第25章:最後の手段

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 最後の会議ではあまり話す事も無かった。結局やるべき事はティムの方で全てやってしまっていたので、アレックスが殆ど成果の上がらない報告をし、ブルーナは相変わらず憂鬱な顔をして、ヴィクトーがいつもと同じく昼食を振る舞っただけだった。
「九月三日」
 ティムが昼食を食べ終わると言った。
「私は、成人の儀には出席するが、その場では計画の事は公表しない」
 いつもと違ってピリピリとした緊張の中、三人はティムの言葉を待った。いつもなら直ぐに文句を垂れるヴィクトーも、突っ込みを入れるアレックスも、今日ばかりはティムの言う事を黙って聞いていた。
「少し城に居る協力者と手順を踏む。その後伝えた方が、民衆を扇動しやすいと私は考えた」
 ティムはその「手順」が一体どういった物なのか、全く語らなかった。アレックスは再び背筋が寒くなった。凄く凄く、嫌な予感がしていた。
 ティムはブルーナを慰め、アレックスやヴィクトーを労うと、少し早めに解散を言い渡した。
「おそらくこの四人で集まるのはこれが最後だ」
 三人は頷いた。
「アレックスとブルーナは、私が民を扇動したら、率先して北門へ誘導してくれ。勿論、何かの間違いで父上の軍隊が移民の制圧をしてきた時は、自分の安全を第一に考えて逃げてくれ。トンネルはなんとか完成させたからな」
 結局フェリックスを味方に付ける事が出来なかったので、トンネル工事はブルーナとティムが時々魔法で手伝い、どうにかした。ドロシーがコリンズ側からも掘っていてくれなければ、間に合わない所だった。
「ヴィクトーは他の北門の協力者達と一緒に、頼んだぞ」
 ヴィクトーが王子に向かって敬礼した。具体的な内容はアレックスとブルーナには伝えられていないが、入出国管理官の地位を得たヴィクトーが、学生である二人とは別に内密の任務や指示を与えられていてもおかしくはなかった。
「それではまた」
 ティムが真っ白な手の甲を上に向け、三人の前に差し出した。ヴィクトーが白くてほっそりした手をその上に重ね、その次にアレックス、そしてブルーナが手を乗せる。
「また、コリンズで会おう」

 新学期。ブルーナとフェリックスは、奇遇にも再び同じクラスだった。ハンナとボイスもだ。
「おっはよーブルーナ久し振り! 三年間一緒のクラスとか運命感じる~」
「おはようハンナ。そうだね…」
「ん?」
 ブルーナとフェリックスが妙によそよそしく、ブルーナに元気が無い事に気付いたハンナが尋ねる。
「…フェリックスとどうかしたの?」
「うーん、別れた」
「えええ!?」
 クラス中の女子がブルーナを振り向いた。ハンナの大声ではなく、ブルーナが小さく言った『別れた』に反応して。
「な、なんでなんで?」
 何故かハンナの方が半泣きになっている。ブルーナは適当に誤魔化した。
「私、昔フェリックスの弟と付き合ってたの。ちょっとだけ二股かけてたみたいな時期があって、それがバレたのよ」

「ふぇりっくすきゅーん」
 ボイスがフェリックスの机に顎を乗せ、口を尖らせて言った。フェリックスの机はまたもや教室の一番後ろだった。
「夏の間ご無沙汰だと思ったら、ブルーナと別れて家でふて寝でもしてたのかよー」
 フェリックスが口をへの字にして机をガタガタやったのでボイスは舌を噛み、「ギャッ」と言って立ち上がった。
「別れたけどふて寝はして無い!」
「そこ、怒る所と違うと思うよ」
 ボイスは勝手にフェリックスの前の席に座ると、語りかける。
「早いとこ謝ってヨリ戻せよ」
 フェリックスが女と別れる時は、大抵フェリックスの愛情が足りていないだとか、他の女に愛を振り撒いたとかで相手を怒らせるのが原因の事が多いので、ボイスは今回もそうだと思ってそう言った。
「俺は悪くないし」
 しかしフェリックスは腕を組んでそっぽを向く。彼らしからぬ子供っぽい反応だ。
「えーじゃあこのままで良いんだ。知ってるか? 今年もあいつ同じクラスなんだぜ。ほら、去年ブルーナの事好きで嫌がらせしてた天邪鬼君」
 流石にその言葉は堪えた。ボイスが示す先に、因縁の相手マクドネルが居て、ブルーナの方をじっと見ていた。
「…良くない」
 それを聞いてボイスはニヤッと笑った。
「まあ頑張れよ」
 そう言うとボイスはブルーナの方に…というか、一緒に居たハンナの方に歩き出し、ブルーナと話していたハンナを引き剥がして何処かへ消えた。
(あの二人は続いてるのか…)
 フェリックスは無意識に、ポケットの小瓶を触っていた。
(ティムの誕生日の次の日に、昼食に誘おう)
 そしてこの薬を使う。フェリックスはそう決心した。ティムの誕生日の翌日を選んだ理由は、特に無かった。ただ、今年の九月三日は休日だ。一度休んで覚悟を決めた後、すぐに行おうと思っただけであった。

 帰り道にティムが立っていた。
「一人で帰るのか」
「まあね。ハンナはボイスとデートだって言うし」
 ブルーナはまさか、ティムとまたウィリアムズ国内で会うとは思っていなかったので、少し驚いた。
「…貴女には辛い思いをさせたな」
「皆の為だもの。しょうがないわ」
 予測していなかったティムの謝罪の言葉に返しながらも、ブルーナはティムが憎くて仕方無かった。もし、ティムの計画に巻き込まれずに、普通にフェリックスと出会っていたらどうなっていたのだろう。自分はフェリックスに近付こうとせず、今よりももっと疎遠だったかもしれないし、今もずっと愛し合っていたのかもしれない。
「…私に会いに来たんじゃないでしょう? ティム」
 後ろからフェリックスが近付いて来たので、ブルーナはその場を後にした。ティムは彼女の寂しげな後姿を見詰め、心の中でもう一度謝罪する。
(すまない、ブルーナ。これからもっと辛い思いをさせる事になる…)
 フェリックスは生成り色のマントの人物に気が付いたが、歩くスピードを緩める事無くその場を通り過ぎようとした。ただ、擦れ違いざまに、はっきりとこう言った。
「返事はノーだティム。あんたの方法は根本的な解決にはならない」
 一瞬だけ、紅い目同士の視線がかちあった。フェリックスが立ち去った後、ティムは自分の拳を握り締めた。
(最後の手段を使うしかない)

 いよいよその日がやって来た。ティムの成人の儀、十八歳の誕生会である。その日、天気は雲一つ無い青空だった。空の向こうに落ちてしまうのではないかと、不安になる程に。
 ティムはウィリアムズ国家の紋章である、後ろ足で立ち上がる青馬の描かれたマントを着て、緊張した面持ちでバルコニーのある部屋に立っていた。ティムが見詰める、バルコニーへ続く扉の向こうには、何万という国民が集まっている…。愛国心だけではなく、十八年間姿を見せなかった謎の王子の姿を一目見ようと、強い好奇心も抱いている者達が。
 ティムの肩を、隣に立っていた国王が叩いた。服越しに叩かれたので、記憶は流れ込んで来ない。王は笑っていた。ティムは民衆の前で、ちっとも笑える気がしなかった。
 やがて、扉が開かれた。右側に国王、左側に王妃が付き添い、ティムはバルコニーの奥へと進む。国民の歓声が五月蝿いと思った。
 ティムの姿が国民に見えるようになると、歓声が少しずつどよめきに変わっていくのが解った。こうなる事は予想していた。儀式の進行役が何か言ったり、ティムや国王が国民に挨拶を述べても、まじめに聴く者は殆ど居なかった。
(この様子はラジオでも放送されている。国中が震え上がっているだろうな…)
 ティムは、まるで自分が傍観者である様な気分になる事で、国民の視線に押し潰されそうな自分をなんとか保っていた。
(次の国王は悪魔の遣いだと)
 ボイスは家で家業の木工品加工を手伝いながら、ラジオで成人の儀の様子を聞いていた。アナウンサーが、動揺を隠そうとして隠しきれない様子で、『白い髪が美しい王子が…』等と実況していた。
「白い髪だと?」
 ボイスの横で椅子を組み立てていた、ボイスの父親が言った。煙草を口に咥え、禿げ上がった頭にタオルを巻いている。表情や仕草はいかにも頑固親父であった。
「やっぱりそうか。でなきゃ生まれた翌日突然あんな法律を作る訳無いからな」
「親父! フェリックスは…」
 ボイスが抗議しようとしたが、頑固親父は「わかっとるわかっとる」と言って遮った。
「あんなええ子が悪魔の遣いな訳が無い。何もかも迷信だ。だが…」
 父親は放送を続けるラジオを心配そうな目付きで見た。
「それを迷信と解っとる人間が、この国にどれだけ居るかっちゅう問題だな…」

 成人の儀が終わった後の国内は、大っぴらに噂する者は居ないものの、かなりの混乱状態に陥っていた。国王は議会に呼び出され、緊急の会議を行う事となった。主要な大臣達もそれに同席した。
「王子がアルビノだとは、我々は知りませんでしたぞ!」
 議長が机を叩いて大きな声を出した。
「何か問題でも?」
 国王が片肘を机に付き、手に顎を乗せて尋ねる。
「アルビノが次の国王になるだなんて、国民が納得しませんぞ!」
「ティモシーを国王にするつもりは無い。ただ、それはアルビノだからというのが理由では無い。なあ、大臣」
 国王に話を振られた大臣が頷く。
「とにかく、王子の事についてとやかく言うな。あれへの対処法は此方で既に考えている」
 国王が無理矢理話を打ち切り、部屋を出て行った。向かった先は、ティムの部屋だった。
「ティム、大丈夫か?」
「何が?」
 意外に元気そうなティムに国王は拍子抜けした。国民の前に出る前、あんなに緊張していたし、姿をじろじろ見られたりひそひそ話をされたりで気が滅入っているのではないかと思ったのに。
 ティムは机でフェリックスからの祝いの手紙を読んでいた。計画の事では色々あったが、フェリックスにとってもティムがかけがえのない友人である事には変わりない。手紙を送って来てくれた他、ウィスキーボンボンも添えられていた。成人したから、成人してからでないと食べられない物を送ってきてくれたのだ。
「それは文通している子からのかい?」
「そうですが」
 ティムはウィスキーボンボンを一つ手に取ると、口に投げ込んだ。ウィスキーボンボンは駄菓子と違って王宮にもあるのでいつでも食べられるが、友人から貰った物はまた格別の味がするだろう。
「そうか。邪魔して悪かった」
 そう言って国王は立ち去ろうとした。しかし、背後でドサ、という音がしたので、国王は何が起きたのかと振り返った。
「ティム!」
 王が見た物は、椅子から落ち、元々白い顔を更に青白くして、手足を痙攣させている息子の姿だった。

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