第17章:ポイゾナフラー

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  • 1743字

 フェリックスが酔っぱらって家に帰って来たのは、日付が変わりそうな時刻だった。
「フェリックス、酒は成人してからにしなさい。まだあと一年あるだろう?」
 起き出して来た父親が裏口で動けなくなったフェリックスをキッチンまで連れて行き、水を飲ませた。
「ごめーん」
 これまでも度々、違法にも子供に酒を振る舞うパブなどへ行った事があった。いつもは加減するのであまり酔わないのだが、自分よりもブルーナの方が酒に強い事に気が付かず、同じ調子で飲んでいたらこうなった。
「明日が休みで良かったね」
 フェリックスは頷いた。フェリックスは父親に叱られた記憶が無かった。母親はしょっちゅう子供達に小言を言ったりしたが、父は正反対で、あまりとやかく口を出したりしない人間だった。ボイスの頑固親父とは正反対のこの父が、フェリックスもアレックスも好きだった。
 叱ってくれない事が、時々寂しくもあったけれど。
「そうだ、王子様から手紙とプレゼントが来てるよ」
 父親は水の無くなったコップをフェリックスの手から取ると流しに置いた。それから間続きの居間へ行き、帰ってくると封筒と平たい包みを持っていた。
「ありがとう」
 少し酔いが醒めたフェリックスは、それらを受け取ると「おやすみ」と言って自分の部屋へと戻った。風呂に入ると昏倒しそうなので明日の朝入る事にして、パジャマに着替えるとベッドに仰向けに寝転んでティムからの手紙を読む。
 初めは何が書いてあるのか良く解らなかった。酔っぱらっているから、見間違えたのだろうと思った。
 しかし、もう一度読んでみても、読み取れた内容は先程と変わらない。フェリックスは一気に酔いが醒めた気がした。ガバッと腹筋を使って起き上がると、机に置いたプレゼントの方へ手を伸ばす。

もう一人の私、フェリックスへ

 誕生日おめでとう。私とまた同い年になったな。
 プレゼントは以前から貴方が興味を持っていたポイゾナフラーの種だ。たまたま入手出来たので、少し分けてやろう。
 勿論、これは法律で種子の譲渡や売買が制限されている植物だから、栽培には十分気を遣って欲しい。
 忙しくて短い手紙ですまないが、此処で終わろうと思う。貴方からの手紙を心待ちにしている。

ティム

「ポイゾナフラー…」
 思わずその名を口にしたが、声が掠れて自分でも殆ど聞こえなかった。
 ポイゾナフラーの花は万能に効くとされる薬の材料だが、その種子には毒があり、国に管理されている為一般人はなかなか手に入れられない代物だ。フェリックスは、以前からこの植物について色々と調べたり、花から自分で薬を調合してみたかったのだが、上述の理由で今までその願いが叶う事は無かった。
(王子の権力は凄いな…)
 フェリックスは包みをそっと開けた。中には九つ、小指の爪くらいの大きさの茶色くて丸い種が入っていた。手に取って電灯の明かりに照らしてみる。確かに、図鑑で見たポイゾナフラーの種と同じ物であった。

 ティムはアレックスとブルーナに睨みつけられ、ヴィクトーの家のキッチンで縮こまっていた。
「で、つまりは別の国でぼんやりしてたから、連絡も何も無かったと」
「計画の責任者としてそれはどうなの? こっちがどんな思いでいたか、ちょっとは考えなさいよ」
 アレックスとブルーナが怒り心頭でティムは既に半泣きであった。
「すまない…」
 ティムは今日何度目かの「すまない」を口にした。二人も少し可哀想になって来たのか、責めるのを止める。
「ところで、大丈夫か、ヴィクトー」
 ティムは隣に座るヴィクトーに訊いた。いつもは三人の中で一番文句を垂れるヴィクトーが大人しい。顔色は明らかに悪かったし、目の下には隈が出来ていた。そして、時々袖口から見える手首に、何かに縛られていたような跡があった。
 ヴィクトーは黙って頷いた。昨日は殆ど眠れなかった。ヴィクトーの家から城壁までは少し距離があり、国の外の人間の声が聞こえる筈は無い。しかし、ヴィクトーはとうとう、はっきりとあるものを耳にしてしまった。
 ラザフォードの歌が、頭痛に苦しむヴィクトーの頭に響き渡った。それは昨日の帰り道、ほんの短いフレーズが聴こえただけであったが、ヴィクトーの精神を衰弱させるには十分な威力があった。
『裏切り者を、地獄へ落とせ<』
 ラザフォードが自分を探している。ヴィクトーはそう直感した。しかし、自分が殺される事よりも、自分が歌に操られ、周りの人間を傷付ける事の方が心配だった。寝ている間に操られるかもしれないと不安になったヴィクトーは、自分で自分の手足をベッドに括りつけて眠った。
「もし俺がお前等を傷つける様な事があれば…迷わず俺を殺せ」
 アレックスは昨日のヴィクトーの言葉を思い出して身震いした。アレックスはラザフォードの歌について知らなかったので、この言葉の意味を完全に理解した訳ではなかったが、ヴィクトーが意図せずに自分達を攻撃する可能性がある、という事だけは判った。そしてそうなれば、ヴィクトーを殺すか、それに準ずる様な状態にしなければ、ヴィクトーの攻撃を止める手立ては無いという事も。
 今日は流石にヴィクトーが料理を作れなかったので、ブルーナが昼食を作った。ブルーナ以外はあまり食が進まず、ヴィクトーに至っては殆ど手を付けなかったので、ブルーナは自分の料理が不味かったのかと心配したが、ティムとアレックスが慌てて全て平らげるとブルーナは満足したようだった。
「私から言うのもなんだが…報告を…」
 食後に恐る恐るティムが言うと、アレックスがまず報告した。ティムが居なかったので戸籍や住所の情報が入手出来ず、当てずっぽうにマイノリティを探し歩く訳にもいかないので、結局あまり進んでいない、という事だった。ヴィクトーも同じ様な感じであった。
「それはすまなく思っている。私もこそこそと協力者に直接計画を伝えたり、一人一人この眼で居場所を確認するのは無理な気がしてきた」
「じゃあどうするのさ」
 アレックスがイライラして噛みつく。ティムは意を決した。
「今年の私の誕生式典で、私は国民の前に姿を現すつもりだ」
 この言葉にその場に居た全員が驚きを隠せなかった。
「計画をそこで告知するって事?」
 ブルーナの問いにティムは頷く。
「今、この国の北門からコリンズの南西門に向かって地下トンネルを掘っている。普通に工事をしていては貫通までまだあと一年くらいかかるだろうが、フェリックス等の優秀な魔法使いが手を貸してくれれば、二、三ヶ月で掘れるであろう」
「じゃ、じゃあ」
 ブルーナが不安げに尋ねる。
「今年の六月にはフェリックスに計画の内容を伝えるつもりなのね?」
「そういう事だ。今の所強力な魔法が使える協力者はあまり集まっていないし、なんとかして引き込みたい」
 ティムは一度言葉を切り、続けた。
「一か八かだな。トンネルが貫通したとして、私の計画に賛同する人間がどのくらい居るのか。それに、私の姿を見た国民がどう思うか」
「多分色んな議論を湧き起こすだろうな。次の王には相応しくないだの何だの」
 ヴィクトーが弱々しい声で言った。
「まあ、その混乱に乗じてトンズラするしかないだろ。希望者全員連れて行ける気はしないがな」
 全員の顔が緊張していた。やはり初めから無理のある計画だったのだろうか。
 いや、大丈夫だ。ティムは自分に言い聞かせた。フェリックスを此方に付ければ、何とかなる、と。
 ティムが当初思い描いていたシナリオは、こうだ。
 始めは少人数の協力者達と共に、この国に住むマイノリティの実態を調査する。この点は、完全に調査が出来た訳ではないが、アレックスとティムが行った分だけでも計画で動かす人数の規模を明らかに出来た。
 次に協力者を増やす。今の所、協力してくれている人間はそう多くは無いが、全くの人不足という訳でもなかった。アレックス、ブルーナ、ヴィクトーの三人、ティムの側近が数人、それからエリオット等の北門に勤める兵士の一部。トンネルを掘らせる業者はヴィクトーがなんとか説得した。彼の雄弁には舌を巻いた。
 この国の虐げられているマイノリティの感情を利用して、自分は自由を手に入れる。その為には、亡命した後、自分に代わる統率者が必要だった。
 良き統率者の条件とは、必要以上の私欲を持たず、周囲を従えられるくらいのある程度の実力を持ち、他人から好かれる様な人柄である事だ。ティムは、フェリックスはその条件にぴったり当てはまると思っていた。
 それに、彼が居れば計画がもっとスムーズに進行するであろう事は想像が出来た。髪の黒いアレックスがこそこそと調査するよりも、アルビノのフェリックスが同じ境遇の人間に接触した方が人々の心は懐柔しやすいだろうし、フェリックスのあの美貌の前では、ヴィクトーの雄弁等必要無いだろう。まあ、同性に対して効果があるかどうかは疑問だが、人間の半数を虜に出来る才能があるのだ。その上頭も良い。ティムの計画の綻びを、フェリックスが繕い直す…そんな光景をどれだけ望んだだろう。
 ところが、そんな想像をしていると、いつも決まってその全く逆の事が起こるのではないかという不安がティムを苦しめた。フェリックスが計画に反対し、マイノリティ達に自国に留まるよう働きかけたら…。虐げられる側のフェリックスがそう言えば、ますますその効果は強いに違いない。
 自分一人で逃げたら良いではないか。そんな考えも何度か頭を過った。実際、隣の国まで瞬間移動出来る能力も持ち合わせている。不可能な事ではなかった。それでも、ティムはそうしようとはしなかった。
 ティムはフェリックスと共に居たかったのだ。そして、どうせなら、フェリックスが一切傷付かずに暮らしていける様な場所で、と願っただけであった。

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