Cosmos and Chaos
Eyecatch

第49章:紅と玄

  • G
  • 3178字

 一通り団員を紹介され、団員に紹介された後、フェリックスは朝食を食べさせてもらい、移動を開始する前にオズワルドからやるべき事を伝えられた。
「ご覧の通り、うちには体の不自由な団員が多い。実質的に賊等とやり合えるのは、私とレベッカ、アンジェリーク、そして君くらいだ、フェリックス」
 フェリックスは頷いて続きを促した。
「二人一組で昼夜問わず警護を行う。移動は基本的に昼間しかしない。移動中は先頭と最後尾の馬車の御者を務める形となるな。午前零時から四時間区切りを基本にしている。始めはきついかもしれないが、若いんだし、すぐに慣れるよ」
「慣れる前にマイルズに着くわよ」
 そう言ったのはレベッカだった。フェリックスは、何となくではあるが、オズワルドが自分をサーカス団の一員にしたがっているか、してもいい位には思っているが、レベッカはそれに反対である事を感じ始めていた。
「…組み替えをするぞ。悪いが、八時から十二時まではアンジェリークとフェリックスが担当してくれ」
「どーぞどーぞ。だんちょーすっごくねむそう」
 昨日フェリックスを助けた背の高い女性、アンジェリークがカタコトの言葉でそれに賛成した。フェリックスを助けた後に事情を聴く為に起きていたので、オズワルドの睡魔は今にも彼の意識を何処かへ持って行きそうだった。
「昔は一日くらい徹夜しても平気だったんだがなあ…歳だな…」
 オズワルドはそう言って、皆に出発の準備をさせながら自分の馬車へと戻った。アンジェリークがその後をひょこひょこと追う。彼女の馬車と団長の馬車の順番を入れ替えに行ったのだ。
 フェリックスはレベッカに腕を引かれ、一旦彼女の馬車へと戻った。リリーは食べ物と水を与えられ、まんざらでもなさそうに馬車を引く馬に混じっていた。
「はいこれ」
 レベッカは亡くなった団員の棚から小さな拳銃を取り出すとフェリックスに投げて寄越した。フェリックスはいきなり危険物を投げ付けられて慌てて取り落としそうになりながらも、それが床に着く前にキャッチする。
「あの、俺、銃は…」
「此処では免許なんか意味無いわよ。それに、銃無しで対抗できる相手じゃないわ」
 そう言われると銃を持つ事よりも盗賊の方がずっと怖くなり、フェリックスはいそいそと拳銃をベルトに挿した。
「仲間には当てないでよ。あと、それは威力が弱いから、至近距離で頭を撃っても大人じゃ死なない時もあるわ。狙うなら腕とか脚とかの方が良いわね。それから、これ」
 次に渡されたのは、細身だがしっかりとした戦闘用の剣だった。
「長いから使いにくいだろうけど、元の持ち主もあんたと同じくらいの身長よ。あんた腕力はありそうだし、振り回すくらい出来るでしょ」
 その他にも適当な武器を見繕ってもらうと、フェリックスは今度は御者台に乗せられた。
「馬の扱い方解る?」
「それはなんとかなります」
 動物と会話できるフェリックスにとって、馬を思い通りに動かす事はそう難しい事ではなかった。普通にお願いすれば、大抵は言う事を聞いてくれるのだから。問題は、この大きな馬車を木にぶつけない様に移動させるよう上手く指示を出せるかだったが。
 時刻は午前八時を回った。オズワルドの合図で、皆が各自の馬車に戻る。レベッカも少しの間心配そうにフェリックスを見ていたが、やがて馬車の中へと入って行った。
(リリー)
 フェリックスは自分の前に居る馬に声を掛けた。リリーが何? と言いたげな目をして振り向く。
(馬車動かした事ある?)
(勿論)
 リリーは偉そうに答えた。フェリックスはほっとする。リリーの横に繋がれていた、元々この馬車を引いていた馬も振り返ってフェリックスを宥めた。
(大丈夫だって。こっちだって経験長いんだから)
 フェリックスは馬に礼を言い、にっこりと微笑んだ。秋の陽射しが長い陰を作る中、馬車は北へ向かって進み始めた。

「フェリックスってーあたしの父とー同じ名前でーす」
 皆で昼食を食べていると、アンジェリークがフェリックスに寄って来てそう言った。フェリックスはマーガレット・ヴァイオレット姉妹との会話を中断して、座っても背の高い彼女を見て応える。
「そうなんですか。ところで、アンジェリークさんは遠い所のご出身なんですか?」
「そうでーす」
「フェリックス知らないの?」
「彼女とっても有名なのよ?」
 アンジェリークの返事に続いて双子が言った。フェリックスは思い当たる節が無く、申し訳なさげにアンジェリークを見詰めると、彼女は苦笑した。
「あんまり昔の事言わないでほしいでーす」
「「ごめん」」
 双子は同時に謝ると、立ち上がってその場を去った。体の半分ずつしか自分の意思で動かせない筈なのに、どうやって立ち上がるタイミングを揃えているのだろう、とフェリックスが彼女達の背中を見詰めていると、彼女達は通りかかったエドガーと喧嘩をし始めた。
「お義父さん知らない?」
 エドが尋ねると、双子は腕を組んで仁王立ちになった。
「「お義父さんを知りませんか、お姉様方? でしょ?」」
「お前等の方が年下だ」
「「でも私達の方が貴方よりずっと前からパパの子供よ」」
 フェリックスはそこまで聞いた所で、アンジェリークの視線に気付いて顔を前に向けた。昼食は先程狩ったばかりの鹿肉だった。それを齧りながらアンジェリークが尋ねる。アンジェリークは美人と呼んでも差し支え無かったが、体格が体格な上に動作が粗野であったので、ブルーナの様に小柄でおしとやかな女性が好みのフェリックスは彼女を恋愛対象にする事は無いと二回目位に顔を合わせた時に感じた。ブルーナを愛しているのにそんな事を考えるのはいささかブルーナやアンジェリークに対して失礼であるが、ほぼ無意識下でそう思ってしまったのだから誰も彼を責められないし、責めない。
「いくつですか?」
「十七です」
「同じ歳くらいだと思ってました」
 フェリックスは彼女に年齢を聞こうかと思ったが、それは失礼かと思って直前で思い留まった。が、彼が尋ねる必要も無く、アンジェリークが勝手に年齢を暴露する。
「あたしはー二十歳でーす」
 そうだろうな、とフェリックスは思った。アンジェリークが年相応に見えるのは言うまでも無いが、自分が良く二十歳くらいに見られるから、という方が大きな要素になっていたが。
 その後は二人とも黙々と食事を続けた。アンジェリークはどうやら違う言葉が母国語の様で、上手く話せない為話に詰まってしまったらしい。フェリックスは普段あまり使用しない会話能力をフル起動させて、どうにか話を切り出した。
「そう言えば、このサーカス団の名前って何て言うんですか?」
 こう聞かれるのを待っていたかの様にアンジェリークは顔を輝かせると答えた。
「ルルージュエルノワール」
 その言葉が余りに速かったので、フェリックスには聞き取れなかった。何処となく、魔法の呪文に似た響きがした。
「あたしがーつけまーした。このサーカス、あたしがー来ーるまで名前無かったー」
「あの、もう少しゆっくり言って貰って良いですか…?」
 フェリックスがおずおずと言うと、アンジェリークは笑ってそれに応じた。
「ル・ルージュ・エ・ル・ノワール」
 今度はフェリックスにも聞き取る事が出来た。ついでに、その意味も知る事が出来た。やはり魔法の呪文を作る時に使用する言語と同じ様である。
(「赤と黒」か…なんでそんな名前にしたんだろう)
 思ったものの口には出さなかった。丁度オズワルドが出発の準備をする様に団員達に声を掛け始めていたし、フェリックス自身の睡眠欲が我慢の限界に達していた。フェリックスはレベッカの馬車に戻ると、ベッドに倒れ込んだと思いきや数秒の後には意識を失っていた。単なる睡眠不足だけではなく、この数日間に溜まり溜まったストレスもフェリックスの神経を圧迫していた。