第4章:恋するお姫様

  • PG12
  • 3527字

「ゼエ、ゼエ…まったく逃げ足の速い…」
 俺は「王女だ!」と叫んで二人の子供を追い駆け始めた警官達を追って着いて来ていた。お供のサージェナイトも涼しげな顔で後ろに居る。まったく、体力の乏しい警察隊だな。
「俺達が代わりに追い駆けましょうか? 見付けたら王宮に連れて行けば良いんでしょ?」
「や、君は先程の…いやしかしこれは私達が受けた命だし…」
「おてんば王女の為に街の平和が維持出来ない様では本末転倒ですよ。さっきみたいに」
 言って俺はさりげなく、腰に提げた剣に彫られた紋章を見せた。警官はそれに気付くと暫し逡巡して、やがてこう言った。
「では…お願いします」

「オニキス、王女様を王宮に戻すつもりなんか無いでしょ?」
 警官達に会話が聞こえないくらい離れてからサージェナイトが確認した。
「そりゃ場合に依る。ともかく、王宮まで出向く必要が無くなって良かっ…」
 言いかけて止めた。本当にあの二人、足が速い。見失わない様にするのが精一杯だ。あちらの体力が底を尽きるまでの持久戦になりそうだが、さて王宮に行って普通に王女への面会を求めるのとどちらが楽だったろうか。
「ま、オニキスが嫌いなタイプじゃなさそうで良かったねえ」
「どうだか」
 言っている内に、早くも二人の内の片方が、息を切らしてその場に立ち止まった。

「あの二人何だろねえ」
 先程ボクの手助けをしてくれた若者二人がしつこく追って来ている事には気付いていた。その目的意図が不明なので、とりあえず逃げ続けている次第である。人通りの多い街の中心部からはとうに離れ、人気の無い民家が立ち並ぶ通りにまで来ていた。
「ねえ?」
 ローズから返答が無いので振り向いて見ると、彼女は既に限界の様だった。
「も、無理…休もう…」
 膝に手を付いて立ち止まってしまう。体に悪いので腕を引っ張ってゆっくり歩かせながら、ボクは後ろの二人が追い着いて来るのを見詰めていた。
「先程はどうもありがとう」
 そういえば礼を言い忘れていたので、駆け付けた二人にボクはまずそう言った。
「でもどうして付いて来るんですか?」
「王女に用がある」
 言って黒髪の青年がローズに手を伸ばした。ボクはその手とローズの間に素早く割り込み、剣を抜いて牽制する。
「まずは何者か名乗りなさい」
「ほらーオニキスはいきなり過ぎるんだよ。心配しないで、君達に害意は無いんだ。西の方から王女を訪ねて来た…」
「オニキスだ」
「僕はサージェナイト」
 サージェナイトという優しげな少年にフォローされつつ、青年が名乗った。
「名字は?」
「それはまだ名乗れない。いずれ判る」
「では身分を」
「まあ今の所一般市民だ。無職。親の金で食ってる」
「僕はオニキスの友人」
 少しの間、ボクとオニキスは睨み合ったが、どうしてもそれ以上詳しくは教えてくれなさそうだし、害意が無いのは二人の様子から恐らく本当だと感じられたので、ボクは剣を下ろした。
「じゃあボクも名乗らないよ。ばれちゃったから仕方ないけど、この方はローズ王女、ボクはルチル。見ての通り姫の護衛」
「ふむふむ」
 相槌を打つオニキスは手を顎に当て、話しているボクではなくてローズにその視線を固定させている。ローズもジロジロ見られて我慢がならなかったのか、ボクが無礼に対して何か言おうとした瞬間に先に言葉を発した。
「もうっさっきから何ですのあなた? 私の顔に何か付いてますの?」
「いや、噂には聞いてたけど、やっぱ王女らしくねーなと思って…」
「失礼ね! 変装しているからよ!」
 怒ったローズは帽子を取って、豊かな長い髪を解いて見せた。
「ローズ! 見付かるよ」
 ボクはすかさずローズに帽子を被り直させ、何処か場所を変えて話をする事を提案した。
「ローズに用があるんでしょ。そこの喫茶店で話をしよう」
 ボクが指差した先にあった小さな店でお茶を飲みながら、ボク達四人は話を再開した。
「それで、用って?」
「一つはどんな顔か見たかった。それは達成」
 オニキスは今度はボクとローズの顔を交互に眺めながら言った。
「ところでお前等似てないか?」
「当り前よ。きょうだいですもの」
 ローズが紅茶に角砂糖をたっぷり加えてかき混ぜる手を休めず答える。
「何で王族が王族の護衛なんかしてるんだよ」
「シッ! 声を落として。私の事も呼び捨てで良いから」
 店内には音楽が流れているとは言え、王女が居るとばれればまた面倒な事になる。
「ボクは庶子なんだ」
「…なるほど。新しい情報だな」
「いい加減教えてよ。貴方達一体何者なのさ」
「それを言っちゃあ、お楽しみが無くなるってもんさ」
「はあ?」
 全く意味を理解出来ないボク達を見て、オニキスが面白そうに口を歪める。サージェナイトはその隣で微笑みを崩さない。
「ローズに会いに来たもう一つの目的は、宝剣の在り処について何か知らないか訊きに来た」
「宝剣って何?」
 ローズの言葉にオニキスとサージェナイトが目を丸くした。
「何、って…宝剣だよ、シャイニーの宝剣」
「だからそれ何ですの?」
「知らないのか?」
 オニキスは目の上に手を当てて溜息を吐いた。ボクも彼が言う宝剣が何の事か解らない。
「シャイニーの伝説くらいは知ってるか?」
「知らないわ」
 これにはサージェナイトも肩を竦めた。
「どうやら君達のお父様は何も教えて下さっていないみたいだね」
「話にならねえな。次行くぞ、次」
 呆れ返った様に言うと、オニキスは茶代をテーブルに置いて立ち上がった。
「追っかけ回して悪かったな。お忍び外出、楽しんでくれ」
「ちょっと何よそれ! 私に用があるんじゃないの?」
 ローズがオニキスが羽織ろうとしていたマントを掴んで制止する。ローズは生まれながらのお姫様だ。この様に適当な扱いをされるのには慣れておらず、困惑して怒った様な口調になる。
「俺達は宝剣を探してるんだ。知らないならもう用は無い」
「だったら教えなさいよ」
「ローズ、やめな…」
「私なら知っていると思ったんでしょう? その理由くらい言ってから去ったらどうなの?」
「やめなよってば!」
 少しボクが大きな声を出して漸く彼女はオニキスを責め立てるのをやめた。ボクはローズに耳打ちする。
「別にこの人達の話を聴く義理は無いさ。ボク達だってカルセドニーに行くんだし」
「カルセドニーに?」
 耳打ちと言ってもこの距離では筒抜けなので、サージェナイトが耳に付いた単語を繰り返した。
「良かったら目的を聞いても良いかな、僕達カルセドニーから来たんだ」
「そうなの?」
「観光なら良い宿紹介するよ」
 言いながらサージェナイトは意味ありげな目線をチラチラとオニキスに送っている。オニキスは再び座ったが、肘を突いて無愛想な顔でその視線を跳ね返していた。
「観光じゃないわ。元カルセドニー国王の子息を訪ねに」
「それはまた何で?」
「私の許婚らしいからどんな人なのか見てみたいのよ。それから…」
 ボクはローズの口を塞いだ。
「もう一つの理由は、貴方達が何者かハッキリするまでは教えられない」
 サージェナイトは何かを面白がっている含み笑いのまま言った。
「そう、まあ、それは仕方無いね。でも、カルセドニーの御子息なら、今家には居ないよ」
「どうして知っているの?」
 ボクの手を剥ぎ取ってローズが尋ねる。
「放浪癖があって有名なのさ。お転婆ローズちゃん」
 ウインクと共に投げられた言葉は、ローズに「王女に向かって無礼な!」という怒りではなくて、年頃の少女にトキメキを生じさせたらしい。
「そ、そうなの…なら仕方無いわね、先にベリルへ行きましょうか」
 そうボクに尋ねるローズの仕種、口調がさっきまでと打って変わってしとやかだ。長い付き合いだ、ローズが誰かに恋をしていたら、すぐに判る。サージェナイトは確かに美男だけど…よりによって得体の知れない旅人に恋しなくても。
「奇遇だね。僕達もクォーツの次はベリルに行くつもりだったんだ。長旅になるし、良かったら一緒に行かない? 言っちゃ何だけど君より剣の腕も立つしさ」
 ね? と今度は彼の青い目がボクに問いかける。
「オニキスも良いよね?」
 ボクが返事をする前にサージェナイトはオニキスにも尋ねた。オニキスはブスッとしたまま、
「まあ、王冠は国王の頭の上に確かにあったしな」
と意味の解らない返事をした。
「先にベリルの魔鏡を確認しに行っても良い。ベリルなら何か知ってるかもしれんし…」
「待ってよ、一緒に行くなんて言ってな…」
 そう言ってオニキスの独り言の様な言葉を遮ったボクの言葉を、今度はさっきとは逆にローズがボクの口に手を当てて遮った。
「是非! 一緒に行くわ!」
 ボクは心の中で溜め息を吐いた。一度こうだと決めたローズの意思を、曲げる事はたやすくはないのだった。

このサイトではクッキーを使用しています。
詳細