第40章:エキセントリック・ガールズ

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  • 3602字

 一通り団員を紹介され、団員に紹介された後、フェリックスは朝食を食べさせてもらい、移動を開始する前にオズワルドからやるべき事を伝えられた。
「ご覧の通り、うちには体の不自由な団員が多い。賊とまともにやり合えるのは、私とレベッカ、アンジェリーク、そして君くらいだ、フェリックス」
 フェリックスは頷いて続きを促した。
「二人一組で昼夜問わず警護を行う。移動は基本的に昼間しかしない。移動中は先頭と最後尾の馬車の御者を務める形となるな。午前零時から四時間区切りを基本にしている。始めはきついかもしれないが、若いんだし、すぐに慣れるよ」
「慣れる前にマイルズに着くわよ」
 そう言ったのはレベッカだった。フェリックスは、何となくではあるが、オズワルドが自分をサーカス団の一員にしたがっているか、してもいい位には思っているが、レベッカはそれに反対である事を感じ始めていた。
「…組み替えをするぞ。悪いが、八時から十二時まではアンジェリークとフェリックスが担当してくれ」
「どーぞどーぞ。団長すっごく眠そう」
 昨晩剣を背負っていた背の高い女性、アンジェリークがカタコトの言葉でそれに賛成した。フェリックスを助けた後に事情を聴く為に起きていたので、オズワルドの睡魔は今にも彼の意識を何処かへ持って行きそうだった。
「昔は一日くらい徹夜しても平気だったんだがなあ…歳だな…」
 オズワルドはそう言って、皆に出発の準備をさせながら自分の馬車へと戻った。アンジェリークがその後をひょこひょこと追う。彼女の馬車と団長の馬車の順番を入れ替えに行ったのだ。
 フェリックスはレベッカに連れられ、一旦彼女の馬車へと戻った。リリーは食べ物と水を与えられ、まんざらでもなさそうに馬車を引く馬に混じっていた。
「はいこれ」
 レベッカは亡くなった団員の棚から小さな拳銃を取り出すとフェリックスに投げて寄越した。フェリックスはいきなり危険物を投げ付けられて慌てて取り落としそうになりながらも、それが床に着く前にキャッチする。
「あの、俺、銃は…」
「此処では免許なんか意味無いわよ。それに、飛び道具無しで対抗できる相手じゃないわ」
 そう言われると銃を持つ事よりも盗賊の方がずっと怖くなり、フェリックスはいそいそと拳銃をベルトに挿した。
「仲間には当てないでよ。弾は二つしか入らないから、イザって時以外は打たない方が良いわね。あと、それは威力が弱いから、至近距離で頭を撃っても大人じゃ死なない時もあるわ。狙うなら腕とか脚とかの方が良いわね。それから、これ」
 次に渡されたのは、細身だがしっかりとした戦闘用の剣だった。
「長いから使いにくいだろうけど、元の持ち主もあんたと同じくらいの身長よ。あんた腕力はありそうだし、振り回すくらい出来るでしょ」
 その他にも適当な武器を見繕ってもらうと、フェリックスは今度は御者台に乗せられた。
「馬の扱い方解る?」
「それはなんとかなります」
 動物と会話できるフェリックスにとって、馬を思い通りに動かす事はそう難しい事ではなかった。普通にお願いすれば、大抵は言う事を聞いてくれるのだから。問題は、この大きな馬車を木にぶつけない様に移動させるよう上手く指示を出せるかだったが。
 時刻は午前八時を回った。オズワルドの合図で、皆が各自の馬車に戻る。レベッカも少しの間心配そうにフェリックスを見ていたが、やがて馬車の中へと入って行った。
(リリー)
 フェリックスは自分の前に居る馬に声を掛けた。リリーが何? と言いたげな目をして振り向く。
(馬車動かした事ある?)
(勿論)
 リリーは偉そうに答えた。フェリックスはほっとする。リリーの横に繋がれていた、元々この馬車を引いていた馬も振り返ってフェリックスを宥めた。
(大丈夫だって。こっちだって経験長いんだから)
 フェリックスは馬に礼を言い、にっこりと微笑んだ。秋の陽射しが長い陰を作る中、馬車は北へ向かって進み始めた。

「フェリックス?」
 午前十一時、一行は馬を止め、昼食の準備を始めた。
「薪拾うー手伝って?」
 間延びするような訛り方の、たどたどしいエスティーズ語でフェリックスに頼んだのは、アンジェリークだった。
「アンジェリークさんは何処の御出身で?」
 承諾したフェリックスは彼女と共に森の奥に進みながら尋ねた。ところで彼女が背負っている大斧は何だろう。
「ごしゅっし…?」
 聞き取れなかったらしく、キョトンとした顔がフェリックスに振り向いた。背が高いし、フェリックスよりも年上の様だが、その子供の様な素振りをフェリックスは可愛く思った。彼の母親も間延びした話し方なので、親近感を覚えたのは確かだ。
「生まれた場所」
「ああー。シャンズ国でーす。わかりますかー?」
「東の谷の向こうの?」
 フェリックスの問いにアンジェリークは頷く。
 ウィリアムズ及びその周辺国は、北を山脈、南を海、西を砂漠、東を峡谷に囲まれていて、その外からやって来た人物に会う事はとても珍しい事だ。特に鎖国気味のウィリアムズ国民は尚更である。
(道理で顔立ちが変わってる訳だ)
 彼女の切れ長の目を見ていると、ふと視線が合って二人は互いに目を逸らした。
「…此方にはどうして来られたんですか?」
 そのまま上方をキョロキョロと見回していたアンジェリークは、その問いにフェリックスの方を見ずに答えた。
「…父を…探しに…」
 聞いてはいけない事だったかと思ってフェリックスが謝ろうとすると、アンジェリークが此方を見た。
「フェリックスってーあたしの父とー同じ名前でーす。あの枝が丁度いーですねー」
 アンジェリークはフェリックスの後方斜め上を指差していた。フェリックスが何の事か解らないでいると、彼女はおもむろに背負っていた斧に手を伸ばすと、それを放り投げた。片手で。
「おわっ!?」
 突然斧を投げ付けられたと思ったフェリックスは叫びながら避ける。しかし斧はフェリックスが元居た位置はちゃんと外して、後ろに生えていた樹の枝を一撃で切り落とした。
(薪…拾いじゃない…ていうか俺別について来た意味無いような…)
 軽々と落ちた斧と枝を担ぐ彼女の後ろを歩きながら、フェリックスは思ったが、アンジェリークが怪力を売りにしている事を知るのはまだ十数分後の未来であった。

「フェリックス知らないの?」
「彼女とっても有名なのよ?」
 マーガレットとヴァイオレット姉妹に昼食を一緒に食べる事を誘われたフェリックスは、彼女達にアンジェリークの事を聞いてみた。しかし双子の返答はその様なもので、思い当たる節が無いフェリックスは、首を傾げた。
「あんまり昔の事言わないでほしいでーす」
「「ごめん」」
 たまたま通り掛かったアンジェリークに釘を刺され、既に食べ終わっていた双子は同時に謝ると、立ち上がってその場を去った。体の半分ずつしか自分の意思で動かせない筈なのに、どうやって立ち上がるタイミングを揃えているのだろう、とフェリックスが彼女達の背中を見詰めていると、二人は通りかかったエドガーと喧嘩をし始めた。
「お義父さん知らない?」
 エドが尋ねると、双子は腕を組んで仁王立ちになった。
「「お義父さんを知りませんか、お姉様方? でしょ?」」
「あんたらの方が年下だ」
「「でも私達の方が貴方よりずっと前からパパの子供よ」」
 アンジェリークは微笑ましそうな顔をして、眠るつもりなのか馬車に戻る。
「ヒントをあげよう。この劇団での彼女の通り名は、『怪力女アンジェ』だ」
 自分も休もうと馬車に戻ろうとした時、小柄で、頭の左側だけ髪を伸ばしたの少年がフェリックスの腕に抱き着きそう囁いた。
(…って)
 フェリックスの心臓が高鳴り始めた。少年の言葉が原因ではない。行為が原因である。
(胸っ胸…!)
 確かさっき紹介された時、ピエールマリー・グスターヴとかいう名前だから男だと思っていたが、押し付けられる胸の膨らみからして女だったようだ。
 フフン、とその様子を面白がると、ピエールマリーはフェリックスと、代わりに見張りに立つレベッカに挨拶して自分の馬車に戻った。
(はあ…此処でもか…)
 積極的な女子にああいう事を何回かされたが、外国でもやる人は居るのかと速まった心臓を鎮めつつ、馬車へ。
「安心しなさい。ピエールは半分男よ」
 おやすみなさい、と御者台のレベッカに挨拶すると彼女がそう返した。
「まあ半分は女なんだけど、一応思春期までは男の子だと思われてそう育ったらしいから。新しく会う人をからかうのが好きなのよ」
「そうなんですか」
 フェリックスは言ったが、話の内容は全く頭に入っていなかった。睡眠欲が我慢の限界に達していた。フェリックスは今度こそ馬車の中に引っ込むと、ベッドに倒れ込んだと思いきや数秒の後には意識を失っていた。単なる睡眠不足だけではなく、この数日間に溜まり溜まったストレスも、フェリックスの神経を圧迫していた。

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