俺、外国に来るの初めてでさ」
「俺もです」
「カルチャーショックというかなんというか…」
「落ち着かないのかね?」
 オズワルドが口を挟んだ。エリオットがどぎまぎして頷く。
「解るよ。私もエスティーズからマイルズに来た時はびっくりした。夜が余りに暗いものだから、慣れるまでなかなか寝付けなくて」
「そうなんですか。俺は良く眠れますよ」
 フェリックスの言葉に二人が振り向く。
「あ、俺、国に居た頃は不眠症で。でも国を出てからちゃんと寝るべき時に眠れます。疲れてるからかも…」
「まあ、まあ、それは良い事だ」
 朝食を終えると、皆は各自の部屋へ散って行った。最初の公演は午前十一時から始まる。それぞれに台本の最終チェックをしたり、衣装に着替えて化粧をしたりと忙しいのだ。
「フェリックスーにーたーのみごと!」
 エリオットと手持無沙汰な感じでロビーに座っていると、ピエールが歌う様にしてフェリックスに声をかけた。
「が、あるって姐さんが。あと」
 今度はエリオットを見る。
「フィッツジェラルドさんは、もうテントの方へ。エドは衣装の関係上もう舞台裏で着替えとかやってるんで」

 フェリックスが今度は何だと思いつつレベッカの部屋へ行くと、手渡されたのはスーツ一式だった。
「ちょっと着てみて」
 レベッカはそう言うと慌ただしく部屋を出る。フェリックスが着替え終わった頃に、再び慌ただしく戻って来た。
「ぴったりね。会場の誘導と監視をお願いしたいの。まあうちのお客は皆礼儀正しいから、座席に迷ってる人に声かけするくらいね。あとフィッツジェラルドさんの手伝いと」
 言いながらレベッカはフェリックスをドレッサーの前に座らせ、ワックスで彼の頭を固めていく。
吸血鬼[ヴァンパイア]の完成」

 牙こそ生えていないが、確かに黒髪に深紅の瞳、襟を立てマントを付けた姿はよくある吸血鬼の姿そのものである。この姿でテントの方に赴くと、舞台衣装を着て化粧も済ませた双子が予想以上に喜んでくれた。
「似合ってる似合ってる!」「パパがやるよりいいわ。でも今日はパパは悪魔ですからね」
 そう言ってヴァイオレットが舞台を指差すと、舞台装置の最終調整を行っているオズワルドが居た。
「あと一時間で開場する。それまでに役者は全員準備をして舞台裏に集合しておく事。そうでない者は打ち合わせ通りの配置位置へ」
 フェリックスは自分が舞台に立つ訳ではないのに緊張してきた。その気持ちを読んだかのように、客席をうろうろしていたエリオットが近寄って来て言う。
「緊張するな」
 しかしエリオットは舞台に緊張していた訳ではない。公演中にヴィクトーが襲って来る事が心配なのだ。暗い劇場の中で、エドガーは民衆の前に無防備な姿で現れる。劇場へはチケットが無ければ入れないが、逆に言えばチケットがあれば入れるのだ。銃で仕留めるのに格好のシチュエーションじゃないか。
「二百人か…」
 薄暗い中、それだけの人数の中に紛れこんだ彼等を見付けられるだろうか。
「俺も手伝います。目が悪いんであんまり役に立たないかもしれませんが、アレックスが来たら多分判ります」
 フェリックスの言葉にエリオットが心強くなったように頷いた。
「ありがとう。ともかく、せっかく楽しみにして来たお客さん達の為にも、公演中にあいつが暴れ出さない事を祈るよ…」
「エリオットさんがエドガー君から目が離せないなら、入り口で俺がチェックすれば良いんじゃないですかね?」
「チケット回収は裏方さんが三人がかりでやるんだそうだ。一応開演三十分前に開場だが、客は大体十分前くらいにどっと来るらしい…仲には後から来る客や、立見席もあるしな此処は」
「なるほど…とりあえずチェックしてみますけど見逃したらごめんなさい。レベッカさんに頼まれてる仕事もあるので…」
「いやいや、しょうがないよ」
 そして二人は舞台を見た。煌々と灯りが照らす舞台に、幕が下ろされていく。あと一時間と少しで、此処に別の世界が広がっていくのだ。