第22章:脱走 part.3

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 「迷いの森」の中で再び彼に会った。
「条件は判ったか?」
「判りましたよ」
 僕は今度は借りてきた馬の手綱を引き締める。
「ですので僕をあなた方のアジトに連れて行ってください。勿論その後無事に帰してくれとは言いません、それに越した事はありませんが」
「対価をそれに変えるのか。何故だ?」
 僕は口の端を吊り上げた。
「今からベリルに帰ったって、どうせあなた達の襲撃から神器を守る為に命を落とすのがオチです…それなら最期に、失われた姫君達のお姿を目に焼き付けたく思いまして」
 というよりも、彼そのものをもっと良く知りたいという、好奇心の為だった。

 そう決めたのは数時間前の事。僕は休憩と状況報告の為にコランダム城に寄っていた。
「会っ…たの…ターコイズに?」
 うろたえたのはサファイア様だった。
「ターコイズと言うのですか、彼は」
 サファイア様は頷いた。本人は隠しているつもりらしいが、お茶のカップを持つ手が震えている。
「『迷いの森』を抜けて来れて歳を取れない人物といったら彼しか居ませんわ」
「ご存知なんですか?」
「昔会った事がありますの…『砂漠の薔薇』を上手く丸め込んでいたのね…」
 彼女はこの件についてはあまり語りたくないらしかったので、僕は再びベリルへと[]とうとした。
 出発の間際に彼女が言った。
「ターコイズと他の盗賊とは分けて考えた方が良いですわよ。恐らく目的が別ですから」
「どういう事です?」
「『砂漠の薔薇』も所詮ターコイズの手の平の上で踊らされているだけだと思います」
 サファイア様は馬上の僕を見上げた。
「ターコイズの狙いは…多分私ですの」

 「砂漠の薔薇」の本拠地は、ベリル領土の更に東の山奥、とある山の断崖絶壁に入り口があった。
「此処からは馬は無理だ。下りろ」
 徒歩の彼に合わせて移動していたら丸一日かかってしまった。日が暮れ、そしてまた明けようとしている。しかし、いつも徒歩で移動しているのか、この人は?
 馬を適当な木に括り付けるかどうか悩み、やめた。もしかしたら本当に帰れなくなるかもしれない。その時馬がこの場所から動けずに衰弱して死んでしまうのは可哀相だ。
 崖を上り、洞窟の入り口に来ると、サファイア様と同じくらいの歳の女性が現れた。尤も、失礼ながらこちらの彼女は年相応に老化が始まっているが。
「ターコイズ! 大変よぉ…そっちのは?」
「適合者の条件を知っている」
「そぉなん…三人揃ったんだからもぉ良いのに。とにかく、シトリンが逃げたわよぉ」
「何だと?」
 ターコイズは鋭い目付きになると、僕に奥へ進むよう促した。先頭に先程の女性、次に僕、その後ろをターコイズが足場の悪い洞穴を歩く。
「クリソコーラ、詳しく話せ」
「せっかちねぇ、皆集まって話してる途中よぉ」
 通された先にあったのは、壁は洞窟の岩そのままだが、下が平らにされ絨毯の敷かれた広い空間だった。見渡すと、中年の男女が二人ずつ、初老の男が一人、アゲートさん、僕と同じくらいの歳の少女二人が円を描くように座っていた。中にはアメジスト王女の姿もある。
「シトリンに単独で逃亡を[はか]る頭があるとは思えんな。誰が荷担した?」
 ターコイズは僕とクリソコーラに円に加わるように指示し、自分は唯一の出入口の側に立った。僕は入り口の右側に座っていた、少女達の左に腰を下ろす。
 間も無くして中年の男の一人が名乗りを上げる。
「俺だ」
 ターコイズはその男に近付くと、抵抗しない彼を素手でぶん殴った。隣に居たアメジスト王女が叫んで彼を庇う。
「お前、奴を逃がせばこの場所が知れるんだぞ。解っているのか?」
「勿論だ」
 男はアメジスト王女を逆に背後に庇うと言った。
「アメジストは関係無い。裁くなら俺だけにしてくれ」
「ふん」
 怒りで我を失っているのか、ターコイズはその場に彼を立たせると、二歩下がって腰のボウガンを構えた。その隙にチラリと、立たされた男が少女達を、そして僕を見る。
 僕の後ろの入り口は、今やがら空きだった。
 少女の一人が振り返る。僕と彼女は頷き合うと、互いに手を繋いで入り口へと走り出した。
「モルガン!?」
 もう一人の少女は逃げ遅れた…というより逃げる気が無かった様だった。彼女の声で皆が振り向き、ターコイズが此方に向かって矢を放ったが、洞窟のうねうねした構造が仇となり、僕達の背後の岩に当たって跳ね返っただけだった。
 …当初の目的は果たせなかったけど、姫を一人助け出せるかもしれない。
「私あの部屋から出た事無いから道判んないの!」
 姫が躓きそうになりながらも、追っ手に追い付かれないように一生懸命走りながら言った。
「僕が覚えてるよ! 記憶力には自信あるんだ。他に仲間は?」
「居ないわ。あの部屋に居たのが全部」
「そりゃ好都合」
 言っている間に洞窟の出口だ。初めて見る陽光に姫が目を細めた。
「…この高さからなら飛べるな」
「え?」
「目を瞑って!」
 僕は素早くマントの裾を足に結び付けると、パラシュートの要領で姫を抱えて崖の上から飛び降りた。着地寸前で体を反転させて受け身を取り、年中湿っているだろう柔らかい森の土の上に落下する。
 流石にちょっと高かったか…息が詰まって暫く動けなかったが、その間に借りた馬が僕の気配に気付いて戻ってきた。どうやら主人の帰りを待っていたらしい。よく訓練されている馬で良かった。
「乗って!」
「本物…初めて見るわ」
 おっかなびっくりの姫を馬に載せ、自分も足に結んだマントを解いて跨がると、僕達はベリル目指して大急ぎで逃げ出した。

『創呪擦罪 骨肉相噛』がアマプラで聴ける事ご存知でした?
私は知りませんでした。