Cosmos and Chaos
Eyecatch

第9章:嫉妬

  • G
  • 3282字

 その日の帰り、フェリックスはブルーナに声を掛けた。
「あのさ、今日本屋に寄るんだけど、一緒に帰らない?」
 クラスの女子がこの会話を聞きつけてこちらを睨んだり、ひそひそ話をしたりし始めた。ブルーナは当惑した。まさかフェリックスの方から誘って来るとは思っていなかったのだ。
「あ、えっと…」
 今日はハンナと一緒に帰ろうかと思っていたので、チラリと後ろを気にすると、フェリックスも釣られて振り返る。視線に気付いたボイスがハンナとの会話を中断して先に言った。
「フェリックス、俺今日ハンナと一緒に帰んね」
 ハンナもブルーナを見て微笑む。自然、此方は此方で二人で帰る事になった。ハンナがボイスに、自分がフェリックスの事を好きである(振りをしている)と言う事を教えたのだろうかと、ブルーナは思った。
「雨降って来たねー」
 建物の玄関でフェリックスが日傘を広げた。
「でもそろそろ渇水でやばいって言ってたから降って良かったね。あれ? 傘無いの?」
 ブルーナは無言で頷いた。朝はまだ薄曇りだったので、日傘も雨傘も家に置いて来てしまったのだ。結局二人は周囲の痛い程の視線に晒されながら、相合傘で帰る事になった。
(だからハンナと一緒に帰りたかったのに…)
 擦れ違う女子生徒の大半が恨めしげにブルーナを見るので、ブルーナは今にも駆け出して帰りたいくらいだった。
「もっとこっちおいでよ。肩濡れてるよ」
 女子の嫉妬心をどうにかして和らげようと出来るだけフェリックスから離れて歩いていたブルーナを、フェリックスが傘を持っていない方の手で引き寄せる。嗚呼、また女子の視線が刺々しさを増した気がする。
「気にしない方が良いよ」
「え?」
 フェリックスが突然言ったので、何の事か解らなかった。女子達の視線の事だろうか。
 校門から大分離れた所で、学校の生徒達の姿はまばらになった。しかし何故か後ろから変な気配を感じる。
「しつこいな」
「?」
 ブルーナはまたもやフェリックスが何の脈絡も無く言うので首を傾げた。フェリックスは状況を把握できていないブルーナを見下ろして微笑みかけると、突然その手首を掴んで路地裏へと引っ張り込んだ。
(え? え?)
 何事かと思って声を出そうとしたブルーナを制し、フェリックスが小さく「ディスパレイト」と唱えた。姿を見えなくする呪文だ。路地に置いてあったゴミ箱の横に二人で縮こまって立っていると(というかフェリックスがしっかりとブルーナの事を掴んでいたので、ブルーナは離れる事が出来なかった)、間も無くクラスの男子が数人、路地の中に駆け込んで来た。
「あれ? 何処行った?」
 フェリックスの呪文は上手く効いているらしく、男子達は暫く辺りを探していたが、目をブルーナ達に向けてもそのピントは二人を通り越していた。
「チッ、気付いてやがったのか」
 一番問題児そうな生徒…今日の席替えでブルーナの前の席になった生徒が、フェリックスの横のゴミ箱を蹴ってこかしたので、ブルーナは一瞬ひやりとした。姿を見えなくしただけで、実体が無い訳ではない。当たれば居場所がばれてしまう。雰囲気からして、何か良い事をしてくれようとしている訳では無いのは解る。
 やり過ぎたと思ったのか、蹴った男子生徒がめんどくさそうにこけたゴミ箱を元の位置に戻すと、生徒はふとある事に気が付いた。視線が真っ直ぐに二人を向いている。フェリックスはしまったな、と思った。
(雨が降ってる事忘れてた…)
 フェリックスが持つ傘の所為で、そこだけ雨が途中から降っていなかったのである。他の生徒も次々に異常に気付き、そして意地悪そうな笑みを浮かべる。
 フェリックスは観念した。傘と鞄をブルーナに押しつけると、「パレイト」と言って姿を現した。怯えるブルーナを背中に庇い、速まる鼓動を悟られないようにして言う。
「さっきからずっと付いて来て、何か用?」
「用って程でも無いんだけどさ」
 例の問題児っぽい生徒が言い終わるのを待たずに、別の生徒がフェリックスの顔に泥を蹴り飛ばして来た。幸い目には入らなかったのか、フェリックスは落ち着いた動作で泥を払う。
「気に入らないんだよ、お前。気味悪い色してるくせに女子や先生にちやほやされやがって」
 言うなり問題児がフェリックスの襟を掴んで前へ倒し、鳩尾に膝蹴りを食らわせた。ブルーナは驚いてヒッと叫び、問題児は「どうだ」と鼓舞し、周りの男子が歓声を上げたが、蹴られた本人は涼しい顔をして掴んでいる手を解いた。問題児が口を開けて驚愕の表情を浮かべる。ブルーナにも男子生徒達にも、確かに今の蹴りはヒットした様に見えたのだが。
「テメ、痩せ我慢すんじゃねえ!」
 フェリックスの悠々とした態度に腹を立て、問題児が今度は傘を捨てて拳を出す。フェリックスは一発目は避けてブルーナから離れ、尚も追撃して二発目を繰り出した問題児の腕を掴むと、反動を上手く利用して水溜りの中に放り投げた。問題児は目に泥が入ったらしく、ズボンに泥水が染みていくのにも頓着せずに雨水で必死に顔を洗い始めた。
 リーダーが完敗して他の生徒達は一瞬怯んだが、流石に三対一なら勝てると思ったのか次の瞬間に一斉にフェリックスへと飛びかかった。が、フェリックスが軽く片手を振ると、一番前を走っていた生徒が足を滑らせて派手に転んだ。二番目の生徒は転んだ生徒に躓いてバランスを崩し、顔から地面に突っ込んで二人はリーダーと同じ様な状態になった。最後の生徒はフェリックスの魔法も、転んだ生徒も上手く避け、フェリックスにパンチを繰り出すまでに至った。フェリックスは油断していたのか避け切れず、パンチは慌てて自分の掌で押し返したが、次いで飛んできた男子生徒のキックはもろに横っ腹で受け止めてしまった。彼はそのまま飛ばされて民家の石壁に頭から激突した。
「テイラー君!」
 ブルーナは恐怖でそこから動けなかった。何故フェリックスが襲われているのかも判らなかった。
 フェリックスはぶつけた所から血を流していたが、最後の生徒は容赦無く攻撃を仕掛けようとしていた。その時、フェリックスの瞳が燃える様に輝いたかと思うと、彼は瞼を閉じた。フェリックスは体勢を立て直すと、瞳を閉ざしたまま向かって来る男子生徒に向かって蹴りを繰り出した。動きが素早く、避けられなかった男子生徒はハイキックを頭に食らい、驚いた顔で地面に倒れた。
 フェリックスが目を開けると、心配そうに見詰めるブルーナと目が合った。ブルーナを安心させる為に微笑み、男子生徒達にはこう言い放つ。
「今日の事は互いに他言無用。先生に言いたきゃ言えば良いさ、俺も手を出したからそれなりの罰則は受ける。ただ、多勢に無勢の上に先に手を出したのはお前達だぞ」
 フェリックスは学校で問題になっても負けない自信があったのでそう言った。おそらく男子生徒達も密告はしないだろう。フェリックスは自分で自分が皆に贔屓されたり甘やかされている事を知っていた。昔から、嫉妬した奴等に因縁を付けられる事がしばしばあったのだ。
 出血している部分をハンカチで押さえながら倒れて呻いている生徒達を跨いでその場を離れる。ブルーナがその後を追った。
「大丈夫?」
 ブルーナが傘をフェリックスの頭上に掲げた。フェリックスは苦笑した。
「ちょっと擦っただけ。ブックスさんは怪我してない?」
 ブルーナは慌てて首を横に振った。自分はただ見ていただけだ。
「良かった。ごめんね。こんな目に合わせちゃって」
 ブルーナは再び首を振る。
「なんで? なんでテイラー君襲われたの?」
 計画の事等頭からすっかり吹き飛んで、ただ今日の出来事が起きた理由を知りたくてブルーナは尋ねた。無意識にフェリックスの腕を掴んでいたが、フェリックスは何も言わずにそのまま歩き続けた。
「さあ? あいつが言ってたみたいに、単なる嫉妬じゃないの?」
「単なる嫉妬で暴力沙汰?」
 ブルーナは呆れた。男ってそういうものなのだろうか。
 フェリックスはただ微笑んだだけだった。しかし、彼はあの問題児がブルーナに密かに思いを寄せている事を知っていた。