第9章:初恋の人

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  • 1940字

 宮殿に全領民が住んでいるのは本当らしく、静かな一階とは打って変わって、案内された上の階では子供達が廊下ではしゃぎ回っていた。領主は自分で案内するのが好きなのか人手が足りないのか、またもや先導に立っている。
「姉さん、客人?」
 子供達を監督…というか一緒になってはしゃいでいた、ボクと同じ年頃の少年がサファイアに尋ねた。随分似てないきょうだいだなあ。
「つかオニキスじゃん」
「オニキスで悪かったな」
「ルビィ、此方クォーツ王女よ。ご挨拶なさい」
 それを聴いてルビィと呼ばれた弟が目を見開いた。ローズはいつもの様に手を差し出し、口付けを待つ。が、
「へえー噂のお転婆! イメージ通りの格好!」
…そういえば男装してるんだった。
 ローズがいつものキンキン声で叫ぶ前に、サファイアがルビィの腕を掴んで凄む。
「ご・あ・い・さ・つ・な・さい?」
「…ハイ…」
 ルビィは姉の事は怖いのか、大人しくひざまずいた。
「お目にかかれて光栄です姫。ルビィ・コランダムと申します。お見知り置きを」
 ふーん…ちゃんとすれば世が世なら王子様の風格はあるじゃん。
「随分やんちゃな弟さんですね」
 各部屋(と言ってもボクとローズは同じ部屋だけど)に案内してもらい、荷物を置いた所でボクはサファイアに言った。
「十五も歳が離れてますの。早くに両親が亡くなったので、私が母親代わりですわ」
 ボクとローズは彼女の言葉に動きを止める。ローズがヒソッとボクに言った。
「美魔女…」
 内心ボクも頷く。てっきりオニキスと同じくらいだと思ってたのに。
「宮殿の中は自由に歩いてくださいね。何かあれば通りがかりの者にでもお伝えいただければ大丈夫ですわ」
 サファイアが去り、二人で一息吐いていると、ルビィが部屋の扉をノックした。
「庭で遊ぼうぜ」
 手にはボール、後ろには子供達のギャラリー。
「おうじょさまー?」
「わたしもみたいー」
「おいお前等押すな」
 ローズがボクを見た。大体考えてる事は解る。
「行ってきなよ。ボクは建物を見学したいから行かないけど、ローズも疲れない程度にね」
 それを聞いたローズはルビィからボールを奪い取り、先導切って廊下を駆けていく。まったく…あの元気は何処から…。
 ボクはサファイアのお言葉に甘えて、建物の中を見させてもらう事にした。元王宮を見るのは初めてなので興味深い。

 人口は本当に少ないらしく、殆どが離れの建物に住んでいるらしい。仕事も宮殿の中に農場やら畑やらがあって、大人達はそこで働いているのが廊下の窓から見えた。規模が大きい多世帯住宅みたいだ。
 下の階ほど、王宮(今は領主宮?)の仕事をする場になっているらしい。段々役人と擦れ違う回数が増えた。一階まで降りてきた所で、地下に行くのはやめてボク達の部屋より上の階を見る事にした。

「ふふ、ルビィが王女様と泥だらけになってるわ」
 俺はサファイアの肩越しに窓の外を見た。赤みがかった髪を振り乱して、ローズとルビィが互いに怒鳴り合っている。内容までは聞き取れない。
「可愛らしい方。…お気に召さないの?」
「サファイア様」
 俺は彼女の細い肩に手を置いた。サファイアがその上から触れる。
「私はサファイア様と結婚するものだと信じてきたのです」
 サファイアの両親が事故で亡くなるまでは、サファイアが俺の許嫁だった。
「領主の仕事はルビィに任せてどうか私と結婚して下さい」
「年増な私より若い子の方がよろしくなくて?」
「私が仕えさせていただくべき方は貴女だけでございます」
 サファイアは溜息を吐いて手を下ろした。
「言っては失礼ですけれど…貴方にも母親が居て居ない様な状況でしたものね」
 俺は幼少の頃を思い出した。終始ブルーレースの事を想ってヒステリックだった母君を…そして時々遊びに来てくれる「許嫁」の優しいサファイアを…。
「貴方はまだ甘えたい盛りなだけよ。本当に私の事を愛しているか…結婚相手として考えられているかは別問題だわ…」
 言われて返す言葉が無い。実際そうなのだろう。サファイアを慕う気持ちが幾ら強くても、それは世間一般で言われる恋愛感情ではないと解っていた。
「そろそろ巣立つ準備をしなくてはね。新しい枝葉も悪くない事よ」
 俺はそれ以上サファイアの説教を聞きたくなくて、黙って肩を貸してくれないかと、彼女の細い首に縋った。

 いつの間にか人通りが全く無い階に来ていた。自然と、足音を立てない様な歩き方になる。
 一つだけ半開きになっている扉があった。ボクは吸い寄せられる様にその部屋の前に向かうと、中の人に気付かれない様に様子を窺った。
 窓際の椅子に腰掛けるサファイアに、オニキスが後ろから抱き着いていた。
「!!」
 ビックリして思わず後退[あとずさ]る。ボクはドキドキしながらその階を後にした。

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