Cosmos and Chaos
Eyecatch

第11章:ゴーストの正体

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  • 5713字

 翌日、アレックスは約束通りの時間に、店の前に馬を繋いで待っていた。今日は昨日と打って変って快晴だ。
「ちょっと寄って良い?」
 アレックスは水色のワンピースを着たブルーナの姿を確認すると言った。向かいの駄菓子屋で安い駄菓子を適当に買うと、ブルーナを馬に乗せて自分も跨る。
「ひゃああ」
 馬が身動きするとブルーナは不安げな声を出した。
「馬乗るの初めて?」
 横座りのブルーナは後ろのアレックスにしがみ付いて頷く。アレックスは満足気な表情を浮かべた。
「大丈夫大丈夫、落ちないように俺が支えてるから」
 馬が走り出すと、最初は怖がっていたブルーナも、北の高級住宅街に入る頃には随分慣れて、頬を涼しい風が叩いて行くのを楽しむ位になった。
「あれ、俺んち」
 アレックスが三階建ての高級ブティックと仕立屋を混ぜた様な店を示した。斬新だがシンプルなデザインの建物の看板には大きく『王室御用達』の文字。
「凄い、王族の衣装も作ってるの?」
「パパとママがだけどね」
 二人は店を通り過ぎ、更に北へと上る。はて、とブルーナがある事に気が付いた。
「アレックスはティムに会った事があったの? そう言えば最初にティムが私の所に来た時も、アレックスとは先に合流してたんでしょ?」
 アレックスは苦笑した。
「王家の採寸には両親が城まで出向くのが普通だから、俺が王族と知り合いだった訳じゃないよ。初めて会ったのは、そうだな、確か俺とブルーナが初めて会った日だよ。帰り道にティムが待ち伏せしてた」
 喋っていると危うく飛び出して来た子供を弾きかけたので、少しスピードを落とした後に続ける。
「でも驚けよ。兄貴とティムは知り合いだったんだ。ティムがどうやって兄貴の事を知ったのか疑問だったけど、今朝その理由が判った」
 ブルーナは目をぱちくりさせた。
「どういう事?」
 ブルーナに詳細を希望され、アレックスは朝に兄から聞いたばかりの真実を語り始めた。

 ティモシーは17年前、ウィリアムズ国の第一王子として誕生した、正統なるこの国の次期国王である。
 しかし、彼はある理由から、生まれてこの方一度も民衆の前に姿を表す事は無かった。
 彼には生まれつき色素が無かった。これまでも散々話して来た通り、この国では奇異なる姿をした者に対しては風当たりが厳しい。現国王、つまりティモシーの父親は、一先ずティモシーを国民の目から隠す事にした。病弱であるという嘘を吐いて。そうして何年も身を隠していると、何時の間にかティモシーは巷で「ゴースト・ティム」と呼ばれる様になった。本当に居るのか、本当はもう死んでいるのではないか、という憶測によって、だ。
 それでもティモシーは次期国王になる人物である事には変わりない。少なくとも政治家達はそれを望んでいた。これまで君主が世襲でも何も問題が起こらなかったのだから。ティモシーは城で家庭教師を付けられ、幼少から英才教育を受けた。同年代の友人等一人も居なかった。
 ある時、王室に仕立屋がやって来て、ティモシーの採寸をしていた。それは本当に偶然だった。採寸が面倒でつまらないと駄々をこねるティモシーに、仕立屋の夫婦が面白い話をしてくれたのだ。
 それは彼等の息子の日常の話だった。彼等の息子もまた、アルビノだったが、彼はティモシーとは違い、自由に外で遊んだり、友人と喧嘩したり、弟の面倒を見たりしていた。城の中しか知らないティモシーにとって、まるでそれは夢物語だった。
 幼いながらも、自分に彼と同じ事が出来ない事は理解していた。自分はこの国の王子、彼は所詮仕立屋の息子。いずれ手に入る権力の事を考えれば、子供時代の不自由など取るに足らない事だ、とも思った。しかし、ティモシーは外の世界への憧れを捨て切る事は出来なかった。
「フェリックスに会いたい」
 世話係に請うてみたがそれは国王が許されなかった。代わりに、王はフェリックスと文通をする事を認めた。
 初めて手紙を書いたのは十歳の時。フェリックスは初めは驚いたが、直ぐに返事を書いた。ティモシーにとってフェリックスは生まれて初めて出来た友人だったが、フェリックスにとってもティモシーは生まれて初めて見る自分以外のアルビノだった。
 二人とも手紙の内容に嘘は書かず、真実を隠さず全て書いた。手紙は王室の使者が厳重に管理してやり取りされた。二人が魔法を覚えてからは、水晶玉を使って互いの行動を観察したりもした。フェリックスは王室の忙しないが煌びやかな生活に好奇心を持っていたし、ティモシーもまた自分が体験する事の出来ない普通の人生をフェリックスを見て知る事が出来た。

「って、フェリックスが言ったの? 王子と文通してるって」
 アレックスは唇に指を立てた。馬で走っているから誰も聞いてやいないとは思うが、ブルーナが慌てて「ティムと」と言い直す。ティムが王子だと言う事が計画に携わっている人間以外にばれると面倒である。そもそも、王室の人間がフラフラと出歩いている事だけでも、世間体としては良くない。
「朝、王室の遣いがやって来て兄貴が手紙を渡してるのを見て問い詰めたら口を割った。他言無用って言われたけど、計画知ってる人なら別に良いかなって思って」
「けど、直接の知り合いならティムが自分で説得すれば良いのに」
「それは俺も思うけど、兄貴の事をよく知ってるからこそ、それが出来ないって判断したんじゃないか?」
 アレックスが馬のスピードを緩めた。二人は随分と国の端の方に来ていた。今や周囲には田園風景が広がり、ところどころにぽつんぽつんと民家や倉庫が建っているだけだ。
 そのうちの一つの民家の前で止まると、アレックスとブルーナは馬を下りた。隣の空っぽの厩に馬を繋いで扉を叩く。中からエプロンに長い前髪を額の上で結んだ姿のヴィクトーが出て来た。
「おう。ティムもう来てるよ」
 ダイニングキッチンに通されると、噂のティムが目の前に並べられた料理を見詰めて待っていた。
「それ何?」
 挨拶もそこそこに、アレックスが手に持つ袋に目を留めたティムが尋ねた? アレックスがティムにそれを投げ付ける。
「兄貴からティムが駄菓子を食べたがってるって聞いた。つか、兄貴と文通してるって俺知らなかったんだけど!」
 王子に向かってその口調は…、とブルーナは思ったが、ティムは全く気にする様子も無く、嬉々としてキャッチした袋を開けると中身を食べようとした。しかし、ヴィクトーに更に汚い口調で叱られて渋々袋をテーブルに置く。
「菓子を食うのは俺の飯食ってからにしやがれクソガキ。テメェが作れっつったんだろが」
 この前会った時の礼儀正しいヴィクトーからは想像も付かない乱暴な言葉だったので、ブルーナは驚いたが、アレックスは学校で何度か会っているうちに此方がヴィクトーの素だと言う事を心得ていた。
 ヴィクトーが最後の料理を作り終わり、四人でテーブルを囲む。ティムは城で準備される昼食をすっぽかす形になるので、問題にならないかとブルーナが尋ねたが、本人はしれっと答えた。
「食欲無いから要らないという手紙を給仕係に出しておいた」
 話によると、ティムは基本的に自分の部屋から出る事は無く、食事の際はティムが部屋に入る前に全ての使用人を食卓から追い出すのだという。ティムがアルビノという事を知る人物は、城の中でも国王と王妃、世話係が数人と、専属の護衛くらいのしか居ないのだという。
 王子をなるべく人に見せない、という奇妙な国王の方針に全員で首を傾げながら、その後は世間話をしつつヴィクトーの手料理を食べた。