Cosmos and Chaos
Eyecatch

第13章:空白の四年間を越えて

  • R15+
  • 4675字

 夜間高校を卒業したヴィクトーは管理官の職を辞した。研究に専念する為だった。
 フェリックスの家の近所にアパートを借り、そこで寝起きしていた。今ではフェリックスは良き研究のパートナーだった。
 ヴィクトーは今日も朝六時に起きた。もう体を鍛える必要も無いし、研究所は歩いて直ぐの所にあるから、毎朝暇を持て余すのだが、長年に渡って染み付いた生活リズムはなかなか崩れない。
 顔を洗ってタオルで拭きながら鏡を見る。三十も後半になろうと言うのに、未だその顔には皺一つ見当たらなかった。今日から歌の研究と並行して、自分とフェリックスが何故老化しないのか等という問題にもチームを立ち上げて取り組む予定だった。
 冷蔵庫を開けてげんなりする。食料品が底を尽きそうだった。なに、貧困で食べ物に困っている訳ではない。暑くて買い物にあまり行きたくないが、買い溜めも出来ずに数日に一度はこんな日がやってくるのだ。
 ヴィクトーは色の明るいパンツと水色のシャツに着替え、家を出た。汗をかきながら研究所に辿り着き、入館カードをゲートに通す。
「ヴィクトー・ラザフォード様、お通りください」
 高性能なセキュリティシステムが音声案内をする。建物に入った所にある休憩スペースでフェリックスがラジオを聴いていた。
「おはようヴィクトー」
 フェリックスは入口に背を向けて座っていたのに、ヴィクトーが言葉を発しない内に誰が来たのかを当ててみせた。それだけでは終わらず、彼はこうも言う。
「顔色悪いぞ?」
 フェリックスの透視能力は日に日に強くなっていった。相変わらず瞳孔は開き切ったままだが、今では大活字の本を読めるくらいだ。
「朝飯食ってない」
 本当はそれだけが理由ではなかったが、ヴィクトーは売店でパンを買うとフェリックスの向かいに腰を下ろした。袋を開けて千切って食べながら、フェリックスを見詰める。ラジオは海外の格闘家の今シーズンの成績について報道していたが、そのニュースが終わるとフェリックスはスイッチを切る。
「チビ達、高校受かったんだっけか」
「うん。二人共パース服飾学校。俺の家からは遠いから、実家に下宿」
「そっか。じゃあ寂しくなるな」
「寂しくは無いけど、二人が居ないと家が静かで不気味だね…」
 時間になると二人は会話を切り上げて研究室へ向かった。午前中は歌の解除魔法の模索をひたすら行う。時々ヴィクトーが歌を歌い、協力してくれる助手達を実際に操ってみる。と言っても「机の上のペンを握って放すな」等といった害の無い命令だ。そしてフェリックスが試作の解除呪文を唱える。しかし助手はペンを放せない。ヴィクトーが「ペンを持つ必要は無い」と歌うと助手は漸く手を開く。そしてまた理論から呪文の見直しが始まる。
 今日の午後はフェリックスとヴィクトーの特殊能力を調査する為の準備に使った。具体的には健康診断の様なものである。一般人と少しでも異なる事は無いかと目を皿にして探したが、体型から体液の成分まで特に異常は無かった。ただ彼等の体が実年齢よりかなり若いという事を除けば。
 夕方、ヴィクトーは研究所を後にした。買い物に行かなければと思い出し、市場へと向かう。用を済ませて今度こそ自宅へ帰ろうとした時、見覚えがある物が目に入った。
 エリオットがヴィクトーに贈った刀のケースを、一人の少女が持っていた。