第7章:美しき者への依怙贔屓

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  • 2624字

「はい皆さん!」
 ある日の朝のホームルームで教壇に立ったボイスが手にしているのは、座席番号が書かれた籤だった。何故かこの学校では小学校の様に生徒の座席が指定されている。
「お待ちかね! 二年生第一回席替えを行います!」
 クラスのあちこちから後ろの席を求めて意気込む男子の歓声が聞こえる一方、女子は別の意味で湧いていた。
「テイラー君の隣テイラー君の隣テイラー君の…」
 ブルーナの隣の席に座っていた大人しそうな女子が指を組んでブツブツ言っているのが聞こえたので、ブルーナとハンナはぎょっとした。
(なんかやっぱり、テイラー君に色仕掛けとか色んな所に敵作りそうで嫌だな…)
「はいじゃあ出席番号順に並んでー」
 ボイスの指示でぞろぞろと順番に立ちあがり籤を引く。先に引いたハンナがブルーナが引くのを待って尋ねた。
「何番? あたし十八」
「…三十二」
 ブルーナが引いた紙切れを広げて読んだ。何処の席だろう。ハンナが「あちゃー」と額に手を当てているあたり、良い席では無い気がする。
「離れちゃったね」
 黒板の座席番号表を探すと、十八番は教室の一番後ろの席だと判った。三十二番は窓側の前から二番目。黒板に向かって右か左かが変わっただけで、今の席と大した差は無い。
「でも一番後ろじゃない。良いなー」
「まあね」
 全員が引き終わったので、それぞれ荷物を手に移動する。頭文字がAなので学年が上がると必ず前の方の席になるハンナは、希望通りの後ろの席を手に入れて満足気に元の席を去った。
 ブルーナも鞄と机の下に置いていた筆箱等を手に、新しい窓際の席へと着く。ブルーナの前の席に座った男子が露骨に嫌そうな顔をしたが、ブルーナは自分の所為ではなく前の列になったからだと自分に言い聞かせた。一ヶ月経って、大分髪を染めずに学校に来る事には慣れたものの、クラスメイトは相変わらずブルーナの事を避けて通ろうとしている事が嫌でも解った。新しいクラスに入ってから出来た友達はゼロだった。
「あ、ブックスさんそこ?」
 少し傷心しつつ机に教科書や筆記用具をセットしてカスタマイズしていると、後ろの机に大きな鞄を置いた音と共にそんな言葉が降って来た。見上げると、三十三と書かれた紙をヒラヒラさせて、フェリックスが微笑んでいた。
「俺後ろだ。よろしくね」
 ハンナとの会話の後も全く進展しなかった計画の歯車が、漸く回り始める予感がした。

(この席結構良いかもしれない…)
 それから数時間後、ブルーナはドキドキしながら授業を受けていた。結局、フェリックスの近くの席を勝ち取った女子はブルーナだけで、二人は男子に囲まれて座っていた。おかげで女子からの羨む視線が痛いが、この席はフェリックスの授業中の様子を知るのに持って来いだった。
 フェリックスは机に突っ伏して寝息を立てていた。今にも雨が降りそうな天候の所為で、窓を見れば彼の端正な寝顔が反射して見れる。
(授業中はいつも寝てるのかな?)
 しかしフェリックスが先生から注意を受けた所を見た事が無いので、今日はたまたま眠いだけなのかもしれなかった。
「…では、ブックスさんにこの魔法の陣を書いてもらおうかしら。ちょっと、ブックスさん!」
 窓に映るフェリックスの姿に見惚れてしまっていたので、ブルーナは先生が大声を出すまで当てられている事に気付かなかった。
「は、はい」
 先生の声に起こされてフェリックスが欠伸をする。
「これ、解いて頂戴」
 細い眼鏡を掛けて痩せこけた女教師が黒板を示した。魔法の指示があるが、授業を全然聞いていなかったので魔法陣の書き方が判らない。なんとか自分の元々持っている知識でどうにかしようとしたが、結局解らずにチョークを持つ手が止まった。女教師が溜息を吐いて、職員ノートに何事か書き込んだ。恐らくブルーナの成績を減点したのだろう。
「もうよろしい。まったく、ぼうっと窓なんか見ているからよ。貴女には期待していたのに、今年度から髪を金色にするし、良いですか、そんなんじゃ進級試験に通れなくなっても知りませんよ」
 ブルーナは「とうとう出たか」と思った。先生はブルーナの髪の色が気に食わないのだ。今はブルーナが話を聞いていなかった事の所為にして嫌味を言ったが、関係の無い髪の話を出した時点で、マイノリティを蔑んでいたいだけの本心が見え見えである。
(大人の癖に低俗)
 心の中で蔑み返してやりながら、「もう席に戻って良いですか?」と言おうとした所、ハンナが立ちあがって怒鳴った。
「先生、髪の毛は関係無いです! それにそっちが元々の色です!」
 女教師は眼鏡を押し上げると意地悪く言った。
「オルビーさん、減点です。授業中発言する時は手を上げて許可を取ってからにしなさい」
 教室が険悪な空気に包まれる。いつもはブルーナの髪や肌の色を見ては陰でからかっている一部の男子達も、先生が露骨に差別するのを見て少し退いていた。
「今はそんな事を問題にしてるんじゃない! 謝ってよ! 皆の前でそんな事言うなんて酷い!」
 ヒステリックにハンナが叫ぶと泣きだしてしまった。ハンナの隣に座っていたボイスが宥めながら教室から連れ出す。ブルーナは先生が自分を釣るし上げた事より、ハンナを泣かせた事に腹が立ってきた。
「な、なんなんですか…」
 ブルーナが釣るし上げられた事はともかく、ハンナを泣かせた件で女教師は今やクラス中の反感を買っていた。一斉に自分を睨みつける生徒達に教師が怯む。そんな中、フェリックスが静かに手を上げた。
「テイラー君? 何か?」
「今のは確かに不公平だと思います」
 発言許可を受けてフェリックスが話し始めた。
「話を聞いていないと言うのなら、俺だって居眠りしてました」
「まあ、でも貴方は優秀ですし…」
「ブックスさんだって優秀です。それに、僕だって髪が白いじゃないですか」
 そう言われて女教師は黙り込んだ。嫌な沈黙が続いたが、間もなくして終業のベルが響き渡った。
 黒板の前に突っ立ったままのブルーナの横をそそくさと退散する女教師が、「テイラーがあんな生意気を言う生徒だったなんて」とか何とかぶつくさ言うのが聞こえた。ブルーナはチョークを置いてハンナの後を追った。教室では、フェリックスが正義のヒーロー扱いされていた。
(美しいって得なのね。顔だけじゃなくって心も)
 ブルーナは廊下の隅で話していたボイスとハンナに合流した。泣き止んだハンナに礼を言いながら、ボイスと三人で教室へと戻った。

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