Cosmos and Chaos
Eyecatch

第59章:懺悔

  • G
  • 2262字

 フェリックスは誰も自分の喚きの内容を理解出来やしないと思っていたが、隣の部屋で一人聴いている人物が居た。
「フェリックス…!」
 舞台衣装の仕上げをしてもらいに、たまたまピエールがアンジェリークの隣の部屋の衣装係を訪ねていた。ピエールはアンジェリークが活動拠点としていた国の出身なのだ。両親が幼少期から外国語教育に力を入れていたので、ネイティブ並にフェリックスの国の言葉も話せるので忘れてしまいがちな事実だが、彼(女)のKikoine[キコワーヌ]という耳慣れない響きの姓が何よりの証明である。そしてピエールは突然聞こえてきた母国語に反応せずには居られなかった。
『何て言っていたの?』
 衣装係がメモ帳にそう書いてピエールに見せた。失語症の彼女は名をディミトラと言い、生まれはウィリアムズだが、訳あってレベッカの家の近所の孤児院に住んでいた。オズワルドが始めた見世物小屋が、いよいよ他の国へ巡業する事になった時にレベッカの付き人として団員になった。
 ピエールは彼女にフェリックスの叫びの内容を通訳した。ディミトラは耳が悪い訳ではないので、ピエールにペンとメモは不要である。
「何か辛い事があったのかな…」
 冤罪を着せられて国を追い出されるだけでも十分苦痛だが、今彼が言った世界から嫌われたり、存在を否定される等と言う事が、その冤罪だけに起因しているのではない気がした。第一、彼は即日逮捕されてずっと牢屋に居たそうだし、世間から直接冷たい目を向けられてはいないのではないか。間接的に感じた疎外感だけで、あんな悲痛な叫びを上げられるだろうか。
 ディミトラがコンコンとペンでノートパッドを叩き、ピエールの注意を引いた。
『ウィリアムズではアルビノやマイノリティを食す食人文化がある』
 ピエールが見つめる前で、彼女は無言でそう言った。ピエールがショックを受けて息を飲んだ。ディミトラが続ける。
『丁度彼が生まれた頃に法律が出来てそれが禁止された』
「でも長年の習慣意識は抜けてないって事か」
 ディミトラは頷いた。
『だから私達は決してウィリアムズへは公演しに行かない。私達の身が危険だから』
 舞台衣装が縫い上がると、ピエールはその格好のまま隣の部屋の扉を叩いた。沈んだ顔のアンジェリークが出て来る。ピエールは飛び切りの笑顔を作り、彼女の理解出来る言葉、自分の母国語で話してやる。
《見てこの衣装! 俺可愛いでしょ。ディミトラの腕は最高だね》
 真っ白な翼が背中に付いた、見栄えするが舞台で動きやすく着崩れしない様に設計された衣装を示す。
《そうね。女のあたしよりずっと可愛い》
 そうして扉を閉めようとするので、ピエールは慌てて壁とドアの間に腕を挟んでそれを遮る。
《俺で良かったら話聴くよ!》
 そしてピエールは無理矢理彼女の部屋に入り込む。アンジェリークが力ずくで追い出そうとしなかったのでそのまま奥へ進んで、衣装に皺が付かない様にベッドに腰を下ろす。アンジェリークもその隣に座った。
《…彼、私の引退理由を聞いてきたのよ》
 数分後、アンジェリークが重い口を開いた。ピエールは決して質問したり続きを急かしたりしない、ただ話を聞くだけだと決め、頷く。
《本当に知らないのかな…あんなに報道されたのに…。それで私怒ったの。無神経を装って聞いてくるのよ。だから言ってやったの。言うなら面と向かって言えば良いじゃない!》
 アンジェリークは少し間を置いて、続ける。
《そしたらさっき面と向かって言ってきた。どっちにしろ言われた側が痛いのは変わり無かったわね。でも詰めでまた彼は仮面を被って懐柔するの!》
 アンジェリークの声が段々荒くなってきた。ピエールは彼女の手を取り落ち着かせながら、同時に自分の頭の中を整理する。自分達が見ているあの人当たりの良さそうな少年は、彼の本当の姿では無いという事か。
《卑怯だと思わない? あの仮面の所為であたしは彼を憎めないのよ。それに、あいつあたしを口説いてきたわ。あたしの事を本当に好きだと思う? 切なそうな顔して、本当は誰でも良いんだわ!》
《まあ、恋心だけは解らないから何とも言えないけど》
 ピエールが初めて口を開いた。
《とにかく、またそれを指摘したらフェリックスがキレた、と》
《そうなの。そしたらあんな事を…》
 ピエールはアンジェリークの目に光る物を見付けて驚いた。彼女の手を握り締め、宥めようとするが、アンジェリークはただ涙を流すばかりだった。
《あんなに綺麗な人が世界から嫌われるって、そんな事あるの?》
《それが無かったらあんな事言わないよ》
 ピエールは詳しくはディミトラに聞くように言った。食人文化など、自分で言うのもおぞましい。ピエールの国は、動物を家畜として飼い、殺して食べる事すら議論の的となる様な場所だった。ピエール自身、移動中で他に食べる物が無い時以外は、肉や魚の類は一切口にしない。
《じゃああたし酷い事を言った》
 アンジェリークの声が震える。
《フェリックスは自分を守る為に自分を殺していたのに、あたしそうしない様に言ってしまった》
《誰にだって勘違いや間違いはあるよ》
 ピエールの手の甲にアンジェリークの涙が一粒落ちてきた。潮時だと感じたピエールは彼女の手を離し、立ち上がる。アンジェリークは自分のした事を懺悔した。
 ピエールは部屋を出て行く前に、アンジェリークに対して何か助言をしようかと口を開いたが、年上の彼女なら自分でどうすべきかくらい考えられるだろうと思い、そのまま部屋を出た。
 後は自力で調子を取り戻すのを待ってやる必要がある。