第5章:ゴースト・ティム

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初登場ドランクが理想の最強ミステリアスお兄さんムーブしてたり。
霧の島の話までは入っています。


 ブルーナは玄関の鍵を閉め、店の横の階段を下りていた。早朝の商店街は人影も殆ど無い。ブルーナは教室に一番早く入っているのが日課だった。人が大勢居る時に扉を開けると、開けた人物が誰であれ音に反応して扉を見る生徒が少なからず居るからだ。そんな些細な注目でさえも、ブルーナは受けたくなかった。
(あれ?)
 ブルーナは一瞬自分の目を疑った。今階段の下を通ったのは、フェリックスだろうか? ブルーナにはフード付きのマントの下に白い髪が見えた気がした。しかしまだ開店の時間には早過ぎる。それに此処はフェリックスの通学路でもない筈だ。中学が別々だったので、少なくともこの近辺に住んでいる訳ではないだろう。
 少し急いで階段を下りると、確かに生成り色のマントを被った人物が立っている。しかしフェリックスよりは体が小さい。その人物は店の前に立ち、じいっと二階を見ていたが、やがて自分を見つめているブルーナに気が付いて振り向いた。
 あっ、と小さく叫んでしまった気がする。
 それはブルーナと同じ年頃の少年だった。
 フェリックスと同じ、白い肌に紅色の目の。
「ブルーナ・ブックス?」
 マントの少年がブルーナに向かって高慢ちきに訊いた。
「私の手紙は読んだか?」
「手紙?」
 ブルーナは思わず声が裏返ってしまった。
「何の事? っていうか貴方は一体…」
 彼女が言い終える前に、少年が指を振る。ブックス家の郵便ポストが勝手に開いて、中から封筒が飛び出して来た。それは少年の指の動きに合わせて空中を舞い、最終的にブルーナの手の中に落ち着く。
「ならば今読め」
 登校を邪魔された上に偉そうに命令され、ブルーナは不機嫌になったが、少年の紅い目で睨まれていると怖くてそのまま無視して行く事も出来無さそうだ。渋々開封し、中を確かめる。

私と同じ世界を望む諸君

 今の生活を変えたくば、明朝七時にブルーナ・ブックス前に来られたし。
 さすれば我が計画の詳細を伝えん。

ゴースト・ティム

「何これ」
 その突拍子も無い内容にブルーナの苛立ちはますます増した。それは昨日、ヴィクトーに届けられたものと同じ内容の手紙だったが、そんな事をブルーナが知る由も無い。彼女が彼と出会うのは、これから数分後の未来である。
「変な冗談やめて頂戴。私急いでるの」
 言って手紙を少年に突き返してその場を離れようとしたが、彼の胸に突き付けた腕を逆に掴まれてしまい、身動きが取れなくなる。
「ちょっと何なの…」
 これは変質者だと思って助けを求めた方が良いのだろうか。そう思って大声を出そうとした時、頭上から声が聞こえた。
「冗談じゃないみたいですよ。ブックスさん」
 振り仰ぐと自宅の屋根の上に、剣術学校の制服を着た少年が立っていた。
「貴方は…確かアレキサンダー・テイラー…」
 先日教科書を買って行った少年、フェリックスの弟の名を、ブルーナはまだ記憶していた。
「覚えていらっしゃいましたか」
 アレックスはよっという掛け声と共に三階の高さから飛び降りると、軽々と地面に着地した。ズボンの裾に着いた土を払って立ち上がると、二人に挨拶する。
「尤も、貴方が『ゴースト・ティム』だと言う証拠は、提示してもらっていませんけどね」
 アルビノの少年を見詰めてアレックスが言う。アルビノの少年は口を歪めて笑うと、一通の手紙を懐から取り出し、二人に見せた。
「これでどうだ。二人とも、協力する気になったか?」
 ブルーナがアレックスの方を見ると、アレックスは頷いていた。少年…巷では「ゴースト・ティム」と呼ばれている彼が、ブルーナの方を見る。
「協力…って言ったって、たかが高校生に計画だの何だの大そうな事出来る訳…」
「フェリックスならどうかな?」
 言い返されてブルーナは一瞬口を噤む。その時、三人の耳に馬の蹄の音が届いた。ティムの後方から馬に乗った少年が近付いて来て、三人の横で止まる。
「『諸君』ってこれだけ?」
 手紙が本当であって欲しいが、嘘でもあって欲しかったヴィクトーは高揚と落胆とが入り混じった複雑な気持ちで、やっとその一言を口にした。
「協力する人間は他にも居るが、主体的に動いてもらおうと思うのは当事者である此処に居る三人だ」
「なるほど、あんたがゴースト・ティムか」
 言葉を発したフードの少年の顔を見て、独り言の様に言う。いつもの猫を被った丁寧な口調をする気持ちの余裕は無く、先程まで泣いていた声の震えを押し殺すのが精一杯だった。馬から降り、ブルーグレーの瞳が他の二人の顔も見る。
「あれっ」
「フィッツジェラルド先輩!?」
 ヴィクトーとアレックスの目が合い、同時に驚嘆の声を上げた。
「知り合いか」
「うーん、まあ…」
(チッ、アレックスは既に目をつけられてたか)
 少し落ち着いてきたヴィクトーは、改めてティムを見る。ティムは今頃になって、まだブルーナの腕を掴んでいた事に気付くと、手を放して話を続けた。ブルーナは頭が混乱していて、とりあえずその場に留まる。
「あともう一人、どうしても味方に着けたい人物が居る」
「フェリックス・テイラーですね?」
 漸くいつも学校でしている様な口調に戻ったヴィクトーの言葉に、三人が目を見開く。
「なんで兄貴が?」
「いや、その手紙の署名」
 言ってヴィクトーはティムが手に広げた手紙を指差す。

親愛なるティム

 こちらはいよいよ明日から新学期だ。アレックスも無事高校に合格して、一昨日入学式をしてきたよ。今年のクラス替えでは、良い人達と当たると良いな。
 そっちは、学校が無いから特に代わり映えしないだろうね。そうだ、今年の誕生日プレゼントは何が良い?
 短いけれど、明日からの学校の準備があるから、これで終わるよ。あまり長いと、君の誕生日までに君が返事をこっちに送り返せないだろうしね。

 君の分身 フェリックス

「まあ、そういう事だ」
 ティムは手紙を仕舞う。
「私の計画には彼が必要不可欠だ。以前から手紙をやり取りしているが、どうにもこうにも、彼は私の説得には応じないだろう。今の状態では」
「その計画とやら…俺達もまだ聴かせて戴いてませんが、彼には既に?」
 ヴィクトーが口の端を釣り上げた微笑みで問う。
「いや」
「何故です?」
「彼は必ず反対する。現状では」
「まあこの文面じゃ警戒して出て来ませんよ。俺だって此処に来るまで半信半疑だったし」
 アレックスがブルーナを見て言った。ブルーナは我に返って、アレックスの言葉を肯定する。
「そ、そうよ、その計画って何?」
(っていうかフェリックスって、ゴースト・ティムと文通してる仲なの!? どういう事?)
 三人がティムを見た。ティムは軽く息を吸って、それから一気に吐き出す様にこう告げる。
「被差別者集団移民計画だ」
 ヴィクトーが面白そうに鼻で笑った。アレックスはゴクリと唾を飲み込む。ブルーナは口をポカンと開けて、再びティムを問い質した。
「集団移民? そんな事どうやってやるのよ」
「まあ具体的な方法はこれから考えていく。幾つか案はある。とりあえずは、諸君の意思を確認しに来た」
 ティムがまずヴィクトーとアレックスを見る。
「諸君は協力してくれるのだな」
「まあ、俺も似た様な事考えた所ですし、乗っかるだけなら乗っかりますよ」
(上手くいけば他のメンバーも俺の目的の為に利用させてもらうけど)
 ヴィクトーはそう頭の中で考えたが、表情には微塵も出さなかった。
「俺も、今の状況には満足していませんから」
「そうか。二人にやってもらいたい事は此処では少し説明しがたいので、また後日手紙を送る」
 ブルーナはアレックスと、銀の髪のミステリアスな少年がティムに賛同したことに驚きつつ、自分は
「ちょっと考えさせて頂戴」
と言った。
「第一、貴方が『ゴースト』だって証拠、私にはよく解らないわよ、どうしてフェリックスの手紙が証拠になるの? 怪しすぎ」
「協力する気は無いと?」
「まあはっきり言うとそういう事よ」
 ティムは唇を噛み、暫く考えた後こう言った。
「なるほど、では後日、ちゃんとした証拠を持って来よう…。協力しないのは貴女の自由だが、私は正真正銘『ゴースト』だ。その場合、貴女の店がどうなろうと、私は知らんぞ」
 今度はブルーナが唇を噛む番だった。此処まで断言できるとなると、本物である可能性が高い。となると、自分が此処で協力しないと、最悪店を潰される可能性もある。
(これを世に言う脅迫ってやつ…)
「…解ったわよ。それで、私達は何をすれば良いの?」
 溜息を吐いて、とりあえずティムの言う事を聞いてやる事にする。
「フェリックス・テイラーを味方に付けろ。但し、くれぐれもこの計画に関しては彼には伝えない様に」
 「何故?」と誰かが訪ねる前に、ティムは悲しげな目で補足した。
「フェリックスは真実の歴史を知らない…それは諸君もか」
「俺は知ってますよ」
「ヴィクトーはな」
 そしてヴィクトーも、灰色の瞳の奥に悲しみを宿す。
「………」
 ブルーナはその様子を見て、少し考え込んだ。ティムは「被差別者」「真実の歴史」と言った。いじめ程度ではそんな言葉は使わない。何か…あるのだろうか。
「とにかく、私はフェリックスの力を借りたい。そこでだ、ブルーナ、色仕掛けでも何でも良い、貴女にはフェリックスの恋人になってもらう」
「は?」
 うっかりティムの策略に賛同しそうになっていた所だったが、その言葉にブルーナは再び現実に戻る。
「私はフェリックスのあの頭脳と魔力が欲しい。あれは良い人材だ。味方に付ければこの計画の成功の可能性が高まるが敵対すれば確実に脅威となる。勿論弟のアレックスからも説得してもらうが、ここは家族よりもより深い絆で結ばれた者による説得を行いたい」
「最悪『恋人の命が惜しくば協力しろ』って脅しもかけられますしね」
 ヴィクトーが悪乗りする。ブルーナは自分が人質にされる所を想像して身震いしながら反論した。
「ちょっちょっ、ちょっと待って。それ私である必要が何処に…」
 そう言いながら前に突き出した手に巻いた腕時計が、既にブルーナが家を出てから三十分も経っている事を示していた。
「あっもうこんな時間!」
「遅刻しそうなら、送って行きますよ」
 ヴィクトーが馬を示して申し出てくれたが、ブルーナは首を振る。
「ううん、全然間に合うんだけどね。って…」
 ブルーナが再びティムを見ると、彼の体が透けていた。
「………」
「私はこれで。『ゴースト』にも仕事があるのでね。とにかく、近付くだけでも近付いてみてくれ」
 ゴースト・ティム。実在するかどうかも怪しまれていた彼が、今実際にこうやって瞬間移動魔法を使ってゴースト化している。一瞬で消えて現れる事も出来るが、普通は魔力の消耗を抑える為に徐々に体を移動させていくのだ。
「別に悪くはない男だろう? 用がある時はその都度連絡する」
 ティムの体が完全に消える前にそう言った。残された三人はお互いに顔を見合わせた。
「あれって本気なの? って言うか、本物なの?」
 とりあえず学校に向かいながらブルーナが尋ねた。途中までは魔法学校も剣術学校も道が同じなのだ。
「『ゴースト』である事は確かです。俺が保証します」
「じゃ、本気かどうかはさておき、計画が事実である事には間違いないね」
 アレックスとヴィクトーがそれぞれ言った。
「移民先では俺達が長年望んできた世界が実現する…」
 本当はヴィクトーにはもう少し手を加えたい事があったが、概ねティムの計画目標とやりたい事は同じだ。
「それを考えれば少しの我慢と努力さ」
(まあ根本的な解決にはなって無い気がするけど)
 ヴィクトーが言葉に出さなかった事は二人も、ティム自身も承知していた。しかし、周囲を変えられない以上、自分達が変わるしかない。
「はあ~でもなんで私がテイラー君の彼女にならなきゃいけないの…」
「何か不満でもあるの? なかなかあんなハンサム居ないと思うけど」
「先輩、兄貴に会った事あるんですか?」
 ヴィクトーの言葉にアレックスが尋ねる。
「あーいやー会ったって言うかー」
 うっかり失言してしまって曖昧に誤魔化す。別に、アレックスにフェリックスの事を知っている事を知られたからと言って、何か不都合がある訳では無いが。
「大体、所詮高校生よ? あの人にそんな力がある訳…」
 言いながらブルーナはアレックスの言葉を思い出した。
「兄貴は、周りの人をそうさせる何かがあるって言うか」
(まさか…それを買いかぶってる…とか?)
 確かにコロっと女が落ちそうなタイプだが…だからどうだと言うのだろう。
「とにかく」
 まっすぐ行けば魔法学校、左に曲がれば剣術学校に繋がる道の交差点でヴィクトーが言った。
「君達も現状に満足してないなら、乗っかってみる価値はあるだろ?」
 そして微笑む。
「なんてったって、本物の『ゴースト』と知り合いになれるんだし、それだけでも凄い事だろうが」
「まあねえ…」
「別に人と仲良くなるのは悪い事でもないし、暫く様子見でも良いんじゃないの? それで新しい世界が手に入るなら」
 ヴィクトーはそう言うとアレックスを連れて去って行った。ブルーナも、面倒な事に巻き込まれてしまったなと思いつつ、学校へ向かう。
(移民計画ねえ…)
 それはあまりにも素っ頓狂過ぎて、ブルーナは道端で笑い出してしまうのを堪えるのが大変だった。それに、『ゴースト・ティム』? 『ゴースト』は一体何処で自分の情報を得て、目を付けたのだろう。自分はただの、それこそ学校の主席でもない、普通の女子高生だ。
 もしかしたら寝惚けているのかもしれない。校門に辿り着く頃には、そう思って今朝の事は気にしない事にした。

「…先輩、何者なんですか?」
「んー?」
 ブルーナと別れ、二人で剣術学校に向かう途中、アレックスが尋ねた。
「それを言うなら、君の兄上こそ何者なんだよ」
「うーん…普通の高校生ですけど…」
「ま、俺もそうだと思うんだけど。良いじゃん細かい所は置いといて、ティムの計画に乗っかってみるのもさ」
 例えそれが度の過ぎた悪ふざけに終わるとしても。
 どうしてこんなに自分はティムの肩を持っているのだろう。別に根回しされた訳でも何でもない。ただワクワクするのだ。国家を揺るがすかもしれない極秘プロジェクトを、高校生(とプラスアルファ一人)で動かすだって?
 思えば、ヴィクトーが同年代の特定の誰かと懇意にし、一つの目標に向かって動く事は、初めての事であった。

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