Cosmos and Chaos
Eyecatch

第16章:Déjà-vu

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  • 2655字

 ルークリシャは目覚めると見慣れぬ部屋のベッドに横たわっていた。体を起こして見回すと、どうやら男性の部屋の様だが、父の部屋ではない。此処は…ヴィクトーの部屋だ。
 部屋には彼女しか居なかった。ヴィクトーを探しに行く為にベッドから出ると、下着姿である事に気が付いた。ハンガーに昨日着ていた服がかけてあったので、ヴィクトーが寝かせる際に脱がせたのだろうと推測しながらそれを着る。
「起きた?」
 部屋の扉を開けようとしたら、ヴィクトーが先に部屋に入って来た。ルークリシャは彼を見るなりその白い頬に平手打ちを食らわす。
「『起きた?』じゃないでしょ! この馬鹿ぁ!」
 憤るルークリシャに朝食を食べさせて宥めようとするが、彼女の怒りが治まる筈が無かった。
「記憶を弄ったわね!?」
「悪かった。だからあんまり怒鳴らんでくれ…」
 此処で漸くルークリシャはヴィクトーの顔色が悪い事に気が付いた。
「…どうしたの?」
「キッチンで寝たら風邪引いたっぽい」
 掠れた声でヴィクトーが答える。彼が病気をする等滅多に無いので、ルークリシャは看病が出来ると少し嬉しがりながら、朝食の後に食器洗いや研究所への連絡をいそいそと行った。
「何か食べたい物ある?」
「つかお前も休むのかよ」
「だってヴィクトー居ないと実験出来ないし」
 ベッドの横に座って、ルークリシャはヴィクトーの顔を覗き込む。記憶を消された事に対する怒りよりも、記憶を戻してくれた嬉しさの方が勝っていた。愛する人が居るというのはなんて素敵な感覚なんだろう。
「どうしても結婚してくれない?」
 ベッドで眠ろうとしている彼に尋ねた。明るく聞いたつもりだが、声が自然と真剣味を帯びてしまう。ヴィクトーは返答に困っている様だった。
「プライドだか何だか知らないけど、変だよこんなの。何で好きなのに一緒に居てくれないの? 一緒に居られないより、貴方に利用されたり殺されたりする方がよっぽどマシ」
「ルークリシャ…」
「だって私の事愛してるって言ったじゃない」
 ヴィクトーは両手で泣き始めた彼女の手を包んだ。ヴィクトーは漸く気が付いた。彼と彼女では価値観が違うという事を。ヴィクトーが他者の死よりも己の死を選ぶ様に、彼女もまた離れて暮らす平穏より共に生きる波乱を選ぶのだった。
「コリンズで私が言った事忘れたの?」
 ルークリシャの涙に、ヴィクトーは四年前のあの光景が映っている気がした。

「私ね、ずっとヴィクトーの傍に居たいの」
 ヴィクトーの腕の中でルークリシャは彼に囁いた。
「ヴィクトーが何者であっても関係無い。あの大臣が言う様に、私の方が先に歳老いて死んじゃうかもしれない。でもそしたらまた生まれ変わってでも戻って来るわ」
 ヴィクトーがルークリシャを抱く腕に力を込めた。彼が一番欲しい物を知っていて、それを与えられるのは自分しか居ないという事を、ルークリシャは良く知っていた。

「覚えてるよ」
 ヴィクトーは今後の方針を決めた。此処で再び彼女を自分から遠ざけたとしよう。ヴィクトーには別の愛しい人が出来るかもしれない。だが、自分がその誰かをルークリシャと同じ目に遭わせない確証等あるだろうか? ならば、自分に添い遂げる覚悟をしてくれたルークリシャを選ぶのが最善策だ。
 本当はそんな理屈抜きに彼女と一緒になりたいだけなのだが。
「俺の子供を産んでくれるんですねお嬢さん」
 ヴィクトーが欲しくて堪らなかった物、それは血の繋がる家族だった。法律上の家族に意味等無い。エリオットとは心も通わせたが、結果的に縁を切られてしまえばそれまでだった。そうではなくて、彼は自分に似た子供が欲しかった。縁が切れても血の繋がりは切れない。どんなに心や体が離れていても、それは生きている限り家族の存在を思い起こさせる。時に呪いの様に体に染み付くそれを、ヴィクトーは持ちたかったのだ。
 そして出来る事ならもう一度エリオットを父と呼びたかった。
「万が一不妊体質だったらごめんね?」
「そんときゃエスティーズに行って何とかしてもらうまでさ」
 ヴィクトーはルークリシャの左手を取り、指を伸ばさせた。右手の指で彼女の薬指の付け根の辺りを撫でる。白く光る魔力の結晶で出来た指輪が現れた。
「ちゃんとしたのはまた今度買ってやる」
 ヴィクトーの申し出を、ルークリシャは艶やかな頬を紅潮させて断った。
「これで良い」
「そう?」
 ヴィクトーはルークリシャの肩を掴んで引き寄せた。風邪が移るかもしれない、と思い直して一旦手の力を緩めたが、ルークリシャの方から顔を近付けてきていた。
「愛してる」
 黒い宝石を見詰めながらヴィクトーは囁いた。愛する人に接吻を浴びせながら、ヴィクトーは漸く愛を知ったと感じていた。