第4章:懐かしいという感情

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  • 1659字

「ほおー」
 宇宙船のパネルが地上まであと数百メートルである事を告げた。コックピットの窓と操作パネルを交互に睨んでいた俺は、見えてきた地上の様子に声を上げる。
「意外と建物残ってるもんだねー」
 当初の予定通り、俺達は研究所内に設けられた着陸上に降りるつもりだった。しかし、人間が居なくなってから長い…人間の感覚で言うと、であるが…時間が経ったそこは既に動植物に侵されていた。やむなく俺達は再度上昇し、少し開けた叢を見付けて着陸した。
「二百年前の地図で言うとどの辺りだ?」
「記念公園の様です。研究所から直線距離にして二百メートル程」
「了解。ローバーを出そう。とりあえず研究所には行くだろ?」
「それ以外に何処に行くと言うのですか?」
 正直大気の状態やその他諸々が変化し、外に出た途端機械や自分の体が浸食されないか不安はあった。ロボットの俺が不安なんて言葉使うの、可笑しいか。可能性、と言い直しておく。
 結局、俺達がテラを離れる前と同じ様に緑色の植物が生えて、四足の動物が生息している事から、環境に大きな変化があった訳ではないのだろうと考えて外に出た。
「………」
 アイがローバーの起動作業諸々を行う間、俺はぼんやりとしていた。記念公園…か…。
「アイ」
「何でしょう」
「ちょっと研究所の前に寄ってくれないか」
「…何処へです?」
 研究所にサンプルを持ち帰ることを使命としているアイは一瞬、即答で「却下します」と言いかけたが、この時は何故か俺に譲歩した。勿論、行き先に依ってはやはり拒否されていたのだろうが。
「記念公園の中に墓地があった筈だ。そこに行きたい」
 その理由を問い質す様な野暮な事を、アイはしなかった。
 思えばこの時点で気付いてやれれば、状況は変わっていたのかもしれない。

 俺はローバーを降り、殆どの墓標が倒れて朽ちかけている墓所に足を踏み入れた。アイがその後に続く。
「動物に気を付けて下さい。先程大きな動物の姿が見えました。やや放射線量が高いですね」
「ああ、だが、人類全部を百五十年前に葬る様な原子爆弾が爆発したって程ではないな。測定誤差の範囲内だ」
 人類は何処に消えたのか。その疑問も未解決のままだが、更にアイはその事と研究所にも人がいないであろうという予想も出来ないでいた様だ。かつては大都会だった場所が半ば崩れ落ちて、野生動物は居るが人っ子一人居ない状況で、研究所の中に科学者が居る訳無かろうに。最も、研究所の人間が文明を滅ぼし自分達だけ好き勝手に研究しているというなら別だが。だが着陸所のあの荒れ様を見てもそれは無いだろう。
「通信が途絶えたのと人類が滅びたのがほぼ同時期として、あんまり街並みって変わらないもんだな」
 俺達が生産された当時にはインフラも区画もほぼ整備し終わり、建物だって頑丈な物を建てられるようになっていたから、当然と言えば当然ではある。
「五十年か…八十くらいまでは生きてたのかな」
 俺は崩れた墓標一つ一つを確認しながら墓所の奥へと進む。途中でアイが誰の墓を探しているのか尋ねてきたので、教えてやった。
「アルバート・トランケル」
 数十分程うろうろした後、結局彼の墓は俺が見付けた。
「あった…」

Albert Stephen Tranchell
2991-3074

 その隣には伴侶と思わしき人物の名前も掘られていた

Aiko Fujiwara-Tranchell
2996-3073

「そこそこ往生したなバート」
 旧友の墓に意味有り気な視線を送りながら、昔のあだ名を口にした。八十三歳か…その時点でこうして丁寧に葬られているという事は、俺達が出発してから短くても六十年程度は人類は滅亡していなかったんだな。
「やっぱり愛子ちゃんと結婚したのかよ。やるねー」
 バートの口癖を真似て、その場にしゃがみ込む。傾いた十字架に手を当てても、太陽光によって温められた無機質な熱の伝わりしか来なかった。この土の下で、彼はとうに朽ち果ててしまったのだ。
「………」
 何も出て来なかった。人間はこういう時どうするのだったっけ。
 涙を流すのだ。
 俺には涙腺機能は装備されていない。
「…研究所に行くか」
 立ち上がって振り返ると、アイが無表情のまま頷いた。

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