第40章:それぞれの明日へ

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  • 1946字

「姫様! 困ります姫様!」
 夏の晴れた日、シトリンは本日婚礼を挙げるボクの手を取り、彼女の着付け役が怒鳴るのを笑いながらボクを外へ連れ出した。
「シトリン、流石に式に遅れちゃマズイよ、後にしよう?」
 ショートカットの茶髪を風に靡かせながら、ボクは山の斜面に建つ城の庭を駆け下りる。まあ、そう言うボクも、窮屈なウェディングドレスを着るのは億劫だったから助かった。中途半端に着せられたペチコートやキャミソールの端から、肌が見え隠れする事も厭わない。
「直接行けばいーよ! もうご馳走並んでるし、ローズももうすぐ到着するって!」
「ローズが?」
 その名にボクは瞳を輝かせる。シトリンと手を繋いだまま会場に忍び込むと、すぐに背後から声をかけられた。
「おい何してんだ」
「オニキス」
 黒髪の青年は自分のタキシードを脱ぐと、黙ってボクの肩にかけた。特に胸元には絶対に目を向けない様に顔を背ける。別にもう怒ってないんだけどな…。
 色々なゴタゴタが落ち着いた頃、オニキスは約束通りクォーツから結婚相手を貰い受けると言ってきた。しかしその時、かつての婚約者ローズは既に国の外。レーザー王が断ると、返ってきたのは意外な書簡。
『ルチレーテッド王女に働いた非礼の責任を取りたい』
 と、なんともカッコ悪いプロポーズを受けたんだなあ。まあ、受けたボクもボクだけど。
 どうやら新婦だけでなく新郎まで居なくなったのがバレたのか、司会者達が慌て始めるのが見えた。構わずボク達は運ばれてきた料理をつまみ食い。
「ん〜! おいっしー」
 お日様色のドレスの裾をはためかせてジャンプしていたシトリンが、会場を囲う垣根の向こうに何か見たらしい。
「誰か来た! 行こう!」

「エメラルド・ベリル領主とパライバ・トルマリン・ベリル領大臣のご到着ー」
 歓迎のラッパが高らかに鳴る。馬車から降りてきたのは、懐かしいあの利発そうな顔。
「あら、貴方達は相変わらずみたいね」
 陰から覗いていたボク達を一瞥。これには苦笑するしかない。
「兄さんは?」
「まだ来てないよ」
「じゃあ待たせてもらおうかしら」
 挨拶に行く育ての母と別れ、パライバは日傘を杖の様に地面に突き立ててシトリンの隣に立った。うーん、正真正銘庶民の彼女が一番高貴な姿勢してる…。
「他の皆はローズと一緒なの?」
「最近の便りだとそうらしい。ああ、ブルーレースは不服そうな顔して菓子つまんでたぞ、向こうで」
「もるちゃんに会ってからで良いかな」
 シトリンが見上げたので、オニキスは付け加えた。シトリンはブルーレース姫にはちょっと薄情な所がある。
 暫くそこで佇んでいると、再び城門が開いた。近衛兵の馬の列が過ぎると、馬に乗った青年二人が此方に気付いて微笑みかける。
「サージェナイト王子、ローズ王女、サファイア・コランダム領主、ルビィ・コランダム将軍、モルガナイト・ベリル様のご到着ー」
「やれやれ、私だけ肩書ナシよ」
 馬車の後ろから声が聴こえた。モルガナイト姫は馬に乗るのを大層気に入って、やっぱり此処まで乗ってきたみたい。
「結婚式に出る格好じゃなくてごめんなさい。ドレス持って来てるからすぐ着替える…」
 そこまで言ってやっと気付いた。
「…その必要は無いかしら」
「ルチル! あらあなた、何て格好してるの!?」
「ローズ」
 馬車から飛び降りて駆け寄って来る姉…もとい従姉に両腕を伸ばす。きつく抱き締めると、豊かな巻き毛が鼻をくすぐった。
 続いてサファイア様が降りてくる。馬に乗っていた三人も、馬を預けて一堂に会した。
「結婚おめでとう、ルチル」
「ありがとう」
 サージェにそう言われると、少しだけ胸がチクチクした。けど、続くオニキスの声がその棘を溶かす。
「相手が俺なら不満は無いだろ?」
「さあね。父上から例の手紙の事は聞いたよ?」
 墓穴を掘ったオニキスが顔を真っ赤にする。ルビィとサファイア様も、祝いの言葉をくれた。
「そろそろ戻らないとまずいんじゃない?」
 パライバが言う。会場では新郎新婦探しの喧騒がピークに達していた。今は他の賓客を出迎える為に待機しているが、ラッパ吹きの誰かが向こうに伝えればすぐに居場所はバレてしまう。
「バレるよりは、自分から出て行った方がマシだな」
 ボクの心を読んだかの様に、オニキスが言ってボクの手を取った。サージェはモルガンを、ルビィはローズをエスコートする。モルガンは照れて俯きながら歩いた。
「私達はあぶれたってわけ」
 パライバの嫌味にも聞こえる台詞が背を叩く。
「こうすれば良いの?」
 シトリンがサージェの真似をした。パライバは溜息を一つ。
「この国にはまともなお姫様は居ないわけ…? 私が言うのもなんだけど」
 サファイア様が可笑しそうに笑う。ボク達は垣根を抜け、光差す広場へと一歩、踏み出した。

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