第59章:馬鹿言わないで

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  • 2678字

「急患だ! 直ぐにオペの準備を!」
 病院には電灯が点いていた。国内の一般家庭にはまだ電気は普及していないが、一部の病院等は自家用発電機を備え付けているのだ。
「ハーキマー先生がいらっしゃった!」
「怪我人らしい。担架で手術室まで運んで!」
 当直をしていた数少ない病院のスタッフが慌ただしく動き出す。
「フェリックス!」
 待合室で待機していたエドガーが彼の姿を見付け、酷い怪我をしたのはフェリックスだろうかと心配して駆け寄った。が、オズワルドに追い返される。
「ベッキーと一緒に待っていなさい」
 その時エドは、担架に載せられて病院の奥へと運ばれる、血塗れの人物の顔を見た。
 伏せられた切れ長の目、高い鼻、何でも飲み込めそうな大きな口に青白い肌。最後に見た時はもっと幼い顔だったが、今も大して変わらないその顔が誰か、エドは見間違えなかった。
「兄さん…!」
 エドはその後を追おうとしたが、レベッカが肩を掴んで制止する。
「兄さん!!」

「そちらの方々は?」
 手術室にはオズワルド、エリオット、フェリックス、病院のスタッフが三名、そしてヴィクトーが入った。当直の内科医がオペの準備を他のスタッフと大急ぎでしつつ、オズワルドに尋ねる。
「こちらの方は患者の家族の方で、ウィリアムズ国のフィッツジェラルド少佐だ。応急処置は彼が」
 オズワルドはエリオットとフェリックスに手術用の服を着る様に指示しながら説明する。
「そしてこちらはテイラー君。ウィリアムズの学生だが、薬学と魔法医学に精通している。患者は呪いで、他人に放たれた弾丸が当たった影響を自身にも被った形だ。通常の治療では傷が塞がらないかもしれない。君は魔法医学は?」
 オズワルドよりも少し若い内科医は首を横に振る。
 エスティーズでは魔法が発展しなかったので、魔法医学だけは例外的に他の国よりも遅れている。オズワルドも正直馴染みの無い分野だ。
「では彼に呪いの解析は任せる。投薬は彼の指示を聞いて、作業は私達がする」
「ハーキマー先生がそうおっしゃるなら。執刀も先生、お願いします」
「私も専門は免疫なのだがねぇ」
 オズワルドは大きな翼ごと覆い隠す事の出来る、特注の手術服の仕上げにマスクを付けて手袋を嵌めた。
「針を刺したりといった事はこちらでやるから、どのタイミングでどの薬剤をどれだけ投与するべきか指示してくれ。魔法を使う必要があれば君がやってくれ、私達は君以上に素人だ」
 オズワルドに見詰められ、フェリックスは緊張して頷く。
 劇場で泣いていたら、オズワルドに無理矢理馬車に乗せられた。手術に立ち合い、ましてや自分が治療の指示をするなんて、間違った投薬や魔法が原因で死んだら責任が取れない。彼は馬車に運び込まれる虫の息のヴィクトーを見て協力を拒否した。しかしオズワルドが
「馬鹿言うな! 他の者の命を糧にして生きる者が、自ら命を断つ方が何倍も無責任だと思うが? やらなければ彼は死ぬんだ! やって死んでもそれは仕方が無い事だ!」
と物凄い剣幕でフェリックスを責めたので、彼は従うしかなかった。

「術式開始」
 暫くの間は、手術は順調に進んでいた様に思えた。しかし、やがて内科医が絶望的な叫びを上げる。
「どうして血が止まらないんですか!?」
「むう…やはり呪いが…」
 傷を縫えども縫えども出血が収まる気配が無い。とうとう血圧をモニターする機械が警告音を立てた。心臓マッサージで再び心拍は回復したが、非常に危険な状態だ。
「何か手立ては無いのかフェリックス」
 執刀するオズワルド達の邪魔にならぬ様ヴィクトーを観察していたフェリックスは、部屋の壁際で口に手を当て、青ざめているエリオットを見た。
「フィッツジェラルドさん、この人に呪いをかけたのは誰ですか?」
「ラザルス王だ」
(なるほど仕組みがややこしい訳だ)
 ウィリアムズ一族もラザフォードに並ぶ魔法の名門だ。特に王族という職業柄、オリジナルの魔法理論を隠していてもおかしくない。フェリックスの膨大な知識を総動員しても、この呪いは解けそうになかった。
「呪いの呪文って知ってます? もし呪いをかけられた場に居て、覚えていたら一部でも聞かせて下さい」
 エリオットは全てを覚えてはいなかったが、分かる限りの全てをフェリックスに教えた。しかしそれでもフェリックスには道が見えなかった。無意識に首を振ってしまい、それを見たエリオットが苦しげに言う。
「もう駄目なら、あまり長引かせないでやって下さい。彼の望みが死んで自分の歌をこの世から消す事なら、それで…」
「馬鹿な事言わないで下さい!」
 怒鳴ったのは意外にもフェリックスだった。その場に居た全員が驚く中、彼は床にまで流れ落ちているヴィクトーの血で、まだ汚れていない部分に何かを書き始めた。

 ティムは増える一方の仕事を片付ける作業を中断した。そろそろ寝なければ明日の公務に差し障る。
 相当疲れていたので、部屋の床に血文字で何やら書かれているのを発見すると、また質の悪い脅迫か何かだろうと不機嫌になった。
 一応読むかと文字を踏まない様に近付く。見覚えのある筆跡に、ティムの顔色が見る間に変わった。

ヴィクトー・フィッツジェラルドがラザルス王の呪いによって死にかけている。
彼はやむなく彼の歌を使ったのであり、義父のエリオット氏は大変傷心していらっしゃる。
御父上に呪いの解除方法を教えていただきたい。紙に書いて血文字に投げ入れればこちらに自動返送される。
フェリックス・テイラー

 ティムの目に留まったのは、二つだけだった。ヴィクトーが死にかけている。そしてフェリックスが自分に助けを求めてきた。
 友を失う不安と、友が自分を許してくれたかもしれないという期待で複雑な想いを押し隠しながら、彼は父親に電話をかけた。

「ティムはすぐ呪いの解除方法を返送してきた。もっとも、待ってる間にもう一回心臓が止まったけどね」
 全く嬉しくなさそうにフェリックスが話を締め括る。
「呪いを解除したら出血が止まったから、なんとかあんたは助かった訳さ。血液型が珍しくなかった事に感謝するんだね」
「ああ」
 ヴィクトーは眠そうな声で相槌を打った。痛み止めの点滴が無くなったので、フェリックスが看護師を呼んできて、別の点滴に付け替えてもらった。どうやら助手には直接的な医療行為が出来ないらしい。
「まあ、助けてくれてありがとよ」
 フェリックスはヴィクトーと目を合わせず、何も言わなかった。エドガーが暮れていく窓の外を眺め、立ち上がる。
「また明日来るね」
 ヴィクトーは返事をしなかった。彼は再び眠りに落ちていた。

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