Cosmos and Chaos
Eyecatch

第12章:決断

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 エリオットの家に帰ると、ヴィクトーはまず車のトランクから刀の箱を出した。取っ手を右手で掴んでルークリシャの部屋…十五年前までは彼の部屋だった所に運び込むと、戸を閉めて引き篭る。刀の手入れを始めたのだろう。ルークリシャはその間に血の付いた服をとりあえず風呂場に持って行き、水に浸しておく。車のシートに染み込んだ方は、先程父が少し拭いてくれたが、両親が帰って来たら相談してどうにかしよう。
 もう正午をとっくに過ぎていた。ルークリシャはお腹を空かせたヴィクトーの為に昼食を作ってやる。数十分後にヴィクトーは食卓に現れた。丁度料理が出来た所だった。
「宿題手伝って♥」
 互いに無言で食事をするのが気詰まりで、ルークリシャはわざと明るく言った。ヴィクトーがスープを掬ったスプーンを途中で止めて頷く。
「良いよ」
 しかしまた沈黙が降りる。普段は饒舌なヴィクトーが喋り通しだから、慣れない雰囲気にルークリシャは気が滅入りそうだった。
「貧血苦しいの?」
「いやそれ程でも」
 自分が黙っているのが彼女に不安を与えていると気付いたヴィクトーは話し始めた。だが、明るい話題が出来る程彼はタフではなかった。
「初めてを貰っといてアレなんだけどさ」
 ヴィクトーは急に食欲が無くなった。行儀悪くもスプーンでスープを不必要に掻き混ぜる。
「やっぱりお前の為に良くないよ」
「何が?」
 ルークリシャは[とぼ]けたが、ヴィクトーの方は容赦無い。
「学校で同年代の相手を探しな」
 ヴィクトーの言葉にルークリシャは立ち上がる。向かいに座る兄の横に立ち、涙を浮かべた目で彼を見詰めた。
「俺と付き合ってたってろくな事ねえよ」
 ルークリシャは何も言えなかった。ヴィクトーが自分をどれだけ大切に思ってくれているかは、彼の左手を見れば自明だった。だがそんな彼を一瞬だが自分は疑ってしまった。本当にヴィクトーが自分を殺すと思ったのだ。
 彼女はこの時、自分の事を想った末の彼の決断に異を唱える事等出来なかった。
 ルークリシャは頬に流れる涙を拭うと、食べかけの料理を放置して自室に篭る。残されたヴィクトーは彼女が作ってくれた食事を平らげ、彼女の残り物を冷蔵庫に入れた。
「ルークリシャ」
 閉ざされた扉の向こうに呼びかけたが返事は無い。
「お兄ちゃん、帰るから。刀は今度取りに来る」
 ヴィクトーは家を出ると、貧血と暑さにやられそうになりながら自宅ではなく北門を目指した。
「エリオット」
 丁度会議が終わって帰ろうとしていた義父を捕まえ、ヴィクトーは彼をアパートに連れて行った。
「色々言わなきゃいけない事があって」
 ヴィクトーの深刻そうな様子にエリオットも姿勢を正した。
「…南の入出港管理局に異動したいんだけど、御上に頼んだら異動させてくれるだろうか?」
「言ってみる価値はあるな。北門は今の所人手足りてるが、南は忙しいらしいし」
「じゃあ口添え頼みますよ中将」
 服役中の怪我で退職した時にエリオットは随分位が上がっていた。
「だけど突然どうしたんだ? 海を見ながら暮らしたくなったのか?」
 エリオットは冗談を言ったが、それでもヴィクトーの表情が変わらなかったので笑いを引っ込めた。
「学校に通いたいんだ。夜間学級」
 ウィリアムズに夜間学級を併設している学校は多くない。特にヴィクトーが学ぼうとしている、魔法を教えている学校には。
「ウィリアムズ魔法アカデミーに附属の高校に夜間コースがあっただろ?」
 ウィリアムズ魔法アカデミーはティムの父親が創立した新しい魔法研究機関であり、その施設は国の南の方にあった。フェリックスも医師業の傍ら、一応その機関の一員として活動していたが、失明してからはあまり研究に携わっていなかった。しかし昔彼がその団体の話をしていた事を、ヴィクトーはふと思い出したのだった。
「『歌』の解除魔法を研究したい。だけど歌い方を他人に教えるのは怖くてさ」
 エリオットは頷いた。
「自分でやりたい」
 ヴィクトーはきっぱりと宣言した後、気持ちを切り替えてエリオットに頭を下げた。
「ルークリシャに人殺しをさせた」
 エリオットはヴィクトーの銀髪を眺めながら黙っている。
「ごめん。謝ってどうにかなる話じゃないけど。煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
 エリオットはヴィクトーの後頭部を拳で殴った。勢いでヴィクトーの頭が下がり、彼は高い鼻をテーブルにぶつける。
「だからティアの傍から離れるのか?」
 ヴィクトーは鼻を押さえながら顔を上げた。エリオットには何もかもお見通しである。
「他にどうしろってんだ」
 ヴィクトーは逆ギレする。
「このままじゃ俺はあいつをどんな目に遭わせるか判ったもんじゃない」
「今回の事は俺も悪かった。俺が止めてたら良かったんだ。自分ばかり責めるなヴィクトー」
 優しい養父にヴィクトーは無性に腹が立った。自分はお前の娘を傷付けその手を汚したのに、何故そんなに平然としていられるんだ。
「ルークリシャを抱いた!」
 流石にこの言葉にはエリオットも顔色を変えた。
「ほら、サツに突き出すなり死ぬまで殴るなりしろよ!」
 そしてルークリシャを永遠に自分の手の届かない所にやってほしい。彼女が自分の事を忘れ去ってしまう様に。自分が彼女をこれ以上傷付けない為に。
 エリオットはヴィクトーの左のこめかみを全力で殴った。抵抗も逃げもしなかったヴィクトーは、それをまともに食らって椅子から落ちる。
「約束だヴィクトー。お前とは縁を切る」
 エリオットはアパートを出て行った。床に蹲り、ヴィクトーはこれで良いのだと自分に言い聞かせた。しかし、嗚咽を止める事は出来なかった。