第7章:森の奥、洞窟の中

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  • 3541字

 ガタン、と大きな音を立てて馬車が止まった。
「此処までで勘弁してくれ、お客さん」
「いや、ありがとう、帰りも気を付けて」
 御者に礼を言って馬車を降りる。周囲には鬱蒼とした森が広がっていた。俺は眠気覚ましに伸びをして、緑の匂いがする空気を胸一杯に吸い込む。
「引き返さなくて良かったの?」
 サージェナイトがローズに尋ねた。ローズはトランクの取っ手を握り締める。
「私何も知らなかったんですの。花よ蝶よと暮らして参りましたの。妹が盗賊にさらわれたと言うのに」
 まあそれがレーザー王の御意向だったんだから、ローズが負い目を感じる事は無いのだろうが。
「私も一緒に行きますわ! 足手まといにはなりませんから」
 実に芯の強そうな言い分だった。
 正直、許嫁とやらが所謂「お姫様」「お嬢様」な性格でなくてほっとしている。どうにもこうにも、ああいう見てくればかり気にして中身の無い会話を楽しむ人種は苦手なのだ。喋り方はかなりイライラするが、考え方とその行動力は嫌いじゃない。
 そう思うと、普通にやっていれば結婚相手等見付ける気にもならなかっただろうから、勝手に婚約させていた両親の計らいは俺には有り難いのかもしれないな。
 俺の顔がにやけている事に気付いたローズが「何か可笑しくて!?」とまた食ってかかってきた。
「いや」
 俺は現状を思い出すと笑いを引っ込めて、木々の隙間から見える空を見上げた。高い所の薄い雲が並んで、青と白の縞模様を作っている。
 ブルーレース…妹がさらわれた時、彼女はまだ話す事も出来ない赤ん坊だった。妹の事を忘れた事等無い。クォーツ王家とは違い、カルセドニー王家では子供の俺に真実を隠さなかった。事件があった時既に、俺に物心が付いていたからかもしれない。それはそれは悲しい幼少期だった。何かあればすぐにブルーレース、ブルーレースと大人達は嘆いた…。
 勿論大人達に悪気は無い。俺の事もそれ相応に大事に育ててくれた。それでも俺は妹を哀れむ一方で、何処か心の隅で彼女に嫉妬していた。俺はその内家に寄り付かなくなった。そして、サージェナイトと出会った。
 見るとサージェナイトも俺を見て、笑っていた。
「僕は異存は無いよ。他の二人は?」
「ボクもローズがそう言うなら、同行したい。王宮に戻るのが得策か判らないし」
 ルチルという身許の良く判らない少年がローズの意見に賛同した。こいつは、要注意だな。レーザー王の隠し子だと言うが、こいつがスパイをやっている可能性もある。
「俺も無い」
 俺はそう言うと等方的に見える森の中で、ある方角を指差した。
「こっちに行けば元コランダム王宮がある。御覧の通りコランダム領地は森ばっかりだ、今日は一先ずそこに泊めてもらうぞ」
 自分の覚悟を踏み固めるつもりで、一歩踏み出す。
 宝剣が盗まれた。
 何も解らない時分に連れ去られたブルーレースは、敵に洗脳されているに違いない。宝剣を手にした彼等はブルーレースにそれを握らせるだろう。そしてブルーレースは、俺達にその切っ先を向けるに違いない。
「宝剣を取り戻す為なら、ブルーレースの事は構わん。寧ろ、向こうが剣を扱える者を失う事になるから、都合が良い…」
 俺がこの旅に出ようとしていた所、親父に見付かった。だが親父は今回、止めるどころか見て見ぬ振りをして、そう言った。俺とは目を一切合わせずに。
 ブルーレースを死なせるものか。俺が望んでいるのは、そんな事じゃない。

「ふーん、これがシャイニーの宝剣かぁ~」
 ブルーレースが試しに腰に提げてみた、古風な、しかし手入れがされてピカピカ光っている剣を、鞘越しに触ってみる。
「もるちゃんも見てみなよー」
「私は良い」
 窓の無い部屋の片隅で、蝋燭の明かりで本を読んでいるモルガナイトに声を掛けたが、返事は素っ気ない。
 窓が無いのは、この部屋が崖の洞窟の内部にある開けた空間の一つだからだ。換気は良いので、明かり取りの穴を掘るよりは蝋燭やランプに頼る方が楽だった。
「シトリン、そろそろ良い?」
 ブルーレースに言われて私は手を離した。ブルーレースは剣を腰から外すと、いつもの憂いた表情のまま、後ろで待機していた水色の目の男にそれを手渡す。
「良いなあー私の王冠も早く手に入らないかなっ」
 手を口に当ててくふふっと笑う。
「早く使いたいよ」
 そしてこの地を「砂漠の薔薇」の為に取り戻すんだ。

「シトリンには可哀相だが王冠は最後の予定だ」
 水色の瞳の青年が洞窟を歩きながら言った。後ろに続く私は尋ねる。
「魔鏡を手に入れる算段があるんですか?」
「とっくに動いている。上手く行けば、お前の兄やらシトリンの姉やらも一気にカタが付きそうだ」
 兄、か…記憶なんか無いから全然何も思わないな。
「兄が死んだら悲しいか?」
 青年が振り返っていた。私は特に何も思っていないけど、いつも少し憂いた様な、悲しそうな表情をしているらしい。だが、私だってこの青年が、ターコイズがその顔に表情を浮かべている所など見た事が無かった。
 いつかこの瞳が私に微笑んでくれる日が来るだろうか。
 この地を取り戻せば、きっと。
「いいえ、別に」
「対峙したらその喉に切っ先を向けられるか?」
 ターコイズは私に先程の宝剣を示す。
「勿論」
 顔も覚えていない兄など、ターコイズが微笑んでくれるなら、どうにでもなれ。

 私は眼鏡を外し、本から顔を上げた。因みに読んでいたのは、私達を匿っている盗賊、「砂漠の薔薇」が盗んだ金目の物に混じっていた小説やら啓蒙書やらである。どうせ奴等は必要としない類の物なので、彼等は興味を持った私にくれたのだ。
 私達が拉致された事はターコイズに聴いて知っていたが、その後洗脳紛いの教育を受けた事は、それらの本を読めばすぐに解った。「砂漠の薔薇」の言い分が正しい筈が無い。私と共に本を読んだブルーレースは、それを承知で盗賊であろうとしている。実際は、私達は軟禁状態なので盗みに加担した事は無いけれど。ブルーレースはターコイズ、私達の世話係だった少年の事を好きになって長い。今更、他の誰かに付いて行く気など無いという事だろう。
「王冠…早く来ないかなー」
 洞窟に敷かれた絨毯の上に寝転がって、一人、自分がこの地の支配者になる妄想を繰り広げているシトリンは、本を読まない。だからまだ「砂漠の薔薇」の教えが正しいのだと信じている。此処は常に監視があるから声に出してこの事を二人と議論する事は出来ない。彼女が本を読んで何が本当に良いものなのか早く悟るよう祈るのみだ。
「もるちゃんの鏡も早く来ると良いねー」
「フン」
 シトリンが私のモルガナイトという名前を変に略して言った。まだまだ先は長そうだ…。
 私は木製の机に置いてあった手鏡を取った。これは単なる普通の鏡、やはり盗賊のメンバーの誰かが盗ってきて、私達に与えてくれた物だ。
 十七歳の少女の顔が、鏡の向こう側から見詰めていた。仏頂面で、髪は伸ばしっぱなし、服の組み合わせも適当。貧しい庶民の子でももう少しまともな恰好をしているだろう。
 ターコイズの話に拠れば、私達は王族だったのだ。さらわれていなければどんな素敵な生活を送っていたのか知れない。都合、「砂漠の薔薇」は私達を比較的丁寧に扱ってはいるけど、それを考えると奴等が憎くて仕方が無い。顔に出せば怪しまれて本を取り上げられるかもしれないので、私は仏頂面で堪えているのだが。
 それに、両親はきっと心配しているだろう。探していない筈が無い。十七年も経ってしまったが、まだ、誰かが助けに来てくれる望みを捨ててはいなかった。
「手紙を書いてほしい。シトリンは字が汚すぎた。モルガンは本を読むし、綴りも間違えないだろう?」
 先日ターコイズに言われて手紙を書いた。モルガナイトの振りをして生活しているパライバという少女の振りをして。なんでも、それをシトリンの姉に送るのだとか。
 私は鏡を伏せると、シトリンが寝転がる、此処より少し低い位置の地面の平らな所へ飛び降りた。シトリンの傍に行って覗き込むと、彼女は私の長い髪を玩具にし始める。
 文面からして、ベリルにおびき寄せて、拉致して人質にするなり、殺してしまうなりして、他の宝物を手に入れやすくするのだろう。
 私はニヤリと笑った。
 だがあの手紙は嘘八百だ。彼女がベリルに向かうまでに、誰かがその事を指摘するかもしれない。そうなれば、向こうだって黙っちゃいないさ。
「あーっ、もるちゃんが笑うなんて珍しー事してるー」
「フン、さっきブルーレースがターコイズと出て行ったけど、いつになったら告白するのかなと思って」
「まだ無理でしょー。ぶるちゃんシャイだし」
 適当な事を言ってごまかすと、私は体を起こした。
 早く来て、見付けて。

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