Cosmos and Chaos
Eyecatch

第6章:父親とは

  • R15+
  • 4066字

 だがその日は突然、何の前触れも無く訪れた。実際はレイモンドの二人の息子がずっと警鐘を鳴らしていたが、周囲の人間が気付かなかっただけだったのだが。
 九月三日の休日の午後、レイモンドは息子の一人を国家によって奪われた。銃を突き付けられ、警察の指示に従う他無い息子を庇う為、彼は必死で訴えた。
「だから、あのウィスキーボンボンはメーカーの包装のままそちらに贈ったと言っているんです!」
 パジャマ姿のまま警察隊の一人に掴みかかる様にして息子の潔白を証言したが、警官は鼻で笑って相手にしてくれなかった。
「証拠は?」
「包みを調べれば判るだろう!? メーカーのロゴのシールで封をされていた筈だ!」
「当てになりませんよ、シールなんて」
 青ざめた妻ともう一人の息子の横で言い争っていると、部屋の簡易的な捜索を終えたフェリックスが戻って来た。
「彼の部屋から毒薬が見付かりましたよ」
 警察隊の隊長が此れ見よがしに言って、フェリックスの手錠を両親に見せた。フェリックスは警察に抵抗しなかったが、それが銃を突き付けられているからか、本当に彼がやったからかは判らなかった。
「心配しないでママ」
 だが彼は去り際にはっきりと深紅の瞳で伝えた。
「俺はやってない」
「そうだろうとも」
 警察とフェリックスが家を出て行った後、レイモンドはパニックに陥って泣き出した妻を抱きながら呟いた。アレックスはすっかり血色の悪くなった顔色で突っ立っていた。
(これは何かに巻き込まれているな…)
 レイモンドはある事を思い付いた。此処で息子達を助ける事が出来れば、自分は子供に何かしてやった事になるのではないか?
「とりあえず詳しい捜査と裁判を待とう。フェリックスの無実は俺が証言出来る」
 レイモンドは拳を握り締めた。絶対にフェリックスを助け出す。

「殺人鬼を生み出すとは、子供に一体どういう教育をしているんだこの小僧」
 一番最初に嫌がらせの電話をかけてきたのは、何とサンドラの父親だった。彼はフェリックスがアルビノだった為に、更に娘夫婦とは関わりを持たなくなっていた。
「フェリックスはやっていません」
 この時、電話を取ったのはレイモンドだった。妻やアレックスが取っていたらどうなっていただろうかと震える。四十過ぎの大人をまだ小僧と呼ぶサンドラの父親も昔から変わっていなかったが、未だに彼と和解出来ないレイモンドも変わっていなかった。
「貴方までフェリックスを疑うんですか?」
「論点はそこではないだろう」
 義父の言葉に、頭に血が上っていたレイモンドは少しだけ冷静になって考えた。
「これから嫌がらせが引っ切り無しに来るぞ。フェリックスが潔白だという証拠はあるのか?」
「俺の証言が裁判で認められれば」
「しかし何故フェリックスは毒を所持していた?」
「解りません」
 義父はレイモンドの痛い所を突いた。
「お前の監督不足だ」
 レイモンドは反抗する言葉を探したが、やがて電話のコードを指に巻き付けながら観念した。
「はい…」
「子供はただ甘やかして可愛がっているだけでは駄目なんだ。昔、お前達は私の監督不足と教育方針の選択ミスで取り返しが付かないミスを犯した。自分の子供には同じ轍を踏ませない様にしてくれると思ったのだがね」
 レイモンドは返す言葉が見付からなかった。だが、自分の意思は伝えようと努力した。
「お義父[とう]さん」
 初めて父と呼ばれて、電話の向こうでフェリックスの祖父が唾を飲み込んだ。
「少なくとも俺は、俺の両親と同じ道は辿りません」
 そう言ってレイモンドは電話を切った。

「小父さん…」
 レイモンドが正装をして城の前で王への面会を求めていると、フェリックスの恋人達がやって来た。
「やってませんよね!? フェリックスは!」
 ボイスがレイモンドに詰め寄る。レイモンドは首を横に振った。
「俺もそう願うがね、まだ判らない。フェリックスの部屋に毒があったのは本当だ」
「でっでも…」
「フェリックスが本当はどんな人間か、君は知っていると思ったんだが」
 レイモンドに言われるとボイスは黙り込んだ。女の子達が「何の事?」とボイスに説明を求めたが、彼は答えなかった。
「でも裁判も無しに俺の息子を死刑にするのは許せない。実名報道もだ。直接国王に詳しい捜査願いを出しに行く」
 学生達もそれに同行しようとしたが、城に入れたのはレイモンドだけだった。一応彼は仕立屋として王族に触れられる身分なのだから、何の接点も無い学生達と扱われ方が違うのは当然である。しかし、彼も危険物を持っていないか入念に調べられた後、両脇と後ろから武装した近衛隊に囲まれての謁見だった。王子暗殺の容疑者の父親が、息子に暗殺の指示をした、若しくは息子に罪を着せようとした可能性もあるからだ。だが、レイモンドが面会に来た事を知った王は、直ぐにでも謁見の間に彼を連れて来るように言った。
「お呼びしようとしていた所だ」
 国王は頭を下げて謁見の間に入って来たレイモンドに顔を上げる様に言った。
「貴方の御子息がティムを殺そうとするなんて信じられない。文通の方は大変機嫌良くやっていた様なのに」
「私もですよ国王。第一、王子を殺害する動機やメリットが解りません」
 言いながらレイモンドは殺人に動機が必要だろうかと考えた。自分は昔、大した理由も無く何度も自分を殺そうとしたのに。
「それに、こんな直ぐに犯人が判る様な物に毒を盛る程息子は馬鹿ではないと思います。警察には当てにならないと言われましたが、あのお菓子は私が注文して家に届いた後、封を切っていませんし」
 国王は頷きながらレイモンドの言葉を黙って受け入れていた。
「何故裁判をやらないのです?」
 レイモンドは声を荒げた。右に立っていた近衛兵が脅す様に銃を振ったが、国王は目線で彼に何もしない様に指示すると、レイモンドに視線を戻した。レイモンドは続ける。
「実名報道もです。法で誰かを裁くのなら、裁く側も法に則ってもらいたいものですがね!」
「お気持ちは良く解ります」
 国王が謝罪した。
「ご存知かと思いますが、どうやらまたあの一派が絡んでいる様です」
 彼が言っているのは、反国王派の事である。反国王派は度々国王の命令や議会の決定を無視して問題を起こしていた。例えば先のトレンズ国との戦争や、ラザフォード殲滅作戦等。
「彼等の暴走を抑制出来ないのは真に情けない事でありますが、直ぐに捜査をやり直させます。手続き等に時間がかかるかもしれませんが、貴方の御子息が無実であるなら必ず無事に貴方の元にお返しします」
 レイモンドは必ず、と約束を取り付け、城を出た。少し気持ちと頭の中を整理しようと、わざと遠回りして帰る事にする。夏の陽射しを出来るだけ避けようと公園の並木の下を歩いていたら、後ろから馬の蹄の音がした。
 殆ど無意識に、その馬がレイモンドを追い抜く時に彼は馬を操る人物を見た。横顔で初めはアレックスだと思った。しかし彼が息子に買い与えてやった馬は茶色だ、黒ではない。それに、アレックスはあれ程背が高くない。
「フェリックス…」
 馬が遥か前方に去った後にレイモンドは呟いた。どうやったのかは知らないが彼は脱獄したのだ。
「フェリックス!」
 急いで追い駆けたものの、馬の速さに追い付く筈が無い。レイモンドは途中で息を切らして立ち止まると、諦めて家に戻った。
 今度こそフェリックスは彼の手から永遠に去ってしまったと彼は悟った。

 笑っていないと泣き崩れそうだった。
「ごめんなさい」
 王子からの手紙を受け、物事の真相を父に明かにして反省するアレックスの言葉を聞いても、彼は笑って許してやるしか出来なかった。
 どれ程アレックスが悩み苦しんでいたか。フェリックスにばかりに気を取られて気付けないでいた自分が憎らしかった。挙句の果てにアレックスに兄を売る様な行為を取らせてしまった。
(結局俺は誰の役にも立っていないんだ…)
 レイモンドの顔は笑っているが、長年連れ添ってきた妻は夫の気落ちに気付いていた。彼の肩に手を置いて告げる。
「城にはパパに行ってもらいましょう」
 レイモンドを一人にしない方が良いと思ったのだ。今の彼は娘が死んだ時と同じ目をしている。
「フェリックスはきっと大丈夫よ」
 パニック状態から回復し、長男を信じきっている母親に見送られ、二人は王室の馬車に乗り込んだ。既に乗っていた友人達の姿にホッとしたのか、アレックスがフェリックスの逮捕後初めて固く強張った表情と口調を和らげた。
「なんか、全部無駄になった感じ」
「そうでもないんじゃない?」
 レイモンドは義父に言われた事を吟味し始めていた。自分は子供達に何も与えてやれなかった。だったら、彼等が自ら何かを得られる様にしてやるのが、親の役目ではないのか。
 親は子供を過度に縛ってはいけない。だが無関心であってもいけない。[すべから]く見守っているべきなのだ。
「アレックス、中学の時よりも元気そうに見えるよ」
 結局、親が息子を成長させるのではなく、息子自身が成長するのだ。
「…そう?」
「あの、でも、フェリックス君も巻き込んでしまって…」
 ブルーナがレイモンドに謝ろうとすると、彼は手を振ってそれを遮った。
「だいじょぶだいじょぶ。フェリックスは基本的に何でもやれば出来るし、多分無事!」
 サンドラの受け売りで、ブルーナが自分をこれ以上責めない様に明るく言ったが、内心、フェリックスを永遠に失ってしまった気しかしなかった。何故だろう、走り去る彼の背中を見た時、もう二度と彼があの黒い子供部屋で寝起きする事が無い様に思えたのだ。ねぼすけの自分を起こしに来てくれる事も、食卓で母親の料理の腕を褒める事も、アレックスと冗談を言い合って無邪気に笑う彼の姿も、全てが過去の過ぎ去りし物に感じられた。
「近くに住んでるけど、こうやって真下に立つとまた違って見えるね」
 馬車を降りると、誰に言うともなくレイモンドは呟いた。つい数時間前も訪れたばかりだが、今のレイモンドには城の尖塔が彼の胸を突こうとしている槍に見えた。