Cosmos and Chaos
Eyecatch

第44章:管理官の企み

  • G
  • 4136字

 計画は失敗した。本日午後六時に、各自の家まで王室の遣いが迎えに来る。国王と私と面会だ。すまないが、ブルーナとアレックスは未成年なので保護者も一緒に来てくれ

 ティムからの最後の手紙にはそう書いてあった。
「は~」
 アレックスは馬車の中で伸びをした。ブルーナとヴィクトー、そしてアレックスの父親とブルーナの父親も一緒に乗っていた。
「なんか、全部無駄になった感じ」
「そうでもないんじゃない?」
 アレックスの父親がニコニコして言った。彼も、ブルーナの父親も、子供達のやった事を責める様な事はしなかった。ただ、ブルーナは少しだけ「そんな危ない事して!」と怒られた。
「アレックス、中学の時よりも元気そうに見えるよ」
「…そう?」
「あの、でも、フェリックス君も巻き込んでしまって…」
 ブルーナがアレックスの父親に謝ろうとすると、彼は手を振ってそれを遮った。
「だいじょぶだいじょぶ。フェリックスは基本的に何でもやれば出来るし、多分無事!」
 そんな呑気な…とブルーナは呆れたが、口には出さないでおく。
「お店の方の風評被害は大丈夫ですか?」
 ヴィクトーが口を挟んだ。仕事が終わってすぐだったのか、まだ終わっていなかったのか、管理官の制服のままである。
「うーん、うちは殆ど王室からの注文で成り立ってるようなもんだから、別にどって事無かったよー」
 本当に? とブルーナが尋ねる前に、馬車が城の前で停車した。順番に降りると、眼前に巨大な城…国の行政機関の集合体がそびえ立っていた。
「近くに住んでるけど、こうやって真下に立つとまた違って見えるね」
 フェリックスの父親が呟いた。五人は王室のダイニングに通された。人数分の料理が準備してあり、王と王子は既に一番奥とその隣の席に着席していた。
「この度は私の息子がご迷惑をおかけしまして…」
 国王が立ち上がり、深々と頭を下げた事に、ブルーナとアレックスは呆気に取られた。二人は、王冠を被り、マントを付け、煌びやかな服を着てバルコニーに立つ王様しか見た事が無かった。しかし、今目の前に居る人は王冠も付けていないし、服は半袖のシャツに着古したズボンだし、着太りかと思っていたがどう見てもお腹はたるんでいるし、何処にでも居る中年男性にしか見えなかった。しかし、顔は良く知るこの国の王であった。
「いえいえとんでもない。また御贔屓の程、よろしくお願いします…」
 アレックスの父親は王とも顔見知りである為、落ち着いた風でビジネストークで返す。ブルーナの父親はやや緊張している様であるがうんうんと頷いていた。
「ブルーナ、アレックス…」
 そんな大人達のやり取りの横で、ティムが気分が悪そうな顔をしながら二人を呼んだ。
「すまなかったな。ヴィクトーも…」
「いや、俺は面白かったから、寧ろ感謝してるよ」
 ヴィクトーは御馳走を目の前に、早く食わせろと言わんばかりに目を輝かせていた。ヴィクトーの料理の腕なら、食材さえあれば自分で作れると思うのだが。
「まあ、お話は食事をしながらにしましょう。まず解決しなければいけない問題は、フェリックス君が行方不明であるという事です」
 王の言葉に皆は食事に手を付け始めたが、ブルーナだけはフォークを持ったまま手を止めてしまった。
「行方不明って、本当ですか?」
「この事についてはティモシーから説明しなさい」
 尋ねられた王はティモシーを見た。ティモシーが青い顔でブルーナを見詰める。
「フェリックスは刑務所の外に逃げ、アレックスから荷物を受け取って北門まで走った。此処までは確認出来ている。それから、ヴィクトーが門の外のトンネル入り口まで行くように指示した。しかし、トンネル内の休憩所に待機している協力者からの連絡によると、まだフェリックスが来ていないらしい」
「時間的にはおかしいですよね。馬に乗っていればコリンズまでは数時間で着きますし、歩いても最初の休憩所まではとっくに付いている筈です」
 ヴィクトーはお得意の良い子ぶった話し方をしながら、食事の手を止めた。言おうか言わまいか、迷っている様子をした後、顔を上げて報告する。
「フェリックスに渡した磁針が壊れていた可能性があります」
「何だって?」
 国王が深刻な顔で訊き返した。
「仕事に行って、一つ壊れている磁針がある事に気付いたんです。それは出国者には渡さない様に注意していたんですが、さっき管理所を離れる時に捨てようと思って探したら無くて…」
 ヴィクトーは瞳を潤ませながら訴えた。無論、演技であるが、それに気付く人物はこの中には居なかった。
「最初に気付いた時に除けとくか捨てとくかしておくべきだったんです。トンネルの入り口は解りにくい所にありますから、解らずに通り過ぎて迷っているのかも…」
「その可能性が一番高いな」
 国王が言った。
「彼は十分な旅道具を持っていないらしいし、至急捜索隊を派遣しなければならないが、此方にも此方の都合があるので、どれだけ人数を割けるか…」
 国王はすぐにでも民主化を進めるつもりでいた。アルビノ排除の声を鎮静化させる必要もあるし、ティムも初代首相になる事を承諾した為、一気に改革を起こしてティムを国の長の座に座らせる事が一番手っ取り早い対処法だと考えたのだ。しかしそれこそ、ティムの計画とは規模が違う人員を割く必要があった。
「俺が行きます」
 ヴィクトーが声を上げた。
「俺の責任です。行かせて下さい」
「だったら俺も行く!」
 アレックスも椅子から立ち上がって言う。ヴィクトーはアレックスの援助は拒否した。
「まだ未成年だし、学校もあるだろ。そんなに遠くへは行ってないだろうし、俺一人で大丈夫だ」
「そんなん言ったら先輩だって仕事あるじゃん。それに、俺が行きたいんだよ!」
「まあまあ、ではヴィクトー、頼んだ。アレックス君の方は親御さんの判断に任せるよ」
 国王がアレックスを宥め、彼の父親を見る。父親は呑気にスープを啜りながらこう言った。
「良いなー国の外かぁー。私も行ってみたいなー」
「いや、親父、そう言う事じゃなくって…」
 アレックスは呆れ顔で椅子に座る。父親は笑って「冗談だよ」と言うと、ヴィクトーにアレックスが同行する事を許可した。
「まあ、生きて帰って来てね。子供が両方とも同時に居なくなるなんて寂しいからね」
 アレックスは父親の危機感、緊張感の無さにほとほと呆れつつも、反対されないで良かったと胸を撫で下ろした。アレックスは未だに、ティムにフェリックスが毒薬を所持していると報告した事を後悔していた。それが、兄が行方不明になった事の元凶だと考えていた。
「では、ちょうど荷物も纏まってますし、明日にでも出発しようか」
 ヴィクトーがちらちらと王の方を見ながらアレックスに提案した。アレックスは頷き、王も「学校の方へは私が何とでも言っておく」と承諾する。
「本来はティモシーに自分で迎えに行けと言うべき所だが、こいつには国民の前で自分の罪を白状して謝罪する必要があるから、勘弁してやってくれ」
 その後は国王の計画、まだ極秘の計画だが、それについての話や、フェリックス誤認逮捕への補償の話、この国やティモシーの今後の話等、主に大人だけで会話が進められた。その中でも、ブルーナの父親はあまり話の内容についていけていないようではあったが。
 午後九時頃に、この会はお開きとなった。他の親子達と一緒に部屋を出ようとしたヴィクトーを、王が立ち上がって呼び止める。自分の部屋に戻って明日の謝罪の演説の内容でも考えようと思っていたティムも、なんとなく、足を止めて振り返った。
「大きくなったなヴィクトー」
 ティモシーは思い出した。そう言えば、王とヴィクトーは六年前にも対面した事があったのだ。自分の部屋から永住許可を出すかどうかの審査を、自分の特異な能力を使って盗み聞きした事を懐かしく思う。
「御蔭様で」
 王が差し出した手を、ヴィクトーが握り返した。
「随分丸くなったな」
「そうですか?」
 ヴィクトーがとぼけて自分の体型を確認する。国王が大きな声を上げて笑った。
「性格の事だよ。前に会った時は、フィッツジェラルドが押さえていなければ暴れ回ってそこら中の物を壊していたのに」
 ああ、とヴィクトーが口の両端を吊り上げて微笑んだ。
「まあ、色々ありましたからね、あの時は…」
「そうだな。ところで、本当にフェリックスにはトンネルの入り口の場所を教えたんだろうな?」
 ヴィクトーは一瞬ギクッとした。しかし平静を装って訊き返す。
「勿論ですよ。何なら、エリオットに訊いて下さい。一緒に居ましたから」
「そうか。勿論、六年前の約束は忘れていないだろうな?」
 王は首を横に振り、ヴィクトーは首を縦に振った。
「永住許可の条件ですね?」
「そうだ。言ってみなさい」
 ヴィクトーは深呼吸をし、頭の中に響くラザフォードの歌の苛みに耐えながら、六年前に王が言った言葉を繰り返した。
「『ラザフォードの名を捨て、歌を捨て、誉れを捨てよ。汝がこの誓いを破り、ラザフォードの力をもってして他の者を傷付ける事あらば、その痛みは汝をも苦しめるだろう』…」
 少し離れた所で見ていたティムは、王が何故そのような事を聞いたのか、理由を掴めないでいた。しかし、ヴィクトーが言った言葉が何を意味するかは解った…これは単なる永住条件ではなく、一種の魔法である。ヴィクトーがラザフォードの歌を歌い、それによって操られた人物が誰かを傷付けた時、その傷はヴィクトー自身に跳ね返って来ると言う内容だ。つまり、誰かを殺してしまう様な事があれば、ヴィクトー自身も命を落とすと言う、呪いの様な魔法。六年前はただの言い回しだと思っていた表現が、年を経て色々な知識を身に付けたティムの脳には、はっきりと呪文として認識された。
「よし。覚えているなら良い」
 ヴィクトーはそれを聞いてその場を去りかけたが、国王は最後にこんな質問をした。
「君の名前は?」
 その調子が六年前に同じ事を尋ねられた時と全く同じだったからか、それともラザフォードの歌の影響なのか、どちらかは解らなかったが、ヴィクトーは昔の姓を思い浮かべ、一瞬詰まりながらもはっきりとこう答えた。
「ヴィクトー・フィッツジェラルドです」