第45章:深追いしてはいけない

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「悪いが皆、一度降りて来てくれ」
 フェリックスが馬車の窓に寄りかかり、陽光に目を細めてうとうとしていると、入国手続きをしていたオズワルドが各馬車に呼びかけ始めた。
「法律が変わって、一人一人身元を確認するようになったそうだ」
 怪訝な目付きでオズワルドを見たレベッカの視線に気付き、訊かれる前に答える。団員達は
「前はボスかレベッカの顔見せたらそれでパスできたのにー」
等と、さもめんどくさそうに馬車を降りて出て来る。特に、体の不自由な団員にとっては、管理所までの往復でも結構な時間がかかる。フェリックスは四肢が不発達の為、車椅子で移動する同い年のアンドリューを手伝いながら管理所へと赴いた。
「どうしよう、俺身分証無いよ」
 胸ポケットから、何処か外国の身分証らしきカードを二本しかない指(正確には、二本だけに見えるだけでもう少しあるのだが、両手とも五本には満たない)で器用に取り出したアンドリューに、フェリックスが不安げな声で尋ねる。
「大丈夫だって。全ての国が全国民にIDカード渡せる程、世の中発展してないよ」
 彼の言葉通り、フェリックスは代わりに手形と指紋を取られただけで、あっさりと入国を認められた。ウィリアムズでもこうなのだろうか。そこの所はよく解らなかった。
「でも、セキュリティ強くしたの、やっぱりコリンズの事件が原因かな…」
 アンドリューを彼の馬車まで戻し、フェリックスがレベッカの馬車に戻ろうとした時、アンドリューがぽつりと言った。フェリックスは何も言わずに馬車を出た。
 ホテルは城門から小一時間程馬車を走らせた所にあった。マイルズは人口こそウィリアムズと大差無いものの、広大な土地を有する国である。これだけ城壁から離れても、まだまだ中心の都市部には遠く、辺りは背の低い建物や、所々に畑や、手付かずの小立等が遍在していた。
 とにかく、典型的な田舎である。どうしてこんな所にホテルがあるのだろうか。荷物を部屋に運び込み…と言ってもフェリックス自身の荷物は殆ど無かったので、他の団員のを運んだ量の方が多かったが、部屋の窓から見える町並みを眺めて思った。
(これからどうしよう…)
 フェリックスはオズワルドに相談したかったが、殆どの団員が旅の疲れを取る為に、今はシャワーを浴びたり仮眠を取ったりして過ごしている。オズワルドも例に洩れず、先程フェリックスが訪ねて行くと自室でいびきをかいていた。
 フェリックスには本当に何も無かった。どうやらこのサーカスはかなりの興行収入を得ているらしく、人の良さそうなオズワルドなら必要な資金は提供してくれるだろう。だが、その後どうすれば良いんだ? とにかく職は探す必要があったが、フェリックスは魔法と園芸以外にこれといった芸は無い。マイルズではどうか知らないが、ウィリアムズでは魔法を使う仕事に就くには魔法学校の卒業資格が必須だったし、第一、自分はまだ未成年である。
(先が見えないな…)
 フェリックスには、秋の陽光に明るく照らされた街路の先が、真っ暗な闇に繋がっている様に見えた。
「フェリックスー」
 そんな時、ピエールマリーの声が彼を扉越しに呼んだ。フェリックスが扉を開けるとピエールが廊下の向こうを指差す。
「アンドリューの部屋でゲームするんだ。一緒にやろ?」
 フェリックスは遊ぶ気分ではなかったが、ピエールに半ば強引に連れられてアンドリューの部屋へ向かった。
「「フェリックス!」」
 部屋にはアンドリューの他に、マーガレットとヴァイオレットもベッドに座っていた。
「ピエール、アンジェリークは?」
 アンドリューがフェリックス達に適当な椅子やベッドに座るよう示しながら、ピエールに尋ねる。
「一応訊いて来たけど寝るって」
 それを聴いてフェリックスはホッとした。昨夜、その場の雰囲気に流されてアンジェリークを思わず抱きしめてしまったが、怒っていないだろうか。とりあえず、どんな顔をして会えば良いのか判らない。
 ピエールはテーブルに置いてあった小箱から何十枚ものカードの束を取り出すと、慣れた手付きで切り始めた。フェリックスは質問する。
「ピエールマリーさんって両性具有なんでしたっけ」
 確かレベッカがそんな事を言っていたような。
「そそ、『Mr. or Ms.[ミスター・オア・ミズ]ピエール・マリー』ってのが売り出し名。あとピエールで良いよ、一つ違いだろ」
 カードを切り終えたピエールが答える。
「まあ、俺には男にしか見えないけど」
 アンドリューの言葉に双子達がクスクスと笑う。ピエールは
「黙らっしゃい」
と彼を睨み付けた。一瞬、喧嘩が始まるのかと思ってハラハラしたが、双子なんかは最早ケラケラ笑っているので、いつもの慣れ合いなのだろう。
「実際生まれた時は男だと思われたから、胸が膨らみ始めるまではずっと男として生きてたんだけどね」
 カードゲームをしながら、話の流れは自然とそれぞれの身の上話になっていった。
「元々アイドルとかスターとかになりたかったんだ。でも、自分がこういう体だと知って、こりゃ、サイドショーで儲けられるぞって思って。そんな時にたまたま俺の国にこの劇団が公演しに来て、団長に頼み込んで入ったんだ」
 フェリックスがへえ、と感心していると、アンドリューも言う。
「俺も似た様な感じ。この体型は遺伝するから、うちは代々サイドショーで働いてたんだけど、ちょっと世界を見てみたいなと思ってたら丁度良くこのサーカスが」
「…君達は…?」
 フェリックスは父親にあまり似ていない双子達を見て尋ねた。彼女達は胸を張るとこう言い切る。
「「生まれた時からこのサーカスに居るの」」
 あれ、ではやはりオズワルドの娘なのだろうか? それにしては顔も似ていないし髪の色も、目の色も違うが…エドガーの様に引き取った子供ではないのか? とフェリックスがあれやこれや考えていると、やはり真実はフェリックスの予想通りであった。
「でもパパは本当のパパじゃないの」「本当のパパの事は全然知らないわ」「私達が生まれて直ぐにママは私達の事を捨てたの」「ラッキーな事にそこへパパが通りかかって引き取ってくれたのよ」
 そして最後に口を揃えてこう付け加えた。
「「寂しくなんかないわ。だってパパが居るもの」」
「そう」
 フェリックスは自分の両親の事を思い出していた。自分が生まれた時、処分する事を助産師に勧められた二人。世間の考え方に逆らって自分に普通の人生を送らせてくれようとした、当時の若者達を。
「良かったね」
 それは彼女達に向かって言ったのもあるが、フェリックス自身に向った言葉でもあった。父が自分を生かしていてくれて良かった。お先真っ暗ではあるが、その時死んでおけば良かった、とか、もう死んでしまおう、という程気落ちしてはいない。
 それに、フェリックスはまだ諦めていなかった。もう一度、ブルーナに会いたい。
 生きていたい理由が本当にそれだけなのだろうかと心の一部が疑問を投げかけていたが、フェリックスはそれ以外の事をなるべく考えない様にしていた。でなければ、後戻りの出来ない道を歩む事になってしまうと、別の心の部分が警鐘を鳴らしていた。深追いしてはいけない、と。

『創呪擦罪 骨肉相噛』がアマプラで聴ける事ご存知でした?
私は知りませんでした。