Cosmos and Chaos
Eyecatch

第25章:義理の親子

  • G
  • 2293字

「わあああああああああ!」
 エリオットは隣の部屋から聞こえた叫び声に飛び起きた。慌てて飛び起きたが、電灯のスイッチを見付けるのに苦労して、やっと明かりを付けた時にはヴィクトーがキッチンに飛び出して来た。
 ヴィクトーは枕の下にいつも置いていたドロシーの短剣を使って、無意識のうちに自分で縛ったロープを切っていた。ナイフを手の届かない所に置いておけば良かった、等とは思わなかった。彼は完全に錯乱状態にあった。
「ヴィクトー!」
 小刀を手にしたまま暴れ周るヴィクトーに迂闊に近づく事も出来ず、エリオットは必死で彼に呼びかけた。
「ヴィクトー! しっかりしろ!」
 エリオットにはヴィクトーの中で何が起こっているのか知っていた。ヴィクトーは以前にも度々これと同じ状態になった事があった。但し、それは例の事件の直後の事で、ヴィクトーもまだ体が小さく、凶器も持っていない時の話だ。今の状況とは訳が違った。
「ヴィクトー!」
 何度呼びかけてもヴィクトーは頭を押さえながら喚き散らすだけであった。エリオットは心を決めてキッチンに突入した。
「ヴィクトー! 聞こえるか!?」
 エリオットはヴィクトーから小刀を奪おうとして、失敗した。小刀がエリオットの腕を掠め、傷口から溢れた血がヴィクトーの頬に飛び散る。しかし、ヴィクトーはそれで目が覚めた様だった。
「あ…?」
 ヴィクトーが暴れるのを止め、その場にへなへなと座り込んだ。エリオットは流しで傷口を洗い、近くにあった皿を拭く為の布巾で止血する。幸い切り傷は浅い様で、血は直ぐに止まった。
「エリオット…」
 ヴィクトーはぼんやりとした顔で養父に尋ねた。
「何だ?」
「痛い?」
 エリオットは血の付いたヴィクトーの顔を拭いてやりながら答えた。
「大した事は無い」
 ヴィクトーは瞼を閉じ、うっすらと涙を浮かべた。遠のく意識の中、エリオットに一つ、頼み事をした。
「両手を縛って」
 エリオットはヴィクトーを寝室に戻すと、言われた通りに彼の両手をベッドに括り付けた。ヴィクトーの青白い寝顔を見詰め、不安な表情をする。
(ラザフォードの歌、か…)
 ヴィクトーを引き取って暫くの間は、今の様な事が毎夜の様にあった。ヴィクトーは例の事件で心に大きな傷を負っていた。起きていても精神不安定で、直ぐにイライラして物を壊したり、異常なまでに一つの事に執着したり、何度も同じ質問を繰り返したりしていた。
『エリオット、痛い?』
 キッチンに戻り、ヴィクトーが落とした小刀を拾う。水道で着いた血を流し、水気を切ってヴィクトーの部屋の机に置いた。六年前、このナイフが傷付けたのも、エリオットだった。
(今頃になってまたこんな風になるのも、ラザフォードの歌の影響か…?)
 エリオットは、今年に入ってから度々ヴィクトーが頭痛に悩まされている事を知っていた。ヴィクトーから聞いた話で、ラザフォードの歌が持つ力と、それに抗おうとした時の影響等も知っていた。それらから判断するに、直接ヴィクトーに相談された訳ではないが、ヴィクトーが歌を聞いているのは明らかだ。
(…俺がしっかり看といてやらねえと)
 エリオットは自分の頬を叩き、気合を入れた。誰かに助けを求めても無駄だと解っていた。ラザフォードの歌は、一旦耳に届いてしまえば対処は不可能と言われる程、複雑な仕組みの魔法だそうだ。城壁から遠く離れれば聞こえなくなるというものでもない。
 ただヴィクトーにしてやれる事は、ヴィクトーが歌に負けて我を失ってしまった時、意図せずに誰かを傷付ける事を阻んでやる事だった。

「おはよう」
 エリオットが目覚めてヴィクトーの様子を見に行くと、彼は既に目覚めていた。
「おはよう。そんでから、成人おめでとう」
「ありがとう」
 手首に巻いたロープを解いてやり、顔を洗って二人で朝食を食べる。ヴィクトーは昨夜とは打って変わって落ち着いた様子だった。
「昨夜の事覚えてるか?」
 エリオットが尋ねると、ヴィクトーは頷いた。
「悪かったな。ナイフ振り回して。自分でも何やってるのか解ってなかった」
「いや、お前の所為じゃない。気にするな」
 それを聞いてヴィクトーがいつものニヤニヤ笑いをする。
「プレゼントくれよ」
 ヴィクトーが思ったより元気そうなのでエリオットはほっとした。自分の部屋へ誕生日プレゼントを取りに戻る。朝食を食べ終わって皿を洗い始めたヴィクトーの背中に、細長いそれを突き立てる真似をした。
「ちょっとした仕返し」
 エリオットが言うとヴィクトーが声を上げて笑った。濡れた手を拭き、重いプレゼントの箱を受け取る。皿洗いの続木はエリオットが引き受けた。
「開けるぜ?」
「どうぞ」
 ヴィクトーがテーブルの上で包みを破ると、中から木の箱が現れた。留め金を外して中身を確認する。
「出すぜ?」
「一々確認するなよ。やったんだから、お前のもんだ」
 箱の中には対になった三日月形の刀が入っていた。ヴィクトーは片方の柄を掴むと、鞘から出して明かりに翳す。光を反射して、まるで本物の三日月の様だった。
 散々眺めまわした後、ヴィクトーは丁寧に刀を鞘に戻し、箱に入れて留め金をかけた。箱を自分の部屋の隅に立てかけると、制服に着替える。途中で机の上にドロシーの小刀が置かれている事に気付き、再び枕の下へと押し込む。
「行ってくる」
 先に家を出るヴィクトーを、エリオットは温かい目で見送った。ヴィクトーは、何かに感動したり、誰かに感謝すればする程、無口になる子供だった。
(って、もう子供じゃないのか…)
 成長したヴィクトーの後姿に、希望と不安を抱きながら、エリオットも仕事に行く準備を始めた。