Cosmos and Chaos
Eyecatch

第7章:賢者

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  • 7300字

 フェリックスはブルーナの手の上に自分の手を置き、公園のベンチで耳を澄ませていた。木の上でお喋りしている小鳥達の声が良く聞こえる。
 フェリックスは考えていた。さっき、自分は物心付いたらこの能力が使えたと言ったが、本当にそうだったろうか。ヴィクトーが自分の能力に気付いたのが中学の時だった様に、自分もある時突然、動物達の声が聞こえる様になった気がする。いつだったろう。
「もう隠し事はしてないと思ってたのに」
 ブルーナが悲しんでいる様な怒っている様な口調で言った。実際どんな顔をしているのか、この目で確かめたい。フェリックスは彼女の手を握り締めたが、そうしたって見える筈が無かった。
「ごめんね」
 彼女はそれ以上責めなかった。少し暑くなってきたので、フェリックスは城に戻ろうと立ち上がる。
 その時、フェリックスは突然視界が眩しく金色に光ったので、驚いて目を[しばた]かせ、手でその光を遮ろうとした。
「フェリックス!?」
 夫の異変をブルーナが心配する。しかしフェリックスはすぐに「大丈夫だ」と答えた。
「池が太陽を反射してるのが見えたんだ。今はまた見えなくなった」
「そう」
 ブルーナはもしかしたら夫の目がこのまま見えるようになるかもしれないと期待したが、フェリックスは真剣な顔で彼女の腕を引き、すぐに城まで連れて戻るよう指示した。こんなに上から目線で命令された事は初めてだったので、ブルーナは驚きつつも彼に寄り添って城まで歩く。
「ティム!」
 急遽彼の自室まで案内してもらう。どうやら今日はティムも休日らしい。彼は椅子に背を預け、窓から国を見下ろしながら考え事をしていた。尤も、フェリックスにはその様子は見えなかったが。
「どうしたそんなに急いで」
「さっき言った事に間違いがあった」
「まあ座れ」
 ティムがソファーを勧めるので、ブルーナは彼を落ち着かせる様に座らせる。ティムも向かい側に腰を下ろした。
「俺がこの力を手に入れたのは八つの時だ」
「何故判る?」
「俺にこの力を渡したと思われる人物に会ったからだ」
「ふむ」
 ティムの頷きを話の続きの催促と受け取り、フェリックスは語る。
「八つの時にある吟遊詩人に会った。後に判った事だが、恐らく彼はアンジェリーク・キュリーの父親で、フェリックス・キュリーと言う」
(アンジェリーク・キュリー…? どっかで聞いた事あるような…)
 ブルーナが考えている間も、フェリックスは早口で続ける。
「彼は俺に『賢者』の話をした」
「何だそれは?」
「…良く解らない。意味不明な内容だったし、二十年以上前の会話なんて殆ど覚えてないよ。ただ…」
「ただ?」
 フェリックスは唾を飲み込んだ。
「ただ…彼は、そして俺も、その『賢者』とかいう者だと彼は言っていた」

「突然行って大丈夫かな?」
「大丈夫大丈夫。飯が無かったら俺の分分けてやるしよ」
 夕刻が近付いてきたので、ヴィクトーとルークリシャ、そして彼に強引に誘われたエドガーは城を目指していた。
 待ち構えていた案内の者に、エドガーを城に入れてもらえるか尋ねた所、案内人はティムに電話をかけて指示を伺った。案内人は二言三言大臣と話した後、ヴィクトーに受話器を渡す。
「誰を連れてきたのだ?」
「俺の異母兄弟。俺の…っつーか親父の力が『超能力』だって証言してくれる」
「解った。入ってくれ。こちらもフェリックスが重要な事を思い出した。食事の席で話そう」
 食卓には既にエドの分の料理まで用意されていた。多めに作っていたのか急いで作ったのかそれとも彼が来る事を見越していたのか。
「フェリックス! 十五年振り!」
 既に着席していたフェリックスは、聞き慣れない声に突然親しく呼び掛けられて驚いた。見えやしないのに癖でキョロキョロしながら、「どなたですか?」と尋ねる。
「悪い、言い忘れてた。フェリックス失明したんだ」
「えっ大丈夫なの?」
 ヴィクトーとエドガーはフェリックスの傍まで来ると、兄の方が説明した。
「フェリックス、聞いて驚け。此処にいらっしゃるのはかの名俳優エドガー・ラルフ・ラザフォード氏であられるぞ」
 ヴィクトーが仰々しい口調で言うと、フェリックスは期待通りの反応をした。
「エドガー!? 久し振り! 声変わりしてて判らなかった」
「本当久し振りだね。目の方は大丈夫なの?」
 エドガーは兄の命の恩人である医師の手を握り、彼の身を気遣った。
「完全に見えてないからこれ以上悪くなる事は無いよ」
 そこまで言った所で、フェリックスは突然声の調子を変えてエドガーに詰め寄った。
「ところでアンジェリークも一緒に来ているのか?」
「あ、いや…」
 エドは言葉を濁した。
「じゃあ連絡先を教えてくれないか? 彼女に会いたいんだ」
「…知らない」
「何故?」
「まあまあ、ゆっくり言わせてやれよフェリックス」
 フェリックスがらしくなく感情的に話すので、ヴィクトーは少し怖くなって弟と彼を引き離した。
「それに食おうぜ。料理が冷めちまう」
 それで一旦会話は途切れたものの、食べ始めてすぐにフェリックスが切り出す。
「それで、連絡先を知らないってどういう事? サーカスを辞めたのか?」
「そうだよ。皆でね」
 エドの言葉にフェリックスは驚愕の色を隠せなかった。
「つか知らんかったんか」
 知っていたヴィクトーはサラダを突きながら呆れる。
「一応新聞に載ったぞ。ル・ルージュ・エ・ル・ノワール解散。めっちゃちっちゃくだけど」
「いつの話?」
「もう十年くらい前になるかな」
 ヴィクトーの向こう側からエドが言う。
「レベッカ姐さんが引退するのに合わせて、お義父[とう]さんも昔の夢を…医者として人を助ける夢を追いかけたいって。別に僕達はサーカス団の資産の残りで続けても良いって言われたんだけど、皆はお義父さんが居ないとやる気になれないって祖国に帰ったよ。僕とピエールだけが俳優の夢を追ってアンボワーズで別の劇団に入ったわけ」
「そうだったのか…」
「そういや前に街でディメトラ・ジェンキンスを見たぞ。あのだんまりのチケット回収係」
 ヴィクトーの言葉にエドとフェリックスは怪訝な顔をしたが、それに気付かずに彼は続ける。
「色が黒いからウィリアムズの奴かとは思ってたけど、やっぱそうだったんだな。花屋で誰かと話し込んでた」
「ヴィクトー」
 フェリックスはディメトラの失語症が治った事に驚き喜んでいたが、それ以上に不可解な事があった。
「あんた、何でディメトラの名前を知ってるんだ?」
 確かに、ヴィクトーは公演の時に受付をしていたディメトラの顔を見たかもしれない。だが彼女はパンフレットに名前が載らない裏方である。その後ヴィクトーはずっと入院していたが、ディメトラが見舞いに来る筈も無く、始終付き添っていたフェリックスが知る限り、彼がディメトラに名前を聞ける様な機会は無かったのだ。
「…なんでだ? そうそう、これなんだよ『超能力』の証拠! 親父も名前を聞かなくても人の名前を知ってたんだ!」
「なるほどな。ところでフェリックスが思い出した情報も聞いてくれたまえ」
 ティムに促されてフェリックスはフェリックス…ややこしいがアンジェリークの父親の方の話をする。
「彼が亡くなったニュースを聞いてすぐ後の事だよ、俺が初めて小鳥のお喋りを聞いたのは」
「それでアンジェリークに会いたいんだね」
 エドが事情を飲み込んだ。
「僕はてっきり[]りを戻したいのかと…」
「エド!」
 ヴィクトーが小声で警告したが遅かった。既にブルーナはキッとした目付きで夫を睨んでいる。目が見えないのでその目付きを知る事が出来る筈の無いフェリックスも、額に汗をかいて動作を停止させていた。
(…頑張りたまえフェリックス…)
 何かまずい事を言ったのかと不安になり自分を見詰めるエドを無視し、ヴィクトーはティムの口調を真似して心の中で呟く。そしてすぐにブルーナが大声を出した。
「何それ? 貴方、人にプロポーズする直前まで別の女と付き合ってた訳?」
「誤解だよ!」
「そうかな、毎晩彼女の部屋に出入りしてた事、知ってるぞ」
 意地悪にもヴィクトーは火に油を注ぐ。
「ヴィクトー!」
 フェリックスが怒鳴るがブルーナの怒りの方が凄まじい。掴み合いの喧嘩を始めそうな二人の横でエドが兄に言った。
「奥さんだったんだ…」
「気付けよばーか」
「フェリックスのかつての浮気問題はさておき」
 ティムが指を鳴らして、昼間皆に見せたいと言っていた品々を食卓に呼び寄せた。自分にとっては重要な問題を無視されてブルーナは更に機嫌を悪くしたが、その奇妙な物達に目線を移動させると大人しくなった。
「私が集めた異世界から持ち込まれたと思われる品々だ」