第6章:天罰と迷信

  • R15+
  • 2264字

 しかしレイモンドは再び地獄に突き落とされる事になった。
 サンドラとその母親の強い希望で、出産は助産師を自宅に呼んで行われた。尤も、予定日よりも早く産気付き、入院する間も無かったのだが。
「若旦那様」
 長子を取り上げた初老の女性の助産師が、廊下で待っていたレイモンドを読んだ。
「旦那様も。此方へ」
 部屋に入ると、出産を乗り切ってぐったりした体のサンドラが母親に手を握られて横たわっていた。しかし、その母親の手が震えている。
「此方へ」
 助産師は更に奥の部屋へ手招きする。子供は別の部屋に居るらしい。何故?
「ママ…」
 気配に気が付いたサンドラが母親を呼んだ。此方からサンドラの顔は見えない。向こうから此方の姿も見えない。
「赤ちゃんは? ねえ私にも早く見せてよ」
 その時サンドラの父親に腕を掴まれ、奥の部屋の方に振り向かされた。
「サンドラの子の父親になると誓ったな」
 突然そう言われて、レイモンドは不安ながら頷く。
「どんな事があってもだな」
 再度、自信無げに頷く。二人は漸く奥の部屋に踏み入れた。
「…っ!」
 タオルに包まれベビーベッドに置かれていたものを見て、レイモンドは思わず口に手を当てて息を飲んだ。
 赤ん坊は真っ白な膚をしていて、その下の血管が浮き出て見えるくらいだった。アルビノ…レイモンドは見た事も食した事も無かったが、食材階級…こうやって実際生まれるものなのか。
「…こんな事だろうとは思った」
 父親はサンドラが産み落としたそれ…真っ白な肌をした赤ん坊を一瞥すると、助産師を見る。彼女が話し始めたので、レイモンドも彼女を見た。
「どうなされますか? 国外にお捨てになるなら、つてがありますし、闇市にお売りになる方でも手続きは此方で全て引き受けられますが」
 以前にもアルビノの赤子を取り上げた事があるのか、慣れた口調で言う助産師に腹が立ち、レイモンドは思わず手が出た。すんでのところでサンドラの父親がその腕を制す。
「捨てる? 売る? 冗談は止してくれ!」
 助産師は怪訝な顔をした。
「お育てになるのですか? これを?」
「物みたいに言うな! 食材階級? 馬鹿馬鹿しい! 先進国でそんな制度やってんのはウィリアムズ[うち]くらいのもんだ! 出てけ!」

 生まれて初めて出すくらいの大声で怒鳴り、半ば強引に助産師を追い出した後、レイモンドはサンドラが寝ている部屋に戻った。そこには震えるサンドラの母親、レイモンドを睨む父親、そして不安の色を顔に浮かべたサンドラが居た。
「レイ…」
 サンドラがベッドに座った状態で尋ねた。さっきの怒鳴り声は彼女にも筒抜けだったろう。
「赤ちゃん…どうかしたの?」
 両親はレイモンドが階下に行っている間何も言わなかったのか、というか子供を隣の部屋にほったらかしているのか、と気付き、レイモンドは奥の部屋に駆け込む。
 子供を抱こうとして、タオルが解けた。その時やっと女の子である事を知る。タオルで包み直し、サンドラの部屋に戻った。
「…キャア!」
 赤ん坊を見るなりサンドラが悲鳴を上げた。母親にしがみ付き、顔を背ける。小さく、
「白い悪魔だわ」
と言ったのがレイモンドにも聴こえた。
「そうだな」
 サンドラの父親が、怪我した脚を助ける為の杖を床に打ち付けて言った。
「私はこれが孫だとは認めない」
「マスター! サンドラ!」
 レイモンドは怒りを覚えながら二人を見て、最後に娘を見下ろした。白い悪魔の言い伝えは知っているが、この子は自分とサンドラの子だぞ? 悪魔な訳が無いじゃないか。
「ふん、お前がサンドラにした事に対する天罰だと思え小僧」
(天罰…)
「それはまともに産声を上げとらんぞ。息はしているようだが、未熟児だな。このままだと遅かれ早かれ死ぬ」
 父親の言葉に、サンドラがまた悲鳴を上げた。
「死んじゃうの?」
「病院に連れて行きます」
「アルビノを診てくれる病院が何処にあるかな? 金を積めば診てくれるだろうが、私は一銭も出さないぞ」
 テイラー家の財産を当てにして頼み込もうとしたレイモンドの唇が動く前に釘を刺す。
「貴方、サンドラの前よ。そういう話は止して…」
 妻に言われて父親は部屋を出て行った。ぶつくさと
「ふん、テイラー一族からアルビノが出るとは…絶対に小僧の血筋の所為だ」
等と言いながら。
 サンドラが改めて子供を見たがったので、レイモンドは彼女を抱かせてやった。
「なーんだ」
 そういえば乳をやっていない事に気付いたのか、服を脱ぎながらサンドラが言った。
「色白なだけで普通の赤ちゃんねえ。さっきは悪魔なんて言ってごめんね」
「お義母さん」
 レイモンドの呼びかけに義母が振り向く。
「一応、後で病院回ります。マスターはまた『テイラーの面汚し』って怒りそうだけど」
「そうね」
 言いながら彼女は赤ん坊を直視出来ないでいた。震える声で言う。
「ごめんなさいね。迷信だと思うし、本当は止めるべき習慣だと解ってるわ。でもやっぱりそういう目でしか見れないの。私もあの人も、若い頃食べた事があるものだから…」
「…解ります」
 一昔前までは闇市等ではなく高級食材店でも手に入れられたらしい。二人とも上流階級の出身だから、何かの折に口にしたのだろう。
 最近は近隣諸外国からの圧力で大っぴらには取引されないが…。
「それから…育てるにしても学校にも行かせられないわよ。食材階級にはそんな権利認められていないし、第一外に出すのは危険だわ。捕まって食べられてしまう」
「はい…」
 一生この子は外に出られないかもしれない。それでも、今此処で殺してしまう事等出来なかった。

このサイトではクッキーを使用しています。
詳細