第1章:序章

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  • 1070字

 この宇宙の中には幾つもの恒星系があり、数えきれない程の銀河があり、更には銀河団が壁の様に連なって、空虚な空間を泡の様に満たしている。中には自力で自分が住む星から出る力を有する生物もいるが、他の星に住む意思疎通可能な別の生命体に出会った種は殆ど居ない。
 この惑星にかつて蔓延っていた種も、自らの恒星系の外へ探査機を打ち上げる知能を有していたが、彼等は別の生態系を目の当たりにする前に滅び去った。
 世界は既に荒廃していた。野生動物達が、かつて都市の幹線道路だった場所を闊歩し、植物達は手当たり次第に大地の養分を搾取していた。
 その様子をブルーグレーの双眸が黙って見詰めていた。彼は人間…かつてこの星を制していた種属…にとても似ていたが、彼はこの星で生まれた訳ではなかった。
「滅ぼした星を再訪するなんて、珍しいなマーカス」
 突然背後から別の誰かが話し掛けた。ブルーグレーの瞳の男…本当に男だろうか、その顔付きからは判断が出来ない…は銀の髪を揺らして振り返る。
 真っ白な髪と肌を持ち、瞳が深紅の大層美しい人物が立っていた。
「そんなに思い入れがあったのか?」
「別にそういう訳ではない」
 マーカスと呼ばれた銀髪の人物は、目の前にある崩れかけた建物に目線を移動させながら答えた。瓦礫の中から小さな生物がひょこり、と顔を出したが、見慣れない生物に驚いて直ぐに何処かに隠れる。
 実際、マーカスが此処を訪れたのにこれといった理由は無かった。自分が滅ぼした世界に再度踏み入れたって、ただ虚しさと後悔を感じるだけなのに、何故。
「お前に会えるかもしれないと思ったからかもな」
 マーカスは口の端を釣り上げて嘘を吐いた。
「お前こそ何故此処に居るんだフェリックス。この星にはもうまともな『人間』は居ないぞ。一体何を導く為に来たんだ?」
 フェリックスは紅い目を一度だけ瞬きさせて答えた。
「『人間』だよ。もうすぐこの星に帰って来る」
「…そうか」
 マーカスはそう言うと、フェリックスに背を向けて何処へ行くとも無く歩き始めた。風が彼の顔に吹き付け、銀の髪が視界を遮るが、マーカスは足を止めない。
「…ヴィクトー」
 フェリックスはマーカスが生まれた時に付けられた名を呼んだ。マーカスは釣り上げた口の端を今度は下に下げる。
「その名前は捨てた」
 フェリックスは風で前髪が目に入りそうになったので、本能的に悲しみと憐みが混じった瞳を閉じた。
「運命に負けた時点で俺は勝利者[ヴィクトー]ではなくなった」
 瞼が下りていた時間はほんの僅かたっだのに、彼が目を開けた時には既にマーカスの姿は無かった。

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