Cosmos and Chaos
Eyecatch

第2章:貴方の側に

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  • 1448字

「…泣いてるの?」
 あの日二人は病院の廊下、手術室の前の椅子に座っていた。ルークリシャはヴィクトーの膝に乗せられて強く抱かれていたので、兄の顔を見る事が出来なかった。しかし、彼の呼吸のリズムから、何となくそんな気がしていた。
 兄が腕の力を緩めたので、ルークリシャはやっと身を捩って彼の顔を覗く事が出来た。不安を湛えたくすんだ空色の瞳が自分を見ていた。兄が笑ったり怒ったりする所は幾らでも見た事があったが、こんなに頼り無く泣く兄を見たのは初めてだった。まるで、迷子になって泣きながら親を探している、自分と同じ年頃の子供に見えた。
 ヴィクトーは再びルークリシャを抱え込んだ。ラザフォードとの戦いで負傷したエリオットが手術室に運び込まれてから、何分が経ったのだろう。中では軍医のローズバッドが執刀している。彼女曰く、命に別状は無いそうだが、左腕が動かなくなるかもしれないとの事だった。
 ルークリシャは何も理解出来ていなかった。大人達の使う言葉は難しすぎるし、父親がどうなっているのか誰も彼女の為に説明してくれなかった。
 しかし唯一彼女が確信を持っていた事がある。
「泣かないでお兄ちゃん」
 ルークリシャは兄の白い頬にキスをした。
「ルークリシャがずっと側に居るからね」
 貴方が独りで震える事が二度と無い様に。

 ヴィクトーが目を覚ますと、目の前に妹の寝顔があった。そういえば、あの後
「お兄様と一緒じゃないと寝ない!」
等と駄々をこねられ、仕方無く二人でベッドで寝たのだった。暑さと誘惑に耐えるのに必死で眠りが浅かったから色々な夢を見た気がするが、覚えていない。
(今日が非番で良かった…)
 心境が色々と複雑で仕事に集中出来そうに無いからである。
 寝ぼけた頭で彼女の顔を見ていると、理性が誘惑に負けそうになった。ルークリシャの手を取って引き寄せた所で正気に戻る。
(駄目だ…あと三年は待たないと…。妊娠でもさせたらこの馬鹿高校行かないとか言い出しかねない…)
 その前に自分がエリオットに殺されるか、と思いながら彼はベッドを出る。
 朝食を作っていると、音を聞き付けたのか匂いを嗅ぎ付けたのか、ルークリシャも起き出して来る。
「お兄様の料理美味しいのに、ちょっとしか食べられないって可哀相」
 ヴィクトーは例の怪我で胃の一部を摘出したので、すぐに満腹になってしまう。それでは一日に必要なエネルギーを摂れないので、食事を一日に何度もして何とか体重を保っている有様だ。
「特に食べる事に興味は無いけどな。ところでずっと『お兄様』って呼ぶ訳?」
 ルークリシャが目をパチパチさせた。そしてみるみる内に笑顔の花を咲かせる。ヴィクトーは迂闊にもこの小娘を無駄に舞い上がらせた気がして少し後悔した。
「てか何で様付け…」
「名前で呼んで良いの!?」
「うーん、まあ…」
 話題をさりげなく変えようとしたが失敗し、ヴィクトーはまた頭を抱える。
「ヴィクトー」
 ルークリシャが頬を紅潮させて、テーブルの向こう側から呼び掛けた。
「はい」
「ヴィクトーヴィクトーヴィクトー」
「連呼すな、五月蝿い」
 此処でヴィクトーは保身の為、彼女にある事を言い含めた。
「パパ達の前では名前で呼ばない事。抱き付かない事」
「えーどうしよっかなー」
「止めてマジ俺がパパに殺されるから」
 ヴィクトーが戦々恐々としてお願いすると、ルークリシャは可笑しそうに笑った。
「俺、ルークリシャに手ェ出したら縁切るって脅されてるんだからな」
「願う所じゃない! 縁を切らなきゃ結婚出来ないんだもん!」