Cosmos and Chaos
Eyecatch

第7章:人間観察

  • G
  • 3232字

 暫くするとボイスが戻って来た。扉をそっと開けて首だけ突っ込むとブルーナの方を見る。
「もうお取り込みでない?」
「取り込むも何も、日焼け止めの話をしてただけだから」
「なぁんだ」
 実際は計画に取り込もうとしていたので取り込みではあるのだが、ティムの命令で極秘とされているので迂闊には話せない。味方に着いてくれると確定するまでは、フェリックスにも。
 ボイスは教室に入ると今度はフェリックスの元へ駆け寄った。
「新学期早々新しい彼女を作ったのかと思った」
 フェリックスは呆れた溜息を吐いて言う。
「まるで俺が尻軽みたいに言うなよ」
 フェリックスはペンを置くと音楽番組を探してラジオのチャンネルを変えてみた。しかしどの局もニュース番組しかやっていない事が判ると、適当な局に合わせて手を止めた。
「だって事実じゃん。生まれてからこれまでに唇を奪った女性の数を数えてみぃほらほら」
 それを聞いて勉強していたブルーナは鉛筆の芯を追ってしまった。別の鉛筆を出しながら思う。
(テイラー君って女たらしなんだ…)
 あの美貌なら解らなくもないが、なんとなく、フェリックスは清純派だと思っていた。あの真っ白な姿に、何処も汚れていないと感じていた。
(いや別にキスとかが汚い訳じゃないけど)
 それでも、フェリックスがキスをした事があるという事実が胸を締め付けた。
「ええっとぉ…」
 しかもフェリックスがその人数を数え始める。
「一、二、三、えっと、ジェシカとはしたっけ…?」
「そこは覚えておいてやれよ。一応彼女だったんだろ」
 そこまで聴いた時点で居た堪れなくなったので、ブルーナはトイレに行く振りをして教室を出た。自分の中でどんどんフェリックスの像が崩れていく。もっとも、端から偏見で出来た理想像であったりしたのだが。
(でも、元々たらしなら色仕掛けで取り込むのもアリかな)
 ブルーナに色仕掛けが出来るかどうか不安ではあったが、最終的にそういう結論を出した。恋愛経験が豊富なのであれば、ブルーナ一人に騙されて踊らされたとしても、後々のショックが少ないだろうと思ったのだ。
 ブルーナは当てもなくブラブラと廊下を歩いていたが、教室の方へと向きを変えると少し早足で戻った。
(私達の未来の為だもの)
 教室の扉を開けると、まだ他の生徒は来ておらず、フェリックスとボイスがニュースを聞きながら雑談していた。
(少しの我慢よ、少しの)
 ブルーナは決意を固め、自分の席へと戻った。
(フェリックス・テイラーを敵にはしない)

 ブルーナはまず、言われた通りにフェリックスと仲良くなる事にした。お近付きになるには、観察して趣味や好みを見付ける事が一番の近道である。
『…さて、本日はウィリアムズ国第一王子ティモシー殿下の17歳のお誕生日です。ティモシー殿下は今年も御体調が優れない為式典には欠席なされますが、殿下からのお言葉を読み上げたいと思います…』
「王子って式典に出た事、一回も無いよな」
 ボイスがフェリックスの前の席の机に座って足をブラブラさせつつ言った。
「そうだね。病弱なんでしょ」
 フェリックスが興味なさげに相槌を打つ。
「実はそもそも存在しなかったりして」
 ボイスが真面目そうに言ったが、フェリックスは冗談、と笑い飛ばしただけだった。
「だったら、次の国王はどうなるんだよ? 今の国王に兄弟はいないし、王子も一人っ子だぞ?」
 ウィリアムズ城の国王は代々世襲である。
「だから王子が居る振りをしてるんだよ! 跡継ぎが居ないとなったら王権を奪おうと民衆や兵隊達が躍起になるだろ?」
 ふむ、とフェリックスが考えた。
「あんたにしちゃ思慮深い見解じゃないか」
「最初の一言余計」
 二人は互いを見つめると、少しの沈黙の後に笑い合った。

 観察するだけの日々が一ヶ月も続いた。フェリックスと挨拶以上の事をする仲にはなかなかなれなかった。
 フェリックスはよく本屋に足を運んでいたので、自然、通学路で見かける事もあった。店で声を掛ける機会も沢山あった。それでもブルーナが声を掛けなかったのは、単にプライドの問題からだった。
 フェリックスは思っている以上に学問に精通していた。
 まず、観察とアレックスの情報から解ったフェリックスの日常生活について語ろう。まず、彼は早朝に起きてアレックスの朝練に付き合う。具体的には格闘技の練習台やランニングのペースランナー等を務める。彼の頑強そうな肉体は此処で作られている。
 それから学校では、基本的に教室で勉強している。昼休み等には図書館に行く事もあるようだが、彼は本を借りるより買う方が好きらしく、何か借りて戻って来る事は少ない。休み時間には自分の本を広げ、読んではノートに何か書き、ページをめくっては考え込み、を繰り返す。
(あれだけ勉強してたらそりゃ賢いわ…)
 割と学校の授業以外の事も勉強しているので成績には反映されにくいが、フェリックスの知識の量は半端ではなさそうだ。勉強の他にはこれと言った趣味は見付けられなかったし、下手に勉強の事について話しかけると自分の知識の浅さが露呈してしまいそうで嫌だった。つまり観察だけでは話のネタを見付ける事が出来なかった。
 ボイスや他のクラスメイトがスポーツに誘う事があったが、フェリックスはいつも断るか、「見るだけ」と言って参加しようとはしなかった。うちの学校には室内競技場が無いから、自然、運動は全て陽の当たる校庭で行われる。見物する時は日焼け止めを塗り直し、長袖の上着を着て、日傘を差して木陰で友人達が走ったりする姿を眺めていた。
 一緒にやればきっと強いだろうに。しかし行動が制限されている彼を、ブルーナは少し可哀想に思った。ブルーナ自身も太陽には弱い上に、心臓が弱くて運動は出来なかったが、彼女は特段スポーツが好きな訳でも無いので、自分を可哀想だとは思わなかった。
「何見てんのよ?」
「えっ」
 例の如く日陰から仲間の姿を眼で追うフェリックスを、教室の窓から眺めていたブルーナの隣に、ハンナがいきなりやってきて声を掛けた。
「…何驚いてんの?」
「い、いや、別に…」
 慌てて窓から離れようとしたがハンナがその腕をしっかり掴んで引き戻す。
「前から気になってたんだけどー」
 ハンナが声を落として囁いた。
「あんた、テイラー君の事好きでしょ?」
 まあそう思われても仕方が無い状況だった。ブルーナの視線に気付いていないのは、教室中でフェリックス本人くらいのものだった。
(そう思わせといた方が都合が良いかな…)
 例の計画の事はハンナにも秘密である。
「うーん、まあ、そうかも…」
「やっぱり? あたし応援するよ!」
「ありがと」
 ハンナが絡むと何か嫌な事が起こりそうな気もしなくも無かったが、親友の好意を無下には出来なかった。
「よし! あたし今日から一人で帰るね」
 ハンナはいつもブルーナと一緒に帰っていた。
「なんで?」
 意図を量りかねたブルーナが首を傾げる。
「決まってんじゃん。テイラー君、店の常連なんでしょ? 一緒に帰るのよ」
 そう言ってハンナがウインクした。なるほどその手があったか、とブルーナは感心する。
 ブルーナがこれまで学校で積極的に声を掛けなかった理由にはもう一つあった。他の女子の嫉妬である。当然あの容姿と頭脳だから、彼に思いを寄せる女の子は多い。この一ヶ月の間にも、何度か呼び出されては女の子を泣かせて帰って来るフェリックスの姿を何度か見た。
「ヘイ兄さん、いつから告白を断るスキルを身に付けたんだい?」
 ある時ボイスが訊いた。
「今年度からだよ」
「へー。お前は女子の頼みは絶対断れないんだと思ってた」
 フェリックスは読んでいた本に栞を挟んで閉じると答えた。
「一回付き合って別れる時泣かせるか、付き合わないで泣かせるかのどっちかの違いだろ」
 ボイスがそれを聞いてニヤニヤ笑いをした。
「兄さんえらく成長しましたね」
 いつもは言い返すフェリックスが、この時は何故か口を閉ざしたままだった。