Cosmos and Chaos
Eyecatch

第28章:独りの夏休み

  • G
  • 2244字

 フェリックスは荒々しく店の扉を開け、客の居ない店内を横切って作業場へと入り、挨拶して来る従業員にもろくに返事をしないで建物を出た。
「奥さーん。坊っちゃんどうかしたの?」
 店で一番若いセーラが、フェリックスの母親に尋ねた。母親もいつもは温厚な息子の異変を心配する。
「さあ…何かあったのかしら…」
「遅めの反抗期じゃないのー?」
 フェリックスの父親は店のカウンターで呑気に伸びをした。母親が何か言いたそうにしたが、客が来たのでフェリックスの事が顧みられる事は無かった。
(ふざけるな!)
 相変わらず誰に向かって怒っているのかはっきりしないまま、フェリックスは自分の部屋に入るなり鞄をベッドに投げ付けた。自分の体も椅子に投げ出すと、制服のネクタイを緩めて息を吐く。
(好きだったのに)
 フェリックスはブルーナの顔を思い浮かべた。今の言葉は訂正しなければならなかった。フェリックスはブルーナを嫌いになった訳ではなかった。
(好きなのに…)
 それでも、ブルーナを手放しで信じる事は出来なくなっていた。計画は本当だった。という事は、ブルーナが自分に近付いたのは、ティムの指示で、という事である。
 ふと、窓際の花に目が留まった。ティムがくれたポイゾナフラー。温かい時期を迎え、立った一株だけだが花は満開で、ピンクの細長い塊の様になっていた。あと二週間程もすれば種が収穫出来るだろう。
(ブルーナだけじゃない)
 フェリックスは植木鉢に水をやり、窓から裏庭を見た。アレックスが柵越しに新しい彼女と別れの挨拶をしていた。
(ティムも、アレックスも、俺を騙してた)
 じょうろに常備している水を、アレックスの頭からぶっかけてやりたい衝動を堪え、フェリックスは窓辺から離れた。制服を脱ぎ、汚れても良い普段着に着替える。園芸道具を手に取ると、フェリックスは裏庭へと向かった。
 階段を下りる途中で、アレックスと擦れ違った。アレックスはティムから、フェリックスが計画の内容を伝えられる日を聞いて知っていたのだろう。目を合わさない様にして無言で階段を上って行った。フェリックスが少し睨む様な視線だったので、計画が上手くいかなかった事も、想像が付いたのだろう。
 裏庭の花壇にシャベルを突き立てると、フェリックスは地べたに座り込んで空を見上げた。建物に囲まれて、狭い空には雲一つ無かった。季節外れの蝶が、居る筈の無い仲間を探す様に、高い所をフラフラと飛んでいた。
(誰を信じれば良いんだよ)
 シャベルを掴んで花壇の土を無意味に掘り返しながら、フェリックスはかつてない孤独を感じていた。

「ふーん、失敗したのか。まあそうなると思ってたけど」
 アレックスが兄との間の確執に息が詰まり、ヴィクトーに電話をしたのは7月の始めだった。
「つか、ティムも俺に報告くれたって良いのに…。とりあえず家来いよ」
 その言葉に甘え、アレックスは馬を駆ってブルーナの家へと向かった。行くなら彼女も一緒だ。ずっと計画を進めてきた仲間なのだから。
 ブルーナの家のベルを鳴らすと、沈んだ様子の彼女が出て来た。わざと声だけは明るい調子で言う。
「新しい彼女が妬くわよ、元カノの家なんかに来たら」
「先輩の家に行くんだ。一緒に行かないか?」
 ブルーナは首を横に振った。
「あんまりお喋りする気分じゃないわ」
 アレックスは引き下がるつもりは無かった。
「遅くなっちゃったけど、ブルーナの誕生会しよう。誕生日、夏休み入ってからだったし、兄貴の分まで俺が祝うよ」
 こうして半ば強引にブルーナを連れて行くと、ヴィクトーに怒られた。
「ったく、パーティーなんか聞いてねーぞ!」
 と言いつつもアレックスが買ってきた食材で料理を作る辺り、ヴィクトーの根の人の良さを感じる。
 ヴィクトーが調理している間、手持ち無沙汰な二人の会話は、何となくフェリックスの話になってしまった。
「フェリックスはどうしてるの?」
 ブルーナの問いにアレックスは肩を竦める。ブルーナはテーブルに肘を付いて憂鬱な顔をした。
「一日中園芸してるか部屋に閉じ篭ってるか。時々変な臭いがするから、薬の調合でもしてるんじゃない?」
「直接話したりはしないの?」
 アレックスが眉根を寄せた。
「ブルーナが俺も計画に加担してるって言ったんだろ? 気まずくて目も合わせられねー。っていうか、徹底的にシカトされてるんだけど」
「はいはいそこまで」
 アレックスとブルーナが今にも良い争いを始めそうだったので、ヴィクトーは二人の間に出来上がった料理を置き、会話を遮った。
「もっと楽しい会話は出来ねーのかよ。ともあれ、ハッピーバースデー」
 ヴィクトーもテーブルに着き、フォークを掴んで料理を突き始める。
「そう言われても、ティムもまた連絡寄越さないし…」
 アレックスもヴィクトーお手製の唐揚げを突き始める。ブルーナはフォークを手に取りはしたが、微塵も食べる気が無い様に見えた。
「成人の儀が近いからな。今回は今までと違って姿を見せるし、計画の発表の仕方とか、何かと忙しいんだろ。俺等に任されてた仕事の分、向こうで全部片付ける様なもんだし」
 忙しいと言えば、とヴィクトーは食べるのを中断して右手のフォークを振る。
「俺、明後日から研修だから」
「研修って、仕事の?」
 アレックスが唐揚げを口に詰めたまま尋ねる。ブルーナはまだ一口も食べていなかった。
「他に何があるんだよ。今までみたいにしょっちゅう相手はできねーぞ。エリオットと同じ北門配備だ。緊急の時はそっちにかけてくれ」