Cosmos and Chaos
Eyecatch

第5章:コリンズへ

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「ヴィクトー出掛けんの?」
 ヴィクトーが北門で出国手続き用の書類を要求すると、担当のトレイシーが尋ねた。
「ちょいとコリンズまで旧友を訪ねに。今日中に帰って来なかったら悪いけど明日の俺の担当時間頼む」
「良いけど後で埋め合わせしろよ」
「解ってるって。明日はスミシーズのトラックが入国予定だから宜しく」
 ヴィクトーは自分の書類を書き終わると、フェリックスの分の代筆をした。
「サインは書けるか?」
「書けるが読めるかどうかは判らんな」
 そう言ったものの長年書き慣れているからか、フェリックスの字はそれ程崩れていなかった。
「え、ルークリシャも行くの?」
 トレイシーが車の後部座席に座る人物に気付いて、それを確かめようと眼鏡をかけ直した。
「こいつの馬鹿親父のご意向だ」
「叔父さん行ってきまーす」
 ルークリシャは明るく手を振る。頭の中はこれから見る国の外の景色で一杯なのだ。
 彼等の前で城門が国の外側に向かって開いた。ヴィクトーは十五年振りの国の外の空気を感じながら、北へ向かって車を走らせた。

「木ばーっかり」
 都会育ちのお嬢様が、窓の外を眺めて感嘆したのかがっかりしたのか判らない口調で言った。彼女の表情からどちらの意味で言ったのか知ろうと視線を横にずらしたヴィクトーは、別の危険因子を発見する。
「フェリックス、あんま窓から顔出すな」
「ああごめん」
 外の風や匂いを感じようとしていたら、いつの間にか車外に飛び出していたらしい。手で窓の位置を確認し、少し身を引く。
 ヴィクトーも窓を開けていた。暑いからというのもあるが、賊が襲ってきたら撃ち返せる様にだった。しかしその窓から入って来る風がルークリシャの髪を舞わせて鬱陶しいらしく、後ろから不満の声が上がる。
「我慢しろ」
 妹の事は軽くあしらい、ヴィクトーはフェリックスに話し掛ける。
「前に会ったのいつだったっけ?」
「ティムに?」
「お前等に」
「俺の目が見えてたから少なくとも三年以上前だな」
「お前全然老けないな。元が老け顔だから違和感ねーけど」
「良く言われる」
「ねえねえ先生」
 ルークリシャはヴィクトーが彼等に会った時に言った事を聞いていなかったので、ブルーナに愚問をした。
「もしかして先生の旦那さん?」
「そうよ」
「やっぱり。かっこいい旦那さんで羨ましいー」
 それを聞いたヴィクトーがちょっとだけやきもちを焼いて言う。
「こいつが美人なのは顔だけだぞ騙されるな。あとは鬼だ鬼」
 突然悪口を言われたフェリックスは理由が解らず狼狽する。
「何だとおい」
「患者が言う事聞かなかったら痛み止め減らしたり睡眠薬入れて無理矢理ベッドに縛り付けるんだこいつ」
「そりゃあんたが『まだ歩き回るな』って言ってんのに隙あらば部屋を抜け出してたからだろ」
「何、お兄様そんな事してたの?」
 ルークリシャがケラケラと笑った。
「いつの話?」
「十五年前」
 ルークリシャは何も知らない。ヴィクトーが何故父の養子になったのかも、何故体に傷を負っているのかも。自分が生まれる以前の彼の過去を何も知らない。
 それで聞くまいと思った。昨夜の件で聞かない方が良いと思ったのもあるが、彼女は別に昔のヴィクトーが好きな訳ではないのだ。今の、そしてこれからの彼が、自分の知る優しくて気さくで料理と運転の上手いヴィクトーであれば、それで良い。
 しかし、もし彼の内に眠る獅子が再び目を覚ましても、自分は噛まれるのを厭わずにいたいと、ルークリシャは思っていた。
「そういや子供[チビ]達は元気か?」
 これ以上フェリックスに昔の暴露話をされたくないのでヴィクトーは話題を変えた。
「元気過ぎるよ。誰にあの落ち着きの無さが似たのか解らないくらいだ」
「お前の子供じゃなかったりして」
「かもね。二人ともアルビノじゃないし」
 二人は冗談で言ったのに、本気に捉えたブルーナに無言で背後から殴られた。女は怖い。
(でも実際遺伝子検査でもやらないと判らないぞ)
 ブルーナの妊娠が発覚したのはフェリックスが国に帰ってすぐの事だったので、自分が居ない間に浮気されて出来た子供の可能性だって無きにしも非ずだ。しかし二人の子供がフェリックスの面影も受け継いでいる事が彼の慰めになっていた。だがそれですら証拠にはならない。ブルーナはアレックスと二股をかけていた前科があるし…。
 と、ここまで考えてフェリックスはやめた。疑った所でどうにもならない。夫婦で仲良く居る為に必要なのは懐疑心ではなく適度な不干渉だ。
「あんたは結婚しないのか?」
「うーん相手がねー」
 ヴィクトーはルークリシャの事を指して言ったのだが、彼女との関係を知らないフェリックスは長年の誤解を平然と言い放つ。
「ウィリアムズでは同性だと結婚出来ないから?」
 ヴィクトーはブレーキとアクセルを踏み間違え、危うく木にぶつかりかけたので慌ててハンドルを切って避けた。
「はあ?」
「え、違うの?」
 フェリックスは揺られて崩れた体勢を立て直しながら、キョトンとして尋ねる。
「入院中の話題に女の気配が全然無くてエリオットさんとかの話ばっかだったからてっきりそういう事かと…」
「お前みたいに女に侍られて生きてた訳じゃねーんだよこのたらしが!」
「はいはいそこまで!」
 ヴィクトーとフェリックスが掴み合いの喧嘩を始めそうだったので、まったく良い大人が何やってると呆れつつブルーナが制止する。
「子供の前で過激な話は控える様に」
 ブルーナに叱られてしゅんとなる二人を見て、ルークリシャは腹を抱えて笑った。ヴィクトーが顔を赤らめて「笑うな!」と怒鳴る。
「言ってる間に見えてきたぞ」
 ヴィクトーが示す先に、コリンズ国の城壁が見えた。ヴィクトーは見えないフェリックスの為に、城壁までの距離を目測で教える。
「コリンズに来るのは二十年振りか」
「前にもあるの?」
 ルークリシャがヴィクトーの言葉に反応した。
「王女様から短剣を買いにな」
 ヴィクトー以外の三人がその返答に首を傾げたが、考えている内に門に着いたので、彼等はその言葉を忘れてしまった。ルークリシャ以外は。