第34章:王子の企み

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  • 3718字

 フェリックスが姿を消した後、ティムは掴まれて乱れた服を正し、フェリックスが居た部屋を適当に整え、持って来た荷物を持って廊下に出た。扉の鍵を閉めると、まだ見張りの意識が戻っていない事を確認してジェンキンスを見る。
「婦女暴行殺害は許される罪じゃない」
「何今更解りきった事言っとるんじゃ?」
 格子を掴んで、子供の様にわくわくした様子のジェンキンスが言った。ジェンキンスは死を覚悟していた…というか、あまり生に頓着していなかった。若く見えるが既に七十歳を越えていたし、家族もおらず、生きていてもあまり面白い事が無い人生を送ってきたからだ。フェリックスの様に自分も逃げられるかもしれない、という期待からではなく、ただ単に面白い逃亡劇を見た、という事で興奮していたのである。
「…だったら私がした事も…これからする事も…許されない過ちであろうな」
「?」
 ジェンキンスが首を傾げていると、ティムはおもむろに鍵の束を調べ始めた。先程フェリックスの部屋を閉めた時に使った鍵と似た様な物を見付けると、ジェンキンスの部屋の鍵穴に差し込む。
「…どういう事じゃ?」
 ティムは扉を開け、ジェンキンスの手錠も外す。
「どうせあと数時間後に死ぬ身だ、一か八かの賭けに乗らないか?」
 ティムは優れない色をした顔に無理矢理笑みを浮かべた。ジェンキンスが面白そうに続きを促す。
「私は今から国中を混乱に陥れる。が、その前に、貴方は此処から逃げて別の騒ぎを起こしてくれ」
 そう言ってティムは、持って来た袋の底に入っていた、大きいナイフをジェンキンスに渡した。誰も聞いていないのでそうする必要は無いのだが、ジェンキンスの耳元に顔を近付け、小声で指示を伝える。ジェンキンスはニヤリと笑って頷いた。
「やってる間に銃殺されるかもしれないが」
 ティムは自分で自分のやっている事、言っている事に身震いしながら続けた。
「私の計画が成功した暁には、隣の国まで逃がしてやろう。どうだ? 乗るか?」
「勿論じゃとも」
 ティムはジェンキンスから離れた。二人は死刑囚用の牢の通路を出て、通路の扉を閉める。ティムは眠らせた看守のポケットに鍵を戻すと、ジェンキンスの体の前で指を動かし始めた。
「貴方を街へ魔法で移動させる」
 ティムの指先が光り、ジェンキンスの前に魔法陣が描かれていく。
「念を押しておく。絶対に誰も傷つけるなよ」
「解ってやすよ王子様」
 ティムは魔法陣を描き終わると、弱々しい声で呪文を唱えた。
「ボウジェ」
 少しだけ体がふらつき、次に前を向いた時には、ジェンキンスは跡形も無く消え去っていた。上手く街へ飛ばせたようだ。
(…私もこうしては居られない…)
 ふらふらする体をなんとか真っ直ぐ立たせ、ティムはもう一度呪文を唱えると、自分の部屋のベッドの上に落下する様に移動した。

「何なんだよ! あいつら!」
 ボイス、ハンナ、そしてブルーナの三人は、城に抗議しに行ったものの文字通り門前払いを食らい、一先ずボイスの家に集まっていた。
 ボイスは先程から焦りと怒りを抑えきれない様子で、部屋の中をぐるぐる歩き回っていた。
「裁判も無しなんて! 絶対何かある! フェリックスは何かに巻き込まれたんだ!」
 実際そうである事をブルーナは知っていたが、ティムのやりたい事がイマイチ把握出来ていなかったので何も言わずにおいた。あれだけフェリックスに執着していたティムが、フェリックスを殺す筈が無い。それだけが彼女の希望であった。
「ボイス、ちょっとは落ち着いて」
「落ち着けるかよ! 十年来の親友だぞ!?」
 ボイスが宥めようとしたハンナに噛み付く。気の強いハンナはボイスに怒鳴られて腹を立てた。
「それが何よ!? あたしたちだって心配なのよ! 怒ってるの! お願いだから周りにぶちまけないでよ!」
 ハンナに倍くらいの声量で怒鳴り返され、ボイスはようやく椅子に座った。
 二人が喧嘩を始めないで良かった、とブルーナがほっとしていると、何やら家の外が騒がしくなってきた。
「…何?」
 ハンナが窓の外を見る。残る二人も彼女の頭越しに覗く。最初は一体何を言っているのか解らなかった。しかし、逃げる住民が通りの角から曲がって来ると、三人の耳に騒ぎの内容が届いた。
「キャー誰か! 誰か助けてー!」
「しゃーしゃっしゃっしゃ! おめぇら、白い奴等は悪魔の遣いじゃ! 王子を殺そうとしたのはアルビノじゃ! そいつが逃げたぞ! 国中のアルビノを城の前に集めるんじゃ!」
 ギンガムチェックの囚人服を着た、ナイフを振り回しながら迫る老人に追いかけ回され、通行人達が逃げ惑っていた。ボイスが「危ない」と言って二人を部屋の中に引き込もうとしたが、ブルーナだけは窓辺から離れない。
「ブルーナ!」
 ボイスが力ずくで引き込もうとするが、ブルーナは彼の動きを魔法で止めると、更に窓から身を乗り出した。それどころか、
「ちょっとそこの刃物持ってる人!」
と声を掛けた。
「おっ」
 ジェンキンスはナイフを振り回すのを止めると、ブルーナの方に近寄る。
「アルビノはっけーん」
「貴方、もしかして王子に依頼されてやってたりする?」
 ブルーナの単刀直入な問いにジェンキンスは一瞬黙ったが、すぐに首を縦に振る。
「なんじゃ? 嬢ちゃんもか?」
「そうなんだけど、一体どういう事? ティムは一体何がやりたいのよ?」
 ボイスとハンナは刃物を持った男と、王子だの何だのという話をしているブルーナを驚いた目で見ていた。
「なんか、城の前に国中のアルビノを集めるように、デマを流して、あと、とにかく街がてんやわんやになる様に暴れろ、と言われたんじゃ」
 ブルーナはやはりか、と思った。この国のアルビノは全員未成年者だ。中には赤ん坊も居る。一人一人に呼びかけ、各自で北門まで移動させるのには無理がある。特に幼い子供については、親元から誘拐するなり、何処かに集めるなりして、計画者側で亡命させる必要があった。そこまでして亡命させる必要があるのかどうかが、常に疑問ではあったのだが。
 問題はその手段である。誘拐はブルーナとアレックスが猛反対した為、選択肢から外された。残る方法としては、何処かにアルビノを集め、一斉に、若しくは数回に分けて魔法でトンネルの入り口まで移動させるのだ。確かに誘拐よりは現実的な方法だが、どうやってアルビノを集めるかが問題であった。
(もっと健康診断とか医学研究とか無難な集め方は無かった訳…?)
 ブルーナは内心憤慨したが、よくよく考えれば健康診断後に子供が帰って来ない方が問題である。
(多分、迷信を逆手にとって、アルビノを国から追い出す様に仕向けるつもりね)
 頭の回転の早さはフェリックスに匹敵するブルーナだ。ジェンキンスから何も聞かずとも、僅か数秒でそう結論付けた。
「解ったわ。私も手伝う」
 ティムに先手を打たれた以上、何もしないよりは協力して計画を成功させる方がマシだ。
「おっ。頼んだぞ」
 そう言うとジェンキンスは再びナイフを振り回しながら駆けて行った。
「ブ、ブルーナ…」
 ハンナがそろそろと窓辺に近付き、尋ねた。
「一体何なの…?」
 ブルーナはハンナの、そしてボイスの不安げな表情を見て心が痛んだ。
「二人とも…隠しててごめん…」

 ブルーナは城の前の広場へと走っていた。ブルーナが事情を話すと、ボイスとハンナは納得はしていない様だったが、彼女がやろうとしている事に理解を示してくれた。
「俺は止められないよ」
 ベッドの上で膝を抱えてボイスが言った。
「俺、初めてフェリックスに会った時に、気持ち悪いって言ったんだ。あの時のフェリックスの顔、思い出すのも辛い。俺は、アルビノの迷信の事はもっと大きくなってから知ったけど、迷信なんか無くても珍しい見た目してると生きてくの大変なんだよ」
 ブルーナはボイスの言葉を思い出し、涙が出そうになった。ボイスもハンナも、大切な、理解ある親友だ。もう会う事は無いかもしれないと思うと、周りの景色が滲んだ。
 途中で自分の荷物を取りに行かねばならない事を思い出したが、面倒なのでブルーナは魔法を使って手元に呼び出す事にした。いつもポケットに常備しているチョークを取り出すと、舗装された道に魔法陣を描いていく。自分の家の住所に、呼び寄せたい物を書き入れ、少し念ずると魔法陣が消え、代わりに荷物が現れた。
 荷物を背負い、再び広場へと急ぐ。田舎に住んでいるアルビノはどうやって集めるのだろう。ジェンキンスが暴れ回ると言っても、限度があるのでは? 一先ずティムかアレックスと合流して、計画の詳細を把握する必要があった。
 城の前の広場には、もう沢山の人々が集まっていた。殆どが髪の黒い野次馬達である。ちらほらと姿が見えるアルビノは、近所の人に無理矢理連れて来られている人も居れば、自主的に捜査に協力しようと集まった者、単に面白半分でやって来た者等、此処に来た経緯は様々の様であった。中には、母親の腕に抱かれてぐずっている赤子も居た。
 広場の人々はざわついていたが、ある時ふっと、一斉に会話を止め、城のバルコニーを見上げた。
 正装をしたティムが、再び民衆の前に姿を現していた。

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