Cosmos and Chaos
Eyecatch

第54章:He or She?[彼か彼女か]

  • G
  • 3705字

「悪いが皆、一度降りて来てくれ」
 フェリックスが馬車の窓に寄りかかり、陽光に目を細めてうとうとしていると、入国手続きをしていたオズワルドが各馬車に呼びかけ始めた。
「法律が変わって、一人一人身元を確認するようになったそうだ」
 怪訝な目付きでオズワルドを見たレベッカの視線に気付き、訊かれる前に答える。団員達は
「前はボスかレベッカの顔見せたらそれでパスできたのにー」
等と、さもめんどくさそうに馬車を降りて出て来る。特に、体の不自由な団員にとっては、管理所までの往復でも結構な時間がかかる。フェリックスは四肢が不発達の為、自力で移動出来ない同い年のアンドリューを手伝いながら管理所へと赴いた。
「どうしよう、俺身分証無いよ」
 胸ポケットから、何処か外国の身分証らしきカードを二本しかない指(正確には、二本だけに見えるだけでもう少しあるのだが、両手とも五本には満たない)で器用に取り出したアンドリューに、フェリックスが不安げな声で尋ねる。
「大丈夫だって。全ての国が全国民にIDカード渡せる程、世の中発展してないよ」
 彼の言葉通り、フェリックスは代わりに手形と指紋を取られただけで、あっさりと入国を認められた。ウィリアムズでもこうなのだろうか。そこの所はよく解らなかった。
「でも、セキュリティ強くしたの、やっぱりコリンズの事件が原因かな…」
 アンドリューを彼の馬車まで戻し、フェリックスがレベッカの馬車に戻ろうとした時、アンドリューが遠い目をしてぽつりと言った。アンドリューはコリンズの出身なのだろうか。フェリックスは何も訊かずに馬車を出た。
 ホテルは城門から小一時間程馬車を走らせた所にあった。マイルズは人口こそウィリアムズと大差無いものの、広大な土地を有する国である。これだけ城壁から離れても、まだまだ中心の都市部には遠く、辺りは背の低い建物や、所々に畑や、手付かずの小立等が遍在していた。
 とにかく、典型的な田舎である。どうしてこんな所にホテルがあるのだろうか。荷物を部屋に運び込み…と言ってもフェリックス自身の荷物は殆ど無かったので、他の団員のを運んだ量の方が多かったが、部屋の窓から見える町並みを眺めて思った。
(これからどうしよう…)
 フェリックスはオズワルドに相談したかったが、殆どの団員が旅の疲れを取る為に、今はシャワーを浴びたり仮眠を取ったりして過ごしている。オズワルドも例に洩れず、先程フェリックスが訪ねて行くと自室でいびきをかいていた。
 フェリックスには本当に何も無かった。どうやらこのサーカスはかなりの興行収入を得ているらしく、人の良さそうなオズワルドなら必要な資金は提供してくれるだろう。だが、その後どうすれば良いと言うのだろう? とにかく職は探す必要があったが、フェリックスは魔法と喧嘩以外にこれといった技術は無い。マイルズではどうか知らないが、ウィリアムズでは魔法を使う仕事に就くには魔法学校の卒業資格が必須だったし、第一、自分はまだ未成年である。
(先が見えないな…)
 フェリックスには、秋の陽光に明るく照らされた街路の先が、真っ暗な闇に繋がっている様に見えた。
「フェリックスー」
 そんな時、少年の声が彼を扉越しに呼んだ。フェリックスが扉を開けると、頭の左側だけの髪の毛を伸ばした、少年にも見えるし少女にも見える、フェリックスと同じ年頃の人間が立っていた。彼…いや彼女か?…の名前は、ピエールマリーと言う事は、団員を紹介された時に覚えた。
「アンドリューの部屋でゲームするんだ。一緒にやる?」
 男にしては小柄で、女にしてはやや大きめの背丈から、ピエールマリーがフェリックスを見上げた。フェリックスはその中性的過ぎる体付きに、彼(女)をどう扱うべきか迷っていた。目の前に立っているのに性別が判らない。パッと見の体格は繊細な顔立ちをした少年に見えるのだが…。フェリックスを悩ませたのは、その細い体に、男としては似つかわしくない程の胸の膨らみがある事だった。
「…やる?」
 フェリックスが考え込んでいたので、ピエールマリーがもう一度尋ねた。フェリックスは慌てて頷いてしまい、遊ぶ気分ではなかったがピエールマリーに連れられてアンドリューの部屋へ向かった。
「「フェリックス!」」
 部屋にはアンドリューの他に、マーガレットとヴァイオレットもベッドに座っていた。
「ピエール、アンジェリークは?」
 アンドリューがフェリックス達に適当な椅子やベッドに座るよう示しながら、ピエールに尋ねる。
「一応聴いて来たけど寝るって」
 ピエールはテーブルに置いてあった小箱から何十枚ものカードの束を取り出すと、慣れた手付きで切り始めた。その間に、フェリックスは双子を小突いて気になる事を質問する。
「ねえ、ピエールマリーって…」
「男の子よ」「女の子よ」
 双子はフェリックスの問いを待ち構えていた様に、息を揃えて答え、それからクスクスと笑い始めた。
「俺の性別に関して話題にしてる?」
 カードを切り終えたピエールも会話に参加する。フェリックスはバツが悪くなって、ピエールが渡そうとしたカードを危うく床にばらまく所だった。
「正直に言うと、二人が言った答えが一番合ってる。両性具有なんだ」
 ピエールがそんなに気にする風でも無くさらりと言ったので、フェリックスは嫌な思いをさせずに済んでほっとした。
 それと同時にアンジェリークに言われた言葉が頭を過る。
『貴方って意地悪ね』
 何年間も無意識で他人を傷付けながらも、誰にも咎められず、罪の意識を持たずにいた自分。それが、アンジェリークに指摘されてから、こうした言動の一つ一つに気を配る様になっていた。これまでは相手が傷付いても少々バツの悪い事になったな、としか思っていなかったが、今は違う。相手が傷付いて、アンジェリークの様に、再び自分の醜い所を指摘してくるのが怖いのだ。特に此処はフリークサーカスであるし、何が誰のプライドを傷付けるか判らない。フェリックスは自分も相手も嫌な思いをしない道を選ぶ事にした。
「まあ、俺には男にしか見えないけど」
 アンドリューが口を挟むと、ピエールは「黙らっしゃい」と彼を睨み付けた。一瞬、喧嘩が始まるのかと思ってハラハラしたが、双子なんかはケラケラ笑っているので、いつもの慣れ合いなのだろうとフェリックスが決断するまでにそう長くはかからなかった。
「実際生まれた時は男だと思われたから、胸が膨らみ始めるまではずっと男として生きてたんだけどね」
 カードゲームをしながら、話の流れは自然とそれぞれの身の上話になっていった。
「元々アイドルとかスターとかになりたかったんだ。でも、自分がこういう体だと知って、こりゃ、サイドショーで儲けられるぞって思って。そんな時にたまたま俺の国にこのサーカスが公演しに来て、団長に頼み込んで入ったんだ」
 フェリックスがへえ、と感心していると、アンドリューも言う。
「俺も似た様な感じ。こんな体じゃサイドショーくらいしか働き口が無いもんよ。サーカスに入るまでは家で家事の手伝いとかしかしてなかった。会社の事務とか製造とかは、全部ロボットがやっちゃう様な国に住んでたから、プログラミング用のキーボードが早く叩けないと仕事にならないんだ」
 ウィリアムズも工業が発達している国なので、アンドリューの話の内容はフェリックスは大体掴めたのだが、ピエールと双子達は途中の用語が幾つか解らなかったらしく、きょとんとしていた。
「…君達は…?」
 フェリックスは父親にあまり似ていない双子達を見て尋ねた。彼女達は胸を張るとこう言い切る。
「「生まれた時からこのサーカスに居るの」」
 あれ、ではやはりオズワルドの娘なのだろうか? それにしては顔も似ていないし髪の色も、目の色も違うが…エドガーの様に引き取った子供ではないのか? とフェリックスがあれやこれや考えていると、やはり真実はフェリックスの予想通りであった。
「でもパパは本当のパパじゃないの」「本当のパパの事は全然知らないわ」「私達が生まれて直ぐにママは私達の事を捨てたの」「ラッキーな事にそこへパパが通りかかって引き取ってくれたのよ」
 そして最後に口をそろえてこう付け加えた。
「「寂しくなんかないわ。だってパパが居るもの」」
「そう」
 フェリックスは自分の両親の事を思い出していた。自分が生まれた時、処分するかどうか助産師に訊かれた、と昔父が言っていた。
「良かったね」
 それは彼女達に向かって言ったのもあるが、フェリックス自身に向った言葉でもあった。父が自分を生かしていてくれて良かった。お先真っ暗ではあるが、その時死んでおけば良かった、とか、もう死んでしまおう、という程気落ちしてはいない。
 それに、フェリックスはまだ諦めていなかった。もう一度、ブルーナに会いたい。
 生きていたい理由が本当にそれだけなのだろうかと心の一部が疑問を投げかけていたが、フェリックスはそれ以外の事をなるべく考えない様にしていた。でなければ、後戻りの出来ない道を歩む事になってしまうと、別の心の部分が警鐘を鳴らしていた。深追いしてはいけない、と。