第37章:ビックリ人間ショー

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 オズワルドは一旦席を立ち、キッチンでコーヒーを沸かして来た。フェリックスは礼を言って飲む。もうすぐ陽が昇る様な時間帯だ。二人ともかなり眠かった。
「叔父か、兄かどちらかは知らないが、どちらかが…あるいは両方が、エドの所為で一派が途絶えたと考えていてもおかしくはない。それからさっきも叔父が歌っていたが、ラザフォードは魔法を歌に乗せて他人を操る。どちらかがもう一方を操っているかもしれない。勿論、他の派閥の誰かが黒幕の可能性もあり得る」
 オズワルドはコーヒーを飲み干すと、お代わりを注いで来て再びベッドに腰掛ける。
「君自身が操られていない様で安心した」
「それでさっきあんな質問を」
 オズワルドは頷く。
「とにかく、エドの兄が君に私と会うように言ったのは、それくらいしか理由が思い付かない。これから君はどうする?」
 突然話の流れが自分に向けられ、何にも考えていなかったフェリックスは答えに困った。
「まあ、自分の国に帰るのも危険なら、私達と一緒に行くかい?」
「良いんですか?」
 ろくな旅道具も無いフェリックスにとっては願ってもない提案だった。オズワルドはコーヒーカップに口を付けながら頷く。
「丁度、先日事故で団員が亡くなったばかりで、ベッドにも空きがある。私達はこれから、コリンズの北のマイルズ国に定期公演をしに行く所だが、それまで用心棒の様な仕事をしてもらえないか?」
「用心棒…ですか…」
 不安そうなフェリックスの顔を見て、オズワルドが微笑む。
「心配する事はない。さっきの戦いを見させてもらったが、あれだけ動ければ十分通用する」
 馬車の周囲が明るくなり始めた。夜明けの時刻だった。
「どうする?」
 オズワルドが再度尋ねた。フェリックスの心は、既に決まっていた。
「一緒に行きます」

 フェリックスは馬車の外に出ると唖然とした。後ろで文字通り羽を伸ばしながら、オズワルドが笑う。
「驚いたかい? まあ、私達と初めて会った人は、大体そんな顔をするよ」
 フェリックスの目にまず飛び込んできたのは、どう見ても頭が二つ付いている、エドガーよりも一回り小さい少女だった。
「「おはようパパ。だあれこの人?」」
 二つの頭はきっちり調子を揃えてオズワルドに挨拶すると、フェリックスを四つの目で見詰めながら尋ねた。フェリックスは視線がまるで糸の様に絡みついたみたいに、驚愕のあまり体が固まってしまっていた。
「おはよう二人とも。此方はマイルズまで一緒に行く事になったフェリックスだ」
「よ、よろしく」
 フェリックスはなんとかそれだけを言う事が出来た。
「はじめまして。私はマーガレット・ハーキマー」
「はじめまして。ヴァイオレット・ハーキマーです」
 今度は二つの頭が別々に話をした。フェリックスは此処で漸く状況が掴めた。彼女達は結合性双生児だ。以前、何かの本で記述を目にした事がある。
「反応が薄いね」
 オズワルドが感心した様に言った。
「彼女達を見たら、普通の人間は腰を抜かすのに」
「そうそう。ほんと失礼よね」
 右半身のマーガレットがオズワルドの言葉に同意する。左半身のヴァイオレットは頷くだけに留めた。
「…フリーク・サーカスですか…」
 ちらほらと、それぞれの馬車から出て来た団員達を見て、フェリックスは呟いた。団員の殆どが、オズワルドや彼女達の様に特殊な身体的特徴を持っていた。
「まあそんな所だな。皆と君の紹介は後で朝食の時にでも。こっちへ」
 双子の姉妹の熱い視線を背中に受けながら、フェリックスはオズワルドについてその場を後にする。ある馬車の前でオズワルドが立ち止まり、扉をノックしようとした。
「上よ」
 オズワルドの拳がドアに触れる前に、頭上から女性の声がした。見上げると昨夜のオレンジ色の髪の美女が、馬車の屋根の上に座っていた。
「見張り御苦労、レベッカ。此方はフェリックス・テイラー。事情を聞いたが、マイルズまで連れて行く事にした。見張りを手伝ってもらう」
「よろしくお願いします」
 フェリックスは頭を下げたが、レベッカは無視して銃の手入れをし始めた。
「ボスが決めたなら何でも従うって言ってるでしょ。私はレベッカ・マッケイ」
「うちの歌姫ベッキーだよ」
 オズワルドの言葉をレベッカが鼻で笑う。
「もう姫って言われるような歳じゃないけどね」
「じゃあオペラ座の女王かな? ところで相談なんだが…」
 オズワルドの言葉をレベッカは右手をひらひらと振って遮った。
「解ってる。ベッドでしょ。勝手に使って良いわ」
「いや、流石にお前とフェリックスが同じ馬車はなんだし、アンジェリークを暫くこっちの馬車に移動してもらおうかと…」
 オズワルドは最後まで言わずにレベッカの出方を待った。レベッカはオズワルドをボスと呼ぶし、歳もレベッカの方がずっと若いものの、彼等の立場は対等の様に思われた。
「面倒だし、彼がこの馬車で良いじゃない。どうせ明日明後日には着くでしょ」
 フェリックスは自分が男扱いされなかった気がして少しショックだったが、オズワルドもこれ以上アンジェリークの移動を推す必要も無く、諦めてフェリックスを馬車の中に案内した。
「奥は彼女のスペースだ。手前のベッドを使ってくれ」
 馬車の入り口付近は男性の部屋の様だった。オズワルドが備え付けの棚を開けると、舞台衣装を含め、男物の服が入っていた。
「彼女の婚約者だったんだ」
 オズワルドの言っている人物が誰の事かは、聞かずともフェリックスには理解出来た。先日亡くなった団員の事だろう。
「余計な事は言わないで良いわ」
 何時の間にかレベッカが馬車の入り口に立っていた。
「あと、その棚に入ってる物は好きに使って良いわよ。エド達が大きくなったら着せようかと思ってたけど、その時にはまた新しいのを買ってやればいいわ」
「そうだな」
 フェリックスはオズワルドとレベッカに礼を言うと、三人揃って馬車を出た。オズワルドは見張りの為に馬車の近くに残り、あとの二人は近くの沢へと降りて行く。
「銃は使える?」
 レベッカが唐突に訊いた。フェリックスは不安定な足場を探しながら、レベッカの後を追うのに精一杯だったので、最初は何と訊かれたのか解らなかった。
「使った事がありません」
 足を乗せた石が斜面を転げ落ち、フェリックスは慌てて手を付いた。湿った土で袖口まで汚れた。
「ウィリアムズでは銃の所持には免許が必要なんです。俺は目が悪いので免許が取れなくて」
「他に扱える武器は?」
 フェリックスは手の泥を払い落しながら考えた。
「特に無いですね…。でも、戦闘用の魔法なら幾つか憶えています」
「ふーん」
 レベッカはとっくに崖を降り切っていた。どうして片腕であんなに早く降りれるのか不思議に思いながら、フェリックスも漸く下に到達する。
「皆!」
 レベッカが美しい声を張り上げて、川で顔等を洗っていた十人くらいの団員達を注目させた。
「此方はフェリックス・テイラー。訳あってマイルズまで一緒に行く事に決めたわ。警備なんかを手伝ってもらうつもり。以上」
 レベッカの紹介はあっさりとしていた。とことこと、双頭の少女が水辺から走って来て、フェリックスの腕を掴むと団員達が集まっている場所へとニコニコしながら引っ張って行った。
「「皆を紹介するわ!」」

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