Cosmos and Chaos
Eyecatch

第52章:もしもの話

  • G
  • 3885字

裏切り者はまだ生きている
ヴィクトーはまだ生きている
エドガーはまだ生きている
兄弟で互いの血を流せば良い
裏切り者は地獄に落ちれば良い

「…先輩?」
 吐くだけ吐いて少し気分が良くなったアレックスが助手席に戻ると、ヴィクトーが呆けた顔で宙を見詰めていた。アレックスの言葉に振り向いた時には、いつものヴィクトーに戻っていたので、アレックスは考え事でもしていたのだろうとそれ以上何も言わなかった。
「おう。大丈夫かお前?」
「大丈夫だったら吐かない」
 頬を膨らませてアレックスが言うと、ヴィクトーが心底可笑しそうに笑った。ハンドルを叩いたので、クラクションが鳴って二人とも飛び上がる。その様子が可笑しくてアレックスも笑ってしまった。
「っていうか何でいきなり走り出したの?」
 漸く笑いがおさまると、アレックスが尋ねた。
「森の中に人が居た。多分賊だと思う」
「なるほど…気をつけなくちゃな」
「だな」
 ヴィクトーが再び車を発進させた。二人とも、昼食を今すぐ摂る気分ではなかった。暫くすると再びアレックスが顔色を悪くし始めたので、ヴィクトーが気を紛らわせる為にこんな話をし始めた。
「俺、もし子供が産まれたらアンソニー・レナードって付けようと思うんだ」
「へえ。何で?」
 なるべく窓の外の遠くを見る様にしながらアレックスが耳を傾ける。
「アンソニーはエリオットのミドルネーム。レナードは、まあ、ヴィクトーって名前があんまり好きじゃないからレナードの方を譲ってやろうと思って」
「なるほど」
「アレックスは?」
 アレックスは少し考えてみたが、特に思い付かなかった。
「そんなのまだ考えてないよ」
 ヴィクトーを見ると、彼はニヤニヤしながらこう言う。
「でもアレックスの方が相手が居る分子供が出来るの早いかもよー?」
 アレックスはその言葉に顔を真っ赤にする。金魚の様に口をパクパクさせたが、こんな時どう言えば良いのか解らなかったので、再びヴィクトーが口を開く方が早かった。
「でもマジ、どうするつもりだったんだ? 計画が成功したら移住するつもりだったんだろ? あ、もしかして計画失敗したからその話はしてない?」
「あー、うん。この前言った」
「何て?」
「家族を取るか俺を取るか選んでって」
 その大胆な言葉が奥手なアレックスの口から出る所をリアルに想像したヴィクトーは、ハンドル操作を誤って危うくサイドミラーを木の幹にぶつけて折る所だった。
「待て待て待てそれは凄いプロポーズだな」
「だって他にどう言えば…」
 アレックスが俯いたので、また気分が悪くなったのかと心配したが、本人もその時の事を思い出して恥ずかしがっているだけだった。これだけの男前が恋愛事に人一倍臆病というのは、何だか意外ではあるが、アレックスにとってはブルーナを除いて初めての恋であるし、これでもかなり頑張っている。それを見て面白がっている運転席のヴィクトーは、これまで一度も恋をした事が無いが。
「恋ねえ…」
 ヴィクトーは独り言の様に言った。恋どころか、自分は愛すらも理解していないのではないか。そんな気がしていた。
「先輩は何か無いの?」
 アレックスが訪ねているのは色恋沙汰の事だろう。
「あると思うか? この俺に」
「無いと思う」
 アレックスの素直な返答に彼を小突くと、ヴィクトーは昼食にしようとトラックを減速させた。