Cosmos and Chaos
Eyecatch

第1章:君に幸あらん事を 1

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  • 1648字

「うんぎゃあ、うんぎゃあ…」
 助産師達は、たった今しがた生まれたばかりの赤ん坊を見て、眉間に作った皺を伸ばす事が出来ないでいた。
「何か…?」
 母親が心配そうに、かつ弱々しく尋ねると、対応に手慣れた助産師は笑顔を作ってこう言った。
「大丈夫よ。赤ちゃんを洗ったりしてくるから、お母さんはちょっと休んでいてね」
 母親は頷きつつも、首を傾げた。普通、生まれたばかりの赤ん坊は、まず母親の腹の上に乗せられるのでは? 母親の皮膚や母乳から有用な細菌等を移すのでは? 実際、先に生まれた女児はそうしてもらった。残念な事に、彼女はそう長くは生きていてくれなかったけれど。
「奥様…」
 夫の代わりに付き添っていた、母親の経営する呉服店の従業員のローラが、彼女の手を握った。その表情が、ますます母親の不安を煽った。
「旦那様」
 助産師は一先ず赤ん坊を洗って人工母乳を与えると、彼を布でくるんで部屋の外で待機していた父親の元に向かった。
「おおおおお、男? 女?」
「男の子です。元気な…」
 助産師は姿勢を変え、抱いている赤ん坊の顔を父親に見せた。抱き方が変わった事に反応し、赤ん坊が目を開く。
 深紅の瞳が驚きに目を見開いている父親の顔を捉えた。かと思うと、すぐに眩しそうに瞼を閉じる。
「なんとまあ…」
 最早地の顔と区別が付かなくなった営業スマイルを引っ込め、父親は狼狽して廊下の壁に寄り掛かった。赤ん坊は真っ白な髪に真っ白な肌をして、皮膚の下の血管が浮かび上がって見える程だった。父親も母親も、黒髪で浅黒い肌をしているのに。
「どうされますか?」
 助産師が尋ねた。その意味を図りかねて、父親が怪訝な顔をする。
「…と言っても、去年施行された法律があるので、従来通りの処置は出来ないのですがね。旦那様や奥様がお望みなら、裏のルートで処分する事が…」
「処分だって? 冗談は止してくれ」
 今度は助産師が怪訝な顔をする番だった。
「お育てになるのですか? この子を?」
「当然だ。私の子供だぞ。私が守ってみせる」
 怒った父親は息子をもぎ取り、助産師達を追い出す様にして帰らせると、妻とローラが待つ寝室に入った。
「貴方」
 赤ん坊の母親は心配で堪らないという風に言った。
「赤ちゃんに何か問題でも?」
「大した事は無いさ」
 心配性で臆病な妻を宥める様に、ローラと視線を交わしながら父親が話す。息子は大人しく父親の腕に抱かれたまま、廊下よりは暗い室内で薄目を開けていた。
「でも、驚かないでくれよ。君が驚くとこの子の方が何倍も驚くんだから…」
 母親がローラに支えられながら状態を起こした。その時には既に赤ん坊の髪の色が見えていたが、母親は意外にも驚かなかった。泣き声で赤ん坊が健康な事は解っていたので、何かあるとすれば奇形であろうとは予想が付いたのである。
「男の子だよ」
「まあ…」
 漸く、母親は我が子を抱く事が出来た。
「貴方に似てハンサムじゃない?」
 グロテスクに欠けた四肢や潰れた顔を見ずに済んで母親はほっとしていた。正直、そういった類の奇形であれば気を失っていたかもしれない。ところが我が子はただ色素を持たないだけであった。
 それがこの国では致命的な欠損であるという事も承知していたが。
「名前はどうするの?」
 尋ねられた父親は即答した。
「フェリックス・ロイ」
 それが息子が生まれる前に考えていた名前と違ったので、母親は驚いてオウム返しにした。
「フェリックス・ロイ? 貴方、自分の名前を継がせるんじゃなかったの?」
「気が変わったんだよ。見てご覧。フェリックス、目を開けてくれるかな…?」
 父親は息子の目を開かせようと、ちょいちょい、と指で彼の口元を突いた。本能的にそれを咥えようと、フェリックスが瞳を開いて顔を動かす。
 フェリックスの眼の色を見て、母親も異論を失くした。
 フェリックス・ロイ…フェリックスは幸せ、ロイは赤という意味だ。
「この子に幸あらん事を」
 夫婦は特定の神を信仰してはいなかったが、信心深いローラが彼等の横で神に祈るポーズを取った。