第15章:一月十九日

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初登場ドランクが理想の最強ミステリアスお兄さんムーブしてたり。
霧の島の話までは入っています。


「おい」
 年が明け、もうすぐフェリックスの誕生日だという頃に、突然ヴィクトーが自分の家にブルーナとアレックスを呼んだ。相変わらずティムからは何の連絡も無かった。
「湿気た面してんじゃねーよおめーら」
 例の如くヴィクトーの昼食は美味しかったが、なんとなく気まずくて複雑な表情をしているアレックスとブルーナを、軽く拳骨で殴って言った。
「別れたんだろ? ブルーナはフェリックスと上手くいってるんだろ? 計画通りだし、何もかも上手くいってるじゃないか。別れたんなら今までの事は水に流す! 付き合ったり別れたりなんて、若いうちには良くある事だぜ?」
「良くある事って、じゃあ先輩は経験した事あるの?」
 アレックスの鋭い突っ込みにヴィクトーが言葉を詰まらせたが、直ぐにやり返す。
「ね、ねーけど、俺はお前らが別れて良かったと思ってるぞ。お前ら、最初は友達として仲良くやってたじゃん。もうそういう風には出来ないのか?」
 ヴィクトーはそれからズバズバと、二人が隠そうとしてきた事を明るみにした。
「第一、アレックス! お前は単に嫉妬でブルーナ取っただけだろ! それにブルーナも、フェリックスの事が好きな癖にアレックスと付き合うからこんな事になるんじゃねえか!」
 もうやってられない、という風にヴィクトーが大袈裟に頭を抱える。しかし、ヴィクトーがそう言ってくれたおかげで、帰る頃には二人の心は随分軽くなっていた。
「なんか全部ばれてたね」
 行きは貸し馬車で来たブルーナを、帰りは自分の馬で送ると申し出たアレックスが、彼女を馬に乗せながら切り出した。
「あの人もっと意地悪な感じがしてたけど、結構優しいのね」
 ブルーナがそう言うと、アレックスが尋ねた。
「意地悪そう?」
「意地悪っていうか…なんとなくそう思ってただけ。偏見かな。それとも女の勘?」
 アレックスはそれには笑って答えた。
「兄貴の誕生日は何か考えてるの?」
「うん。ハンナとボイスとでサプライズでもやろうかと計画してる」
「計画ねえ」
 アレックスが溜息を吐いた。ウィリアムズでは雪こそ滅多に降らないものの、流石に冬になると吐く息が白くなる。
「ティムはどうした事やら」
「本当に。まさか飽きたから忘れてるなんて事、ないでしょうね」
 ブルーナを送り届け、アレックスが自宅に戻ると、裏口に城の遣いが来ているのが見えた。
「兄貴!」
 受取った手紙を手に持って階段を上る兄を呼び止める。
「その手紙!」
 何も知らないフェリックスがシー、と口に指を当ててウィンクする。
「返事が遅いなと思ったら、やっと来た」
「ずっと返事、来てなかったの?」
 フェリックスに並んで階段を上りながら尋ねる。
「うん。十一月くらいから」
 アレックスはやはり、と思った。ティムが指示を出す為にふらふらと現れたり、差出人不明の手紙を届けなくなった頃と同じである。アレックスもフェリックスも、他の国民と同様、王子が行方不明になっているとは露程も知らなかった。
(兄貴に手紙を出したなら、そのうち俺達にも連絡が来る筈)
 アレックスは「やっぱトイレ行く」と言って踵を返し、階段を下りた。一階の廊下にある電話に飛び付き、今得た情報をヴィクトーとブルーナに伝えた。

「ハッピーバースデー!」
 フェリックスがダイニングに下りるとまず、彼の母親がクラッカーを鳴らして長男の誕生日を祝った。テーブルには朝食とは思えない豪華な食事が用意されていて、アレックスは待ち切れずに既に肉料理に手を伸ばしていた。
「ありがとうママ」
 母親の頬にキスをして料理を楽しむ。いつもは寝坊気味の父も、匂いに釣られたのかフラフラとやってきて「誕生日おめでとう」と言った。
「セーラちゃん達からのプレゼントよ。どうせ今日は帰りが遅いんでしょ? 会えないだろうからって昨日置いて行ってくれたわ」
 母親が店の従業員達からの贈り物の包みを手渡す。両親からのもだ。礼を言って中身を確認すると、従業員達からは粋なジャケット、両親からは新しい鞄だった。
「ごちそうさま」
 一足先に食べ終えたアレックスが、立ち上がりざまに小さな箱を投げて寄越した。
「俺とボイスからー。今日は朝練良いや」
 フェリックスはこの箱をすぐには開かず、先に朝食を食べ切ってしまう事にした。
「開けないの?」
 欠伸をしながら父が尋ねる。フェリックスは逆に尋ね返した。
「開けるの? アレックスとボイスからなんて、絶対何か悪戯に決まってる」
 案の定、学校に行く前に恐る恐る裏庭で開けてみると、小さな爆発が起こってフェリックスの顔や服を煙だらけにした。三階の自分の部屋からその様子を見ていたアレックスが爆笑する。フェリックスはゲホゲホと咳をしながら、降ってくる塵の中からバースデーカードを見付けてキャッチした。カードを大切に貰ったばかりの鞄に仕舞い、制服をバタバタさせているとボイスが訪ねてきた。
「今日は早いじゃねーか」
 フェリックスは服を叩き終えると門を出る。
「気の利いたプレゼントありがとう」
 皮肉を言うとボイスが悪戯っぽくウィンクした。
「そろそろこの手にも飽きてきたから、今年はもっと凄いのを準備してるぜ」
 それを聞いてフェリックスはげんなりする。
「頼むからこれ以上の事はやらないでくれ」
「安心しろ。三十分後にはお前、跳んで喜んでる筈だから」
 三十分後、学校に着いて教室に入ると、信じられない光景が目に飛び込んできた。
「うわ何これ」
 黒板や天井が、魔法で作られた色とりどりの明かりで飾り付けられ、黒板には大きくフェリックスの誕生日を祝う文言が書かれていた。良く見ると、クラスメイト達からのメッセージも小さく添えられている。
「あ、もう来てたの」
 ニヤニヤするボイスの横で、フェリックスが黒板に書かれたメッセージを読んでいると、扉を開けてハンナとブルーナが入って来た。二人は魔法で大きめの紙箱を浮かせて運んでいた。
「授業が始まる前に片付けないといけないから、早く食べて」
 ブルーナが箱を、席替えで今は教壇の真ん前のフェリックスの机に置いた。蓋を開けるとブルーナとハンナの手作りケーキが姿を現す。
「誕生日おめでとうフェリックス」
 ケーキの切り分け方で議論しているハンナとボイスの目を盗み、ブルーナとフェリックスはこっそりキスをした。

「ケーキがあるなら朝ご飯減らせば良かった…」
 午前中から胸焼けを起こしているフェリックスが言った。
「いや、だって、サプライズだし」
 ボイスがノートに落書きしながら答える。ボイスは残念な事にフェリックスの隣の席であった。それでも、教壇真正面のフェリックスよりかはマシかもしれない。
「メッセージ、皆に呼びかけたの?」
 小声でフェリックスが尋ねるとボイスが頷いた。
「書いてくれない奴もいたけどね。特に男子…はいすみません先生黙りますごめんなさい」
 今は授業中であった。教師がテキストを丸めて二人の頭を軽く叩くと、教室に笑いの渦が沸き起こった。今年の一月十九日は平和な日であった。

 ヴィクトーは例の如く、学校の屋上で寝転がっていた。冬の風は冷たかったが、今のヴィクトーには心地よい位だった。
 頭痛がする。元々頭痛持ちだが、最近日に日に痛みが酷くなっていた。
(嫌な予感がする…)
 ヴィクトーは恐ろしい考えを頭から振り払おうとした。昨日は国から手紙が届いて、ヴィクトーは九月から入出国管理官になる事がほぼ確定した事を伝えてきた。年末に受けた採用試験はちょろかったが、恐らく採用にはティムも一枚噛んでいるに違いない。
 そんな事を考えて気を紛らわせていると、階下へと通じる扉がキィ、と音を立てて開いた。見るとアレックスが心配そうな顔付きで立っていた。何時の間にか昼休みになっていたらしい。
「先輩、入出国管理官への就職内定、おめでとうございます。ところで、どっか悪いの?」
 ヴィクトーは痛みを堪えて体を起こした。平気そうな顔をしたつもりだが、顔色でバレバレである事は、アレックスの表情が曇ったままなので判った。それでも頭痛が酷い事は、あまり知られたくなかったので、顔色が優れないのは別の事実の所為にしておく事にした。
「今日は俺の昔の家族の命日なんだよ。飯要らねー」
 一人で食べろよ、とアレックスを追い払うと、ヴィクトーは再び横になった。が、直ぐに思い直してアレックスを追い駆ける。
「アレックス!」
 階段の途中で追い付くと、ヴィクトーはアレックスの肩を掴んで振り向かせた。今やアレックスの顔色も真っ青だった。
「アレックス、聴いてくれ」
 アレックスは黙って頷いた。ヴィクトーは懇願した。
「俺はお前を傷付けるつもりは無い。ブルーナも、ティムもだ! これだけは憶えていてくれ。もし俺がお前等を傷つける様な事があれば…」
 ヴィクトーは唾を飲み込んだ。
「迷わず俺を殺せ。その方が身の為だ」
 アレックスはショックを受けた顔で暫く呆然としていたが、やがて仕方無さそうに頷いた。
「…俺、今日は帰るわ」
 ますます酷くなる頭痛に不安を覚えながら、ヴィクトーはアレックスを追い抜かして階段を下りて行った。

 アレックスはヴィクトーから疑惑の真実を聞き、ぼうっとした頭で食堂へと向かった。
『今日は俺の昔の家族の命日なんだよ』
 一月十九日。六年前の今日、とある重大な事件が城壁の外で起こった事は、幼かったアレックスの脳にもしっかりと記憶された。
 かの有名な盗賊の一族、ラザフォード一族の一派が、ウィリアムズ衛兵隊によって殲滅された。ヴィクトーはやはり、その一派の生き残りだったのだ。
 国民にとって、それは良いニュースであった。ラザフォード一族は度々ウィリアムズの国民や、ウィリアムズへ輸入品を届ける行商にも被害を出していたので、国民が喜ぶのは当然の事であった。
 しかし、ラザフォード側にとっては悪いニュースに他ならない。その上、これは単に、一族の一部の者が軍隊に負けたというだけの事件では無かった。アレックスはこの話を噂で聞いただけだが、実しやかにこんな事が囁かれていた。
 殲滅された一派の中に、この事件を起こさせた裏切り者が居る、と。
 アレックスはまた新たな疑念を抱いていた。ヴィクトーがその裏切り者なのではないか。何故なら、その一派は本当に殲滅された…衛兵隊との衝突の中で、一人残らず命を落としたのだ。ただ一人、ヴィクトーを除いて。
「テイラー君」
 突然声を掛けられ、アレックスは実際に少しお尻が椅子から浮いたのではないかと思う位に驚いた。声を掛けたのはクラスメイトの女子だった。まるで男の子の様に髪をショートカットにした、キャサリーン・ミラーという女の子だ。皆からはケイティと呼ばれている。
「此処空いてる?」
 いつぞやにヴィクトーが言ったのと同じ言葉でケイティが尋ねる。アレックスが頷くと、ケイティはアレックスの向かいの席、いつもはヴィクトーの指定席に座った。
「今日はあの灰色の先輩居ないの?」
 ケイティが言っているのはヴィクトーの事だろう。
「ああ、うん、体調が悪いらしくて」
「ふうん」
 ケイティの意味有り気な目線が気になったが、アレックスは久々に受ける周囲からのからかいの視線の方がもっと気になった。ヴィクトーが居る時は、ヴィクトーを恐れてか、あまりじろじろ見られたり、悪戯をされる事が少なかったのだ。
 ケイティの世間話に相槌を打ちながら昼食の時間を乗り切ると、二人は教室に戻った。午後の一発目は、戦史の授業だった。
 担当の教師が黒板に大きな地図を貼り付けて何やら説明していたが、アレックスは心此処にあらずで、教師ではなくその地図を穴が開く程見詰めていた。常識として知ってはいたが、これまではあまり現実味の無かったこの国の歴史を、アレックスは今日、身をもって知った気がした。
(真実の歴史…)
 黒板に貼られた地図は、数世紀前のこの国の周辺の様子を表していた。そして、今ウィリアムズ国がある場所には、大きな文字でこう書かれていた。
The Kingdom of Rutherford[ラザフォード王国]
 そう、この国は昔、ラザフォード一族によって統治されていたのだ。アレックスの耳に、何処か遠くで演説している様な教師の言葉が聴こえた。
「えーそれでですね、この独裁国家は八百九十六年にチャールズ・ウィリアムズ率いる革命軍によって政権を奪われるのですな。そうそう、今の国王の御先祖様ですよ。そこでラザフォード王国はウィリアムズ王国と名前を変え、昔の王族はその悪事の罰として国外追放される訳ですな………」

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