第9章:ゴーストの正体

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 翌日、アレックスは約束通りの時間に、店の前に馬を繋いで待っていた。今日は昨日と打って変わって快晴だ。
「ちょっと寄って良い?」
 アレックスは水色のワンピースを着たブルーナの姿を確認すると言った。向かいの駄菓子屋で安い駄菓子を適当に買うと、ブルーナを馬に乗せて自分も跨る。
「ひゃああ」
 馬が身動きするとブルーナは不安げな声を出した。
「馬乗るの初めて?」
 横座りのブルーナは後ろのアレックスにしがみ付いて頷く。アレックスは満足気な表情を浮かべた。
「大丈夫大丈夫、落ちないように俺が支えてるから」
 馬が走り出すと、最初は怖がっていたブルーナも、北の高級住宅街に入る頃には随分慣れて、頬を涼しい風が叩いて行くのを楽しむ位になった。
「あれ、俺ん家」
 アレックスが三階建ての高級ブティックと仕立屋を混ぜた様な店を示した。斬新だがシンプルなデザインの建物の看板には大きく『王室御用達』の文字。
「凄い、王族の衣装も作ってるの?」
「パパとママがだけどね」
 二人は店を通り過ぎ、更に北へと上る。はて、とブルーナがある事に気が付いた。
「アレックスはティムに会った事があったの? だからあのアルビノがゴースト・ティムだって言い切れたの?」
 アレックスは苦笑した。
「王家の採寸には両親が城まで出向くのが普通だから、俺が王族と知り合いだった訳じゃないよ。初めて会ったのは、そうだな、確か俺とブルーナが初めて会った日だよ。帰り道にティムが待ち伏せしてた」
 喋っていると危うく飛び出して来た子供を弾きかけたので、少しスピードを落とした後に続ける。
「元々兄貴とティムは知り合いなんだ。多分本人同士は会った事が無いと思うけど、縁があってずっと文通してるんだ…」

 ティモシーは十七年前、ウィリアムズ国の第一王子として誕生した、正統なるこの国の次期国王である。
 しかし、彼はある理由から、生まれてこの方一度も民衆の前に姿を表す事は無かった。
 彼には生まれつき色素が無かった。これまでも散々話して来た通り、この国では奇異なる姿をした者に対しては風当たりが厳しい。現国王、つまりティモシーの父親は、一先ずティモシーを国民の目から隠す事にした。病弱であるという嘘を吐いて。そうして何年も身を隠していると、何時の間にかティモシーは巷で「ゴースト・ティム」と呼ばれる様になった。
 それでもティモシーは次期国王になる人物である事には変わりない。少なくとも政治家達はそれを望んでいた。これまで君主が世襲でも何も問題が起こらなかったのだから。ティモシーは城で家庭教師を付けられ、幼少から英才教育を受けた。同年代の友人等一人も居なかった。
 ある時、王室に仕立屋がやって来て、ティモシーの採寸をしていた。それは本当に偶然だった。採寸が面倒でつまらないと駄々をこねるティモシーに、仕立屋の夫婦が面白い話をしてくれたのだ。
 それは彼等の息子の日常の話だった。彼等の息子もまた、アルビノだったが、彼はティモシーとは違い、自由に外で遊んだり、友人と喧嘩したり、弟の面倒を見たりしていた。城の中しか知らないティモシーにとって、まるでそれは夢物語だった。
 幼いながらも、自分に彼と同じ事が出来ない事は理解していた。自分はこの国の王子、彼は所詮仕立屋の息子。いずれ手に入る権力の事を考えれば、子供時代の不自由など取るに足らない事だ、とも思った。しかし、ティモシーは外の世界への憧れを捨て切る事は出来なかった。
「フェリックスに会いたい」
 世話係に請うてみたがそれは国王が許さなかった。代わりに、王はフェリックスと文通をする事を認めた。
 初めて手紙を書いたのは十歳の時。フェリックスは初めは驚いたが、直ぐに返事を書いた。ティモシーにとってフェリックスは生まれて初めて出来た友人だったが、フェリックスにとってもティモシーは生まれて初めて見る自分以外のアルビノだった。
 二人とも手紙の内容に嘘は書かず、真実を隠さず全て書いた。手紙は王室の使者が厳重に管理してやり取りされた。フェリックスは王室の忙しないが煌びやかな生活に好奇心を持っていたし、ティモシーもまた自分が体験する事の出来ない普通の人生をフェリックスを見て知る事が出来た。

「王子と文通してるって…なんだか世界が違う感じがするわ」
 アレックスは唇に指を立てた。馬で走っているから誰も聞いてやいないとは思うが、ブルーナが慌てて「ティムと」と言い直す。一応内密事項らしい。
「けど、直接の知り合いならティムが自力で説得すれば良いのに」
「それは俺も思うけど、兄貴の事をよく知ってるからこそ、それが出来ないって判断したんじゃないか? ティムも『現状では』って言ってたし」
 アレックスが馬のスピードを緩めた。二人は随分と国の端の方に来ていた。今や周囲には田園風景が広がり、所々にぽつんぽつんと民家や倉庫が建っているだけだ。
 そのうちの一つの民家の前で止まると、アレックスとブルーナは馬を下りた。隣の空っぽの厩に馬を繋いで扉を叩く。中からエプロンに長い前髪を額の上で結んだ姿のヴィクトーが出て来た。
「おう。ティムもう来てるよ」
 ダイニングキッチンに通されると、噂のティムが目の前に並べられた料理を見詰めて待っていた。
「それは何だ?」
 挨拶もそこそこに、アレックスが手に持つ袋に目を留めたティムが尋ねた? アレックスがティムにそれを投げ付ける。
「兄貴からティムが駄菓子を食べたがってるって聞いた」
 ティムは嬉々としてキャッチした袋を開けると中身を食べようとした。しかし、ヴィクトーに汚い口調で叱られて渋々袋をテーブルに置く。
「菓子を食うのは俺の飯食ってからにしやがれクソガキ。テメェが作れっつったんだろが」
 この前会った時の礼儀正しいヴィクトーからは想像も付かない乱暴な言葉だったので、ブルーナとアレックスは驚いたが、ティムは此方がヴィクトーの素だと言う事を心得ていた。
 ヴィクトーが最後の料理を作り終わり、四人でテーブルを囲む。ティムは城で準備される昼食をすっぽかす形になるので、問題にならないかとブルーナが尋ねたが、本人はしれっと答えた。
「食欲無いから要らないという手紙を給仕係に出しておいた」
 話によると、ティムは基本的に自分の部屋から出る事は無く、食事の際はティムが部屋に入る前に全ての使用人を食卓から追い出すのだという。ティムがアルビノという事を知る人物は、城の中でも国王と王妃、世話係が数人と、専属の護衛くらいのしか居ないのだという。
 王子をなるべく人に見せない、という奇妙な国王の方針に全員で首を傾げながら、その後は世間話をしつつヴィクトーの手料理を食べた。
「父上は私を王にするつもりなど無いのだ」
 食事後、ヴィクトーの料理は王室の料理より美味かったと褒めてから、ティムはそう呟いた。
「どうしてそう思うの?」
 ブルーナの問いにティムは悲しげな瞳をして答えた。
「父上が大臣とそう話しているのを聞いた」
 自分は王にはなれない。ならば、これまで自分が自由を諦めてきた意味が無い。何の為に小さい時から自分の部屋で家庭教師と勉強ばかりして来たのだろうか。
 民衆ばかりではない。父親でさえも…この国の国王も、マイノリティに対して寛容では無いのだ。それがこの国の気質、伝統、歴史的な経緯でそうなってしまった事であるのなら、もう仕方が無い。クーデターを起こして政権を奪う力も無いマイノリティは別の良い環境を求めて移民するしかない。
 被差別者集団移民計画…計画、と言えば聞こえが良いが、要は亡命である。
 一部の者だけが上手く逃げ遂せて、一部の者が苦しい場所に取り残されてしまっては、ティムの望む目的と反する。ティムは差別が無い場所を求めているのだ。
 その為には、この国に居るマイノリティの数と居場所を残らず把握する必要、そして裏切り者が出ないよう、信頼出来る者から徐々に計画の内容を伝えていく必要があった。ティムとアレックスは前者の、この国に隠れて住んでいるマイノリティを把握する仕事を、ヴィクトーは後者の協力してくれそうな人物に交渉する仕事を任されていた。ブルーナはフェリックスを計画に取り込み次第、フェリックスと共にヴィクトーの仕事を手伝う事になるらしい。まだ判断力の無い子供等は最終的には親元から連れ去る他無く、この点はティムと他のメンバーとの意見が割れているので後回しになっていた。
 ティムは駄菓子の袋に手を伸ばすとブルーナに尋ねた。
「フェリックスとは順調なのか?」
 ブルーナは昨日の事を思い出して少し赤くなったが、直ぐにそれを頭から追いやって答えた。
「まだ仲良くなってる途中。フェリックスと文通してるんじゃないの?」
 ティムはボリボリと一本十ゲインのスナック菓子を食べながら言った。
「アレックスが話したのか」
「ごめん」
 アレックスが謝ったが、ティムは責めるつもりは無い様だった。
「…まあ、」
 ティムは最後の一本を取り出しながら首を振った。
「フェリックスが身の回りの事全て手紙に書くわけではないし、書いていても貴女に教えられる限度がある」
「あっそう」
 それもそうかとブルーナは納得する。ティムは駄菓子が無くなったので名残惜しそうに駄菓子屋の袋を見詰めた。
「で、今日集めたのは何の用事だよ?」
 皿を洗い終わったヴィクトーがエプロンを脱ぎながら問うた。
「とりあえず貴方達も状況を報告してくれ」
「俺はあんまり成果無いですよ」
 ヴィクトーが前置きした。
「構わん。まだこの段階で何人も協力者を増やそうとは思っていない」
「とりあえず一人引き込みました」
 それを聞いてティムが満足そうに笑った。
「何処の誰だ?」
 畳んだエプロンを膝に乗せてぽんぽん叩きながらヴィクトーが答えた。
「俺の養父[ちち]。北の門番をやってる」
「計画の事は全部話したのか?」
「概ね。最初は嫌な顔してたけど、いずれはこうなる事、解ってたみたいだった」
(俺が何か企んで実行に移す事をね…)
 ヴィクトーが頭の中で呟いた事に気付く筈も無く、ティムはアレックスに視線を向けた。アレックスはポケットからメモを取り出したして報告する。
「まだ俺の家の近所しか調べられてないけど、兄貴の他にももう一人アルビノが住んでた。髪の毛染めてる上にあんまり外出しないから気付かなかった。先輩みたいに移住して来て差別受けてるって人は居なかった」
「私が調べた城周辺の地域と総合して人口に対する割合を出すと…アルビノだけ見れば国内に七百人程度か…移民外国人は住民票や入出国記録を調べたがそれ程多くないし、自ら希望して移民しているのだから、ヴィクトーの様な例外を除いて放置せざるを得ないな」
 ティムが不本意そうに言う。
「そういえば、移民先は何処か当てがあるの?」
 ブルーナが尋ねるとティムは意外にも頷いた。他の三人が身を乗り出す。
「この国の北にあるコリンズ国だ。小国だが、先日賊に襲われて国内は壊滅状態らしい。私の進言で父上に援助金を送らせた」
 なるほど、とヴィクトーがニヤニヤする。そのニヤニヤの陰に、憎しみと悲しみを隠して。
「復興したら住まわせて作戦か」
「そういう事だ。計画についてはもう暫くしたら伝えてみようかと思う。コリンズの国王は若いから話が通じるだろう。コリンズ国民は人種が多様だし、申し分無い移民先だ」
 それからまた少しティムから計画遂行の指示があり、予定の時刻よりもかなり早い解散が決まった。ヴィクトーとティムが玄関先まで来て二人を見送る。ティムは後でヒョイと魔法で移動するのだ。移動魔法はなかなか高度な技術なので、ヴィクトーやアレックスは勿論の事、ブルーナも使いこなせない。
「ところで、証拠、見せてもらってないわよ?」
 馬上でブルーナが思い出した。
「探してみたが私が私である事を証明する事は難しい事が判った。写真も殆ど無かったし、こんな物、幾らでも合成出来るしな」
 言いながらティムは両親と…この国の国王と王妃と共に写っている写真を見せた。こうして見ると、確かに国王の若い頃の写真に似ていた。
「…ありがとう、もう良いわ」
 ティムが微笑んだ。ブルーナは何とも例え難い気持ちになった。生まれてから一度も外に出してもらえなくて、自分が自分である事の証明も出来ない彼が、可哀相だった。たった一人の友人を…フェリックスを、彼は連れて行きたいのだろう。此処ではない何処かへ、友人や兄弟や、恋人も居る理想郷へ。

『創呪擦罪 骨肉相噛』がアマプラで聴ける事ご存知でした?
私は知りませんでした。