Cosmos and Chaos
Eyecatch

第51章:仮面[ペルソナ]

  • G
  • 2168字

 フェリックスは自分の家の裏庭で、アレックスとフローラと遊んでいた。覚束ない手付きでスコップを手にし、花壇の土を掘り返しては固めて何かを形作る。まだ三歳のアレックスはすぐに飽きると、家の扉の所に転がっていたボールを投げたり蹴ったりして遊び出した。フェリックスとフローラは黙々と土の家や、犬や、コップなんかを作って遊んでいた。
 フローラの両親もフェリックス達の両親も、めいめいの仕事をして彼等の事を見張っていなかった。見張る必要も無かった。自宅の敷地内であるし、そう頻繁に誘拐事件が起こる程治安が悪い国では無い。フローラは大人しいし、フェリックスは四歳にしては思慮深い子供で、羽目を外して怪我をする様な子供達ではなかった。アレックスは少々腕白だが、フェリックス達が一緒なら大丈夫だ。そう思って彼等の両親は彼等を庭で自由にさせていた。
 実際、事故や事件が起こった訳ではなかった。ただ、近所に住む主婦が二人、フェリックスの家の裏門の前を通っただけだった。
「こんにちはー」
 ボールで遊んでいたアレックスが最初に彼女達に気付き、最近覚えたばっかりの近所の人に挨拶する習慣を実践した。下を向いていた残る二人も顔を上げ、挨拶する。
「あらこんにちは」
 主婦達も軽く挨拶すると、家の前を通り過ぎて行った。こんな会話をしながら。
「テイラーさんも、直ぐにアレックス君が生まれたんだから、上の子処分すれば良かったのに」
 フェリックスとフローラが土をいじる手を止めた。アレックスはボールを追いかけるのに必死で聴いていなかった。
「あら、あの法律知らないの? 今はアルビノを食用に出来ないのよ」
「そうなの? それにしても恐ろしいわ。あの紅い目…争いを生む鬼の様…」
 四歳児の頭脳では彼女達の会話を全て理解する事は出来なかった。それでも、フェリックスが嫌われているという事は理解出来た。処分という言葉の意味も知っていた。
(みんなはぼくがきらいなの? ケンカをしたらすてられちゃうの?)
 フェリックスは主婦達の会話をそう要約した。フローラがフェリックスを気遣って言った。
「フェリックスのめはきれいだよ」
 その日を境に、フェリックスは「良い子」の仮面を被る事にした。争いと言う争いを起こさない様に、そして巻き込まれない様に配慮した。家の外で出会う人間は、殆どの者が悉くフェリックスに敵意や、恐怖や、奇異の目を向けた。だから彼は家族や近しい者に依存した。誰かに愛されていたかった。両親の言い付けは何でも守った。アレックスにも優しくした。
 幸運にも彼は美貌という才能を持っていた。これを利用しない手は無かった。自分が一番美しく見える表情を研究し、求愛は相手が誰であろうと全て受け入れた。教師に好かれる為にどの教科の勉強も人一倍頑張った。嫌われたくない。ただその一心で。
 当然、そんなコンプレックスに後押しされた動機で続く筈が無かった。年々、フェリックスは家に閉じ篭りがちになった。自分の部屋で本を読んでいる時が一番落ち着いた。しかし、それだけでストレスが全て発散出来る訳も無く、フェリックスは度々、飲酒を始めとした非行に走った。中でも一番気分が良いのが、誰かの気持ちを傷付ける事だった。それも、あからさまに加害するのではなく、加害者が誰なのかわからない様に巧妙なやり口でやるか、無神経でそうなってしまったのだという事故を装うのである。ボイスの「とっかえひっかえ」という表現はあながち間違いではないのである。時折、気に入らない男子の恋の相手に仕掛けて、彼女を奪う事をした事だってある。勿論、相手を好きな訳でもないから、適当にあしらっておけば相手の方から別れを告げる。
 フェリックスは周りに馴染んでいる様に見えて、実は一番周りから浮いていた。フェリックスは自分が嫌われていると思っていたが、実際はフェリックス自身が世界を嫌っていた。しかし、それを表に出さないまま、十年以上も耐えて来たのだ。
 アンジェリークに指摘されるまで。

 目を開けると、蝋燭の明かりが揺れていた。枕元の眼鏡を探り、上体を起こして伸びをする。時刻は午前零時前。再び交代の時間だ。
 フェリックスがレベッカと入れ替わりで外へ出ると、アンジェリークはまたも馬車の上に陣取っていた。フェリックスは今度は馬車の上には上らず、リリーに近付くと彼女の背中に顔を埋めた。
(黒髪と白い髪、どっちが似合ってた?)
 フェリックスが尋ねると、リリーが身じろぎして彼の顔を離させ、答えた。
(どっちも似合うわよ。人間の美しさの基準は良く解らないけどね)
 フェリックスはそれを聞くと微笑んだ。いつもの優美な表情ではなく、アレックスがしている様な、悪戯っぽい眼差しで。

 翌朝八時。今度は今まで揺れていた馬車が止まった感覚がして、フェリックスは目を覚ました。夜が早い代わりに、朝早く起きて移動していたのだ。
 窓を開けて外を覗くと、今まで樹しか目に飛び込んで来なかったのに、今朝は灰色の石の壁が見えた。マイルズ国に到着したのだ。
「予定より早く着いたわ」
 窓から首を出しているフェリックスに、御者台から降りて馬車の横に立っていたレベッカが気付いて教えてくれる。
「ボスが入国手続きしてるから、待ってて。見張りの当番は良いわ。どうせすぐホテルに着くから」