第35章:王の企み

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 国王はフェリックスの部屋から押収された物品が並べられている部屋の見学に来ていた。
「凄い量の本だね」
「ええ、運び出すのが大変でしたよ」
 案内役の作業員が同意する。国王の前には、小さな図書館が出来そうなくらいの数の本が積み上げられていた。
「本棚に魔法が掛けてあって、通常の五倍程の収納が出来るようになっておりました」
「なるほど」
 国王は本の傍を離れ、細々とした物が整列して並べられている大きな机に近寄った。
「これが押収された薬品かい?」
 手袋をした国王が指差すと、作業員が恭しく肯定する。
 国王は一番前に置かれていた瓶を手に取った。ポイゾナフラーの種から採られた液体だ。これが息子を殺めようとしたのか。
 瓶の外側を見詰めているだけではどうにもならないので、国王はその隣に置かれていた、もっと小振りな瓶を手に取った。薄いピンクの液体が入っている。
「…こちらは?」
「本人曰く、媚薬だそうです。陛下」
 国王は少しだけ微笑ましい気持ちになった。ティムと文通していた相手が、どんなに卑劣な青年なのだろうとあれこれ想像していたが、普通に女性を好きになる位には人間味のある人物らしい。しかし、どうして王子を暗殺しようなどと思ったのか。
「これは実験日記かな?」
「そのようです」
 王は媚薬の瓶をテーブルに戻し、隣に置いてあったノートの山から一冊を取った。パラパラとページを捲っていると、ある日の日記が目に入った。

一月十九日
 ティムよりポイゾナフラーの種、九つを譲り受ける。ポイゾナフラーは二月以降に植える方が格段に花が咲きやすいという研究結果があるので、これを冷暗所に保管する。

「九つ…?」
 中途半端な数字だな、と国王は首を傾げた。それより、ティム自身がこの種をフェリックスに贈った事自体、初めて知った。
「ポイゾナフラーの売買記録を見せてくれないか」
 国王は証拠品の保管所を後にすると、動植物の売買や譲渡を管理している部署へと足を運んだ。
(一応、確認だ、確認)
 国王は自分の息子を疑いたくはなかった。だが、思考の方は完全に息子を疑っていた。
(ノートの記述が正しいとは限らないしな)
 管理者が出してくれた売買記録を辿る。一月十五日に、その記録はあった。
「ティモシー・アーチバルド・ラザルス・ウィリアムズ二世、ポイゾナフラーの種子、個数十…」
 管理記録のその行を読み上げる。国王はガバッと顔を上げ、管理者に記録を返すと、今度は刑務所へと向かった。
「国王!? どうされたのです?」
 息せき切って駆けて来た国王に、看守が驚く。
「フェリックス・テイラーに面会したい!」
 看守は国王の命令に反対する事も出来ず、国王に付き添って死刑囚の牢へと向かった。
「あれ…?」
 階段を上ると、廊下の曲がり角から誰かの足が付き出ていた。看守と国王は急いでそこへと駆け寄る。
「うーん…」
 死刑囚の牢への通路を見張っている筈の看守が、ぼんやりした顔で薄目を開けて倒れていた。
「ドゥリトル! しっかりしろ!」
 付き添って来た看守が倒れている看守を支えて起こす。国王は倒れていた看守のポケットから鍵を掴み取ると、牢への通路を開けた。
「国王!?」
 勝手に先へと進む国王を看守が呼び止める。国王は無視して、四つある牢を一つ一つ見て回った。
「看守」
 全ての部屋を調べ終わり、国王が振り返る。
「フェリックス・テイラーが居ない。どの部屋にも誰も居ない。テイラーの他にもう一人死刑囚が居た筈だ。どちらも逃走したようだ」
「しっしかし! 今日は国王以外誰も此処へはやって来ておりません!」
 看守が言い訳すると、国王が頷いた。
(こんな事が出来るのは、私が知る限り一人だけだ…)
 国王はまだ意識が朦朧としている看守をもう一人の看守と支え、階下へと連れて行った。
(あいつは何をしようとしている?)

 ブルーナはティムの第一声はまだかと、バルコニーに設置された演説台に座るティムを見守っていた。するとそこへ、馬に乗ったままのアレックスが人込みの中近寄って来た。
「ブルーナ!」
 彼も自分の荷物を準備していた。
「アレックス! やっぱりティムはアルビノを追い出す作戦なの?」
「みたいだね。でも、他に方法がある? あ、あと兄貴は無事に逃げたと思うから、安心して」
「そう、良かった…」
 アレックスが馬を下り、ブルーナがほっと安心すると、いよいよティムが言葉を発した。
「昨日は皆様にご心配をお掛けしました」
 ティムが弱々しい声で、拡声器を使って話し始めた。
「体調の方は、ご覧の通り、快方に向かっております。ところで、私を襲ったのは、私の良く知るアルビノの少年でした…」
 観衆がティムの声に聞き入る。ブルーナはイライラしながらも、その様子を見守った。
(まったく、ティムはどれだけフェリックスの名誉を傷付けたら気が済む訳!?)
 どうせなら、私がその役を買って出ても良かったのに、とブルーナは地団太を踏む。
「ご存じの通り、この国には有名な言い伝えがございます」
 国王はその時、バルコニーへ通じる階段を登って来た所だった。
「何をしている!」
 背後から怒鳴られ、ティムは一瞬焦ったものの、演説を止めない。
(早かったな父上…ジェンキンスの騒ぎにもっと気を取られてくれるかと思っていたが…)
「その言い伝えの起源は遥かラザフォード王国であった時代まで遡りますが…」
「何をやっているんだ! 王子の演説を止めさせろ!」
 国王は周囲に居た者達に命令した。城の者達は王子と国王の命令の矛盾に暫く葛藤していたが、当然、国王の方が権力が強い。ある者がティムのマイクのスイッチを切った。
(ちっ)
 ティムは観念した。いつかは国王にもこの計画がばれるとは思っていたものの、出来るなら計画が成功するまで…この演説が終了するまでは知られずにいたかった。国の長が、国の人口を減らす様な計画、国内を混乱に陥れる様な計画に賛成する訳が無い。
 そして、ティム自身が制裁を受ける事も覚悟しなければいけなかった。ティムはその場から逃げようと立ち上がる。マイクの音が切れ、ティムが椅子をひっくり返して立ち上がる様を見た広場の国民は、何事かと動揺し始めた。
(何処に逃げるか?)
 魔法で移動する場所を予め考えていなかったティムの、その一瞬の迷いが命取りだった。振り返って王の姿を確認した時にはもう、国王はティムの腕を、陽の光を避ける為の長袖の上からしっかりと掴んでいた。
「中に入れ」
 広場の民衆が驚きの声を隠せずに騒ぎ立てているのが、ティムにも解った。国王はティムの腕を掴んだまま城の奥へと彼を連れていく。始めの内は王に連行される王子をまじまじと見詰める職員達の姿が時折見られたが、次第に廊下の人通りが減っていく。
 二人は城の隅に設けられた、ティムの部屋へと来ていた。
「この馬鹿者」
 国王は部屋にティムを押し込むと、素手でティムの左頬を叩いた。ティムは床に倒れ、涙を流す。父親どころか、他人に体罰を加えられる事自体が初めての経験であったが、涙の理由はそんな事ではなかった。
 頬を平手打ちされた時、ティムの脳内には国王の思考が、国王の長きに亘る計画の内容が流れ込んだのだ。
「父…上…」
「広場の民衆は私が解散させておく。もう少し、常識という物をお前にしっかり教えておくべきだったな」
 よく考えておきなさい、と、国王は部屋を出て行った。ティムは這うようにしてベッドまで移動すると、床に座り込んだまま布団に顔を押し付けて泣いた。

「私は王子をこの国の王にするつもりはないよ、大臣」
 若き日の国王が言った。廊下をパタパタと誰かが…子供が駆けて行く音がした。
「ありゃ、なんかまずい所だけ聞かれちゃったかも?」
 王の向かいのソファーに座った、年取って優しそうな大臣がくすくすと笑った。
「お外に出て遊びたい年頃でしょうに、お城の中だけでしか遊べないのですから、少々の盗み聴きは大目に見てあげませんとね」
「そうだな…誤解しないでくれると良いが。外に出してやりたいのも山々だが、アルビノは太陽に弱いと言うがこの国には対処法等の情報が少ないし、法律を作ったとはいえまだまだ世間の目も冷たい。何より、暗殺が怖いからな」
「国王も他に御兄弟がいらっしゃいませんから、王がまだお若かった時も大変でしたものねえ」
「そうそう。未成年の時に誘拐が三回、暗殺未遂が二回。王家が狙われるっていう事はそれだけこの国は統治しがいのある豊かな国って事なのだろうが、やはりティムが大人になるまでは、私としてはあまり人目に触れさせたくないよ」
 二人は少し話を途切れさせて、紅茶を啜った。
「…では、本気でお考えなのですね?」
 大臣が急に真面目な顔をして確認した。王も大臣を真っ直ぐに見詰め、頷く。
「第十代国王ラザルス・ウィリアムズ一世がこの国の最後の王だ。私の代を最後に、この国を共和制に移行させたい」
 国王は息を吸い、大臣の反応を見た。大臣は異議が無い様だったので、続ける。
「ティムには選ぶ権利がある。私が改革しなければこの国の長となる運命だったのだ。帝王学は身に付けさせる。突然共和制にすると言っても新しいシステムのトップとなる適任者がすぐ見つかるとは思えないし、彼が成人した時に、新しいウィリアムズ共和国の第一代首相になるか否かを、あいつに決めさせようと思う」