第3章:ヒューマノイド

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 俺が初めて目にしたものは、自分の左手の甲に刻まれた『AL3791-046』の文字だった。それが自分の名前だと、俺に電源が入れられた時に傍に居た技術者が教えてくれた。
 AL社製ヒューマノイド3791型46号機。フルネームっぽく言うとこうなる。
 時は三十一世紀。二十世紀後半から急速に発展した科学技術は、人間そっくりのロボットを大量生産する事を可能にしていた。
 AL社は主に、家庭普及用ヒューマノイドを生産していた。家事を手伝ったり、育児や介護をするヒューマノイドである。その為、AL社製のヒューマノイドは、高機能ではなかったが見た目や言動が最も人間に近いと言われていた。
 そんなAL社が宇宙開拓に乗り出したのには理由がある。政府から依頼されたのである。
 当時は既にヒューマノイドに限らず科学技術が随分進歩していたから、人間がわざわざ命の危険を冒して宇宙船に乗り込み、何年もかかって地球外探査を行う様な事は無くなっていた。宇宙開拓は地球上の処女地開拓と大差無くなり、予算は当たり前の様に国家予算に組み込まれ、科学者や技術者が政府お抱えの企業や研究室の中でせっせと働き、毎週の様にロケットを飛ばす、そんな時代だった。それは錆び付いた水道管を交換する様に単純な作業であり、千年前に初めて人類が大気圏外に出た時の様な興奮は、民衆の中から消え失せていた。
 終いには、滅多に科学的に重要な発見が出来ない宇宙開拓分野に、巨額の税金を投入するのは馬鹿げている等という市民団体の抗議運動が始まる始末であった。だが科学者たちも黙っていない。何がいけないのだろう。どうすれば多くの人が宇宙に興味を持ってくれるだろう。政府も、敵国が宇宙に戦争用の基地等作ってしまえば一巻の終わり、その前に我が国が惑星や衛星、宇宙空間を占領しておかねばならない…そんな動機で宇宙開拓から手を引く事は出来なかった。
 科学者達が出した答えが、今一度千年前と同じ探査方法に戻る事であった。が、当然、今更宇宙飛行士を目指す人物が居る筈も無い。居ても訓練を行う施設が無い。
 そこで代わりにヒューマノイドを乗り込ませ、更に民衆の興奮を煽る為に、宇宙の様子をリアルタイムで実況させようというのである。
 この計画の為に二タイプのヒューマノイドが設計された。一つは、リアルタイム中継で主にカメラに向かって話す為の、人間によく似たヒューマノイド。もう一つは、これまでの探査機器に人間の皮を被せただけの、調査に特化したヒューマノイド。従来のローバー等の装置でも良いのだが、どうせなら探査の様子も昔に近付けようというのである。掌を翳しただけで惑星の地表から出る放射線量を測れるのが昔の探査に近いとは到底言えないと思うが。
 お気づきの通り、前者のタイプが俺、後者がアイである。アイの正式名称は『IC0528-001』。政府お抱えの宇宙探査機製造メーカーIC社の528型ローバー1号機という訳だ。
 AL3791型は五十体作られ、その中から状態の良い物十体が選ばれてIC0528型とペアになり、それぞれの宇宙船に乗り込んだ。どうせなら人間には決して出来ない調査をしようと、十機の宇宙船は往復百年以上もかかる軌道にめいめい乗せられ、地球を旅立った。目的地は主に太陽系の外惑星、或いは太陽系外の恒星、惑星…。俺達は出発の数十年前に発見された、太陽系外にある惑星としては一番近い位置にある惑星に着陸した。まあ、この話はまた今度にしよう。今俺が話したいのは、テラに着いたらアイに種明かしをする例の件だからな。
 とまあ、こう言う訳で俺は元々人間にそっくりだった。必要無い瞬きもするし、呼吸をしているかの様に胸を動かす。だが、電源を入れられた当初はただそれだけ、単に見た目が人間だったにすぎない。
 これだけ技術が進歩しても、実現されていない事があった。それは、「心を持つロボットを作りだす事」である。
 この頃、既に自分で考え、自分で行動するヒューマノイドは沢山あった。俺の原型であるお手伝いロボットも、床が汚れていれば誰に言われずとも掃除し、天気が良ければ布団を干す。介護している老人に語りかけられれば、人間らしくそれに答える…。だがそれは全てプログラムされたものであった。同じ言葉をかければ、いつだって同じ返答が返って来る。人間の様に、その日の気分で答えが変わったりはしないのだ。
 だが、今の俺は違う。
 俺に「心」を入れてくれた、そして「アル」という名前をくれた人間がいるのだ。
 ぼさぼさの黄土色の髪をして、眼鏡をかけた彼が、まだ生きている筈が無い。あれから二百年も経っているのだから。
 あー…なんかもやもやしてきた。アイに宣言した通り、寝よう。
 テラに彼の墓が残っていると良いけど。

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