Cosmos and Chaos
Eyecatch

第11章:兄弟

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  • 2100字

「ただいまー」
「「「おかえりなさーい」」」
 実家に子供達を迎えに行くと、幼い声が三つ、返事をした。ん? 三つ?
 フェリックスはブルーナと共に、裏口の方から実家の居間へと向かう。両親は仕事中らしく、気配がしない。
「おじちゃんおばちゃんお久し振りです」
 ルイーズよりも更に幼い少女の声が言った。フェリックスの事を伯父と呼ぶ少女は一人しか居ない。
「ナオミちゃんか」
 フェリックスはブルーナの助けを借りて姪の隣に座る。彼女が居るという事はつまり…
「あ、兄貴お帰りー」
アレックスが里帰りしているという事だった。ちょうどフェリックス達と入れ替わりで入国したらしい。
「アレックスこそお帰り」
 アレックスは娘を膝に乗せて自分がフェリックスの隣に座った。
「ティムの誕生パーティーはどうだったの?」
 その言葉にフェリックスは閉口する。二秒後にまた口を開いた。
「そっか…一昨日あいつの誕生日か…」
「あれ? 誕生日祝いに行ったんじゃないのか?」
「普通に忘れてた。来年の俺の誕生日に恨みつらみを込めたプレゼントをまた送って来るに違いない…」
 実は以前にも一度忘れて、翌年に厄介な嫌がらせを受けた事がある。
「つか三十過ぎにもなってまだ誕生日祝い合ってるとかキモッ」
「だって止めるタイミングが解らんし。俺が贈らなくても向こうが贈ってくるし」
 二人が話しているとエプロン姿のキャサリーンが居間に現れた。
「お兄さん達お帰り! もうすぐご飯出来るから待ってて」
「私も手伝う」
 ブルーナはケイティを追ってキッチンへ。夫二人…アレックスとケイティは入籍していないので内縁だが、兄弟は会話を再開する。
「そっちこそ何で帰って来たんだ?」
「数年振りに会う弟に向かってそれしか言えないの?」
「アレックスだって俺が国に帰って来た時シカトしたくせに」
 アレックスは笑った。兄の手を取って自分の左腕を触らせる。フェリックスは布に包まれた硬い物の感触を確かめた。
「骨折か」
「まあね」
 アレックスはアンボワーズで格闘家をやっている。素手で闘う競技に出場する事もあるが、彼が得意とするのは刃を丸めた剣を用いて闘う、レスリングとフェンシングを混ぜた様な種目だ。アンジェリークが活躍していた、より実戦に近い形式の競技で、彼女が事故を起こした事がある様に時に命懸けでもある。
「新人の女の子だと思って手を抜いたら上腕折られた。俺を負かしたから今その子凄く話題になってるよ。二代目アンジェリーク・キュリーとか言われて」
「それでお前の人気は落ちていると」
 兄の鋭い指摘にアレックスは涙を堪える。ナオミが無邪気に「パパの人気落ちてるー」と繰り返した。
「どのくらい居るんだ?」
 フェリックスはアレックスのギプスから手を離した。
「少なくとも一ヶ月は。リハビリはアンボワーズでするつもりだけど」
「そうか」
 言ってフェリックスは立ち上がる。彼はアレックスに、かつての自分の部屋まで連れて行く様頼んだ。
「昨夜は俺とジュリアスが兄貴のベッドで寝た。女性陣が俺の部屋で」
 手摺りの無い急な階段を、アレックスの助けを借りながらフェリックスは登る。
 フェリックスの部屋には家具が幾つか足りていなかった。結婚して引っ越す時に、勉強机や硝子戸の棚等の気に入っている物は持って行ったからだ。だが、黒を基調とした部屋は、両親がきちんと手入れをしているのだろう、目の見えないフェリックスにも空気でその変わらぬ様子が感じられた。
 フェリックスはアレックスの手から離れ、昔の感覚を頼りに窓へ向かう。カーテンと硝子窓を開け、出窓に片膝を立てて腰掛けた。顔を外に向けていたが、何も見えない。昔は此処に座って裏庭の花を眺めたり、隣の庭でスケッチ等をするフローラに手を振ったりした。
「兄貴」
 アレックスの呼び掛けにフェリックスは無言で続きを促す。
「俺、兄貴みたいになりたかった。昔」
 アレックスもまた出窓に座る癖があった。それは窓に座る兄の姿がこの屋敷に似合って美しい絵の様に見え、自分もその美を再現出来たらと思って真似を始めたからだった。
 これだけではない。アレックスはフェリックスの全てに憧れを抱いていた。容姿も、頭脳も、何もかも…。しかし結局どれ一つとして彼に追い付いた物は無い。
「でも今はそう思わない」
 フェリックスがアレックスを虚ろな瞳で見詰めた。その表情は決して固くはなかった。
「兄貴は兄貴だし、俺は俺だよな」
 フェリックスは口元を綻ばせた。
「俺も同じ事に気付くまで随分かかったよ」
「うん」
 アレックスは兄の横に立って、建物の隙間から見える晴れた空を眺めた。
「でも貴方が兄である事を誇りに思う。貴方と対になる名前を貰えた事も」
 アレックスの言葉にフェリックスは照れを隠しながら応えた。
「俺も弟が居て良かったと思うよ」
 そしてフェリックスは自身の紅い目の縁を指で触れた。
 ロイはその紅い目に黒い影を落とし、ナイジェルは黒い瞳に紅い炎を映し続けた。どれだけ見詰めていても、その色が変わる事が無いと気付いていない振りをして。
 だがもうその必要は無い。二人は色を交ぜる事無く、己の道を歩んで行けば良いのだから。