Cosmos and Chaos
Eyecatch

第24章:悪夢

  • G
  • 2608字

 フェリックスはブルーナとショッピングをしていた。今日は学校の創設者の誕生記念のなんちゃらとか言う事で、午前中につまらない式典があった後、午後は授業も無く自由な時間を楽しめるのだ。
「ねえ、これ可愛い!」
 ブルーナが手に取ったネックレスを、鏡に向かいながら首元に当ててみる。
「似合う?」
「こっちの方が良い」
 ブルーナの持つピンク色のネックレスを取り、代わりに色違いを渡す。瞳の色がブルーなので、フェリックスの選んだ水色の方が確かに良く合っていた。
「これ買おうかな」
 二人でレジに並んでネックレスを購入すると、二人はフェリックスの家に行く事にした。学生なのでお金はあまり無いのだ。どちらかの家に行くのが、お金を掛けずに時間を潰せる一番良い方法だった。
 雑貨店を出て、北へ向かって歩き出していた時だった。腰に銀色の剣を下げ、黒いマントの制服を着た学生と擦れ違った。そしてその学生は擦れ違いざまに、フェリックスの肩を掴んで顔を覗き込んだ。ヴィクトーだった。
「ああ、すみません」
 ヴィクトーは直ぐにフェリックスの肩から手を離すと、愛想良く詫びた。ブルーナの方はちらりとも見なかった。
「人違いでした。失礼しました」
 笑顔でそう言うと、人込みに紛れて足早にその場を去る。本来ブルーナはヴィクトーと知り合いではない筈なので、ヴィクトーの後姿を見詰めたままのフェリックスに気取られない様に慎重に尋ねた。
「知り合い?」
 フェリックスは首を傾ける。
「話した事は無いけど、前にアレックスと一緒に居た事があるよね、あの人」
「そうだったっけ?」
 再び歩き出しながらフェリックスが言う。
「うん。道で見たじゃん。多分アレックスと間違えたんじゃないかな」
 アレックスはまだ授業の筈だし、それも不思議な事だな、と思いつつも、フェリックスはそう結論付けた。自分は今、学校の丸い制帽を被っていて白い髪が殆ど見えない状態だったからだ。
 ブルーナは「そうね」と頷くだけにした。ブルーナはヴィクトーの目に鋭い刃物の様な光が宿っている事を見逃していなかった。

『エドガーを殺せ』
(違う…)
 ヴィクトーはフェリックス達と別れた後、ブルーナ・ブックスへと足を運んだ。さっきはフェリックスの紅い目に反応して、危うく手を出しかけた。ラザフォードの歌に支配されつつある思考の、僅かに残った正気がそれを制した。
 店に着くなり手当たり次第に魔法の本を調べてみる。が、ヴィクトーは魔法についてはど素人だ。ラザフォードの歌への対処法が直接書かれている様な本でない限り、ヴィクトーの役には立ってくれなさそうだった。諦めて今度は歴史の本棚や、ゴシップ本の本棚を漁る。店主のブルーナの父親が胡散臭そうな目でヴィクトーを見たが、気にしている場合ではなかった。どんなゴシップでも良いからラザフォードの歌に纏わる情報は無いかと探したが、結局、有益な情報は得られず手ぶらで帰る事となった。
 今日に限ってエリオットの帰りが遅かった。ヴィクトーは精神的に限界が近付いていたので、日が暮れると自らの両足と左腕をベッドの柵に縛り付けて眠ろうとした。右手だけは自分で縛る事が出来ないので、放っておいた。
『エドガーを殺せ』
(殺さない)
『エドガーを殺せ』
(殺さない!)
 頭の中でこのやりとりを何度繰り返しただろうか。本音を言えば、ヴィクトーはエドガーの事を殺したい程憎んでいた時期もあった。しかし、今此処でラザフォードの歌に流されてしまえば、きっと自分はエドを傷付けるだけでは終わらないだろう。何故なら、ラザフォードの目的は、この国の奪還なのだから。

 ヴィクトーは長い長い道を走っていた。傾いた太陽が道の脇の木々を照らし、長い影が道にランダムな縞模様を作っていた。
 後ろから、オレンジ色の髪の女が馬で追い付く。ヴィクトーは思いっきり憎しみを込めてその女を睨んだが、女は少しも臆する事無くこう言った。
「止まりなさい。そうすればあんたは団長[ボス]が助けてくれるわ」
 その言葉にヴィクトーは激昂する。
「助ける? お前等がしている事だろう!」
 オレンジ色の髪の女は、左手が無いので右腕に手綱を通し、右手で風に靡く髪の毛を払うと答えた。
「そうね」
 そして再び右手で手綱を掴み、ヴィクトーを置いて先に行ってしまった。
 ヴィクトーが一族の元に戻った時には、馬車に火が放たれていて、戦いの中心は煙でよく見えなかった。オレンジ色の髪の女が、馬に乗ったまま呆然としていた。ヴィクトーはその女に気付かれない様にそっと近付いて藪の中から様子を窺った。
「ボス!」
 誰か知らないが、煙の中から大きな影が近付いて来ると、女がそいつに向かって怒鳴った。
「どういう事!? 何で殺してるの!?」
「落ち着けレベッカ」
 煙の中から現れたのは、背中に巨大な蝙蝠の羽を生やした男だった。彼は布で口と鼻を覆ってマスクにし、腕に気絶したエドガーを抱えていた。
「ウィリアムズの兵が勝手に火を放った。もう既に随分殺している。このままでは私達の身も危険だ。逃げよう」
 ヴィクトーは潜んでいた茂みから飛び出した。驚いた蝙蝠人間が慌てて引き留めようとするが、両手でエドを抱えていたので無駄に終わった。
 煙の中は銃声と怒号が飛び交っていた。ヴィクトーの頭のすぐ横を銃弾が掠め、一瞬引き返そうかと思ったがヴィクトーは更に歩を進めた。手にはしっかりとドロシーの小刀を握っていた。
(どうして皆歌を歌わないのだろう?)
 催眠術をかければどんなに相手が多くても、強くても、問題が無い筈なのに。しかし、直ぐにその答えは見つかった。
 ヴィクトーは何か柔らかい物を踏み付けた。下を向くと、ヴィクトーの父親のネスターが、喉を掻き切られて横たわっていた。
「っ…!」
 親父! と叫ぼうとしたが声が出なかった。何度息を吸い込んで大声を出そうとしても、無駄だった。馬車と一緒に、声が出なくなる成分を持つ薬草が燃やされていたのだ。
 急激に吐き気を催しながらも、炎を頼りに戦いの中心へと向かう。途中で父の後妻、つまりエドガーの母親が倒れているのも見えた。まだ戦っている一族も居たが、数では兵士に敵わない。次々にウィリアムズの刃や銃弾に倒れていった。
(うわああああああああ!)
 声にならない叫びを上げながら、ヴィクトーは小刀を体の前にしっかりと固定し、近くに居たウィリアムズの兵士の背中に向かって突進した。