第3章:綻び

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  • 2365字

 一方ヴィクトーの方も翌日教室で質問攻めに遭っていた。
「フィッツジェラルド君って何処の国から来たの?」
「外国の人って皆青い目をしてるのか?」
「ウィリアムズと祖国の違う所とか教えてよ」
 だが彼に答えられる筈が無い。実の所ヴィクトーには祖国等無かったし、出生やこの国に来た経緯については知られたくなかった。語りたくもなかった。
 ヴィクトーはどう言えば良いのか解らずに、休み時間の間ずっと黙っていた。その日の終わりには、「きっと別の言葉を話す国の出身で、言葉が不自由なのだろう」と皆は結論付けて離れて行った。物珍しいヴィクトーに興味はあるものの、彼にばかり構っていられる程、中学生は暇では無い、というか、他にも興味をそそるものは沢山ある。
 纏わり付く同級生達から解放されたヴィクトーは、放課後、やっと誰にも邪魔されずに職員室に向かう事が出来ると思ったが、荷物を纏めて立ち上がろうとした時、後ろから肩を叩かれた。
「昨日大丈夫だった? 体弱いの?」
 後ろの席に座るフォーテスキューという男子生徒が気遣ってくれた。
「別に…」
「そか。俺はエイブラハム・フォーテスキュー。エイブでも何でも好きなように呼んでよ。君の事はなんて呼べば良い?」
 そういう質問をされた事が無かったので、ヴィクトーはまた黙っていた。暫くしてフォーテスキューが言う。
「じゃ、ヴィクトーって呼ぶね」
 呼び捨てされて特に嫌な感じはしなかったので、ヴィクトーは黙って席を立った。
「帰るの?」
 ヴィクトーは首を横に振る。
「職員室」
 物好きめ、と思いつつヴィクトーが職員室に行くと、たまたまそこにいた担任とは別の若い教諭がヴィクトーに隅のテーブルと椅子を示した。
「ハルフォード先生は部活に行ってる。今日は数学をやってくれと頼まれた」
 教諭はびくびくした手つきでヴィクトーにプリントを渡したが、ヴィクトーはその震えが経験の浅さではなく自分に怯えているからだと見抜いた。どうやら教職員は全員、彼の身の上について知らされているらしい。
「はい」
 ヴィクトーは椅子に座り、黙々と問題を解き始めた。今日の内容は小学校レベルの復習だ。エリオットに大体教えてもらっていたので、数十分後、彼はまあまあの正答率でプリントを提出した。間違った所や解らない単語、記号を教師と確認し、丁度良い時間になったので解放された。
「ありがとうございました」
 ヴィクトーはエリオットに習った通りに礼をした。顔を上げた時に教師と目が合ったが、彼は怯えを目に宿して引き攣った笑顔を返しただけだった。

九月二日
 なにも とってくいやしないのに

 そのまた翌日。だんだん綻びが見えてくるようになった。
「あっごめん、消しゴム取って」
 ヴィクトーの隣の席に座っていた女子生徒が消しゴムを転がした。初め自分で取ろうと椅子から大きく体を傾けたが、結局ヴィクトーに頼む。
「ありがとう」
 ヴィクトーが拾ってやり、生徒が体を起こした時にヴィクトーのノートを見て、怪訝な顔をした。
 それがとても中学生のノートには見えなかったのだ。字はぐちゃぐちゃだし、綴りは間違えまくっているし、板書のスピードに付いていけないのか所々抜けがあった。
 でも、やはり外国から来たからだろうと、その生徒は納得する事にした。
「次は体育だ! 更衣室行こう」
 休み時間になるとフォーテスキューが行った。耳慣れない言葉にヴィクトーがうろたえる。
「こういしつ…?」
「服着替える場所。男子は体育館の隣だよ」
 フォーテスキューは親切に教えてくれたが、教室に残された女子の一人、先程消しゴムを落とした生徒がこんな事を言い始めた。
「フィッツジェラルド君ってさあ…頭悪いのかな」
 ヴィクトーが居なくなってから友人に囁くように言う。
「どうして?」
「私、日直だったでしょ? 昨日日誌届けに職員室行ったらフィッツジェラルド君が補習受けてて。さっきもノートが見えたんだけど小学一年生みたいだったし」
 それを教室を出ようとしていた、ある男子生徒が聞きつけてドアの所で立ち止まった。
「もしかしたら学校通うの初めてなのかも」
「でも何処の国でも義務教育ってあるんじゃないの?」
「だよねえ…途上国でも小学校は義務って所が殆どだし…」
 男子生徒はそこまで聴いた所で学級委員の女子に追い出された。
「もーさっさと行きなさいよフランクリン。着替えらんないじゃない」
「悪い」
 そう言うとフランクリンは更衣室へ急いだ。こんな事を考えながら。
(父さんが、誰か部下が盗賊の子供を引き取ったって言ってたぞ)
 更衣室に入ろうとした時、暗い銀色の髪の少年が入れ違いで出てきた。フランクリンは彼の水色の眼をチラリと見て、すぐに目を逸らして中に入る。
(…多分あいつだ)

「ヴィクトーは何のスポーツが得意?」
 ヴィクトーはフォーテスキューの問いに沈黙で答えた。
 ヴィクトーはなかなか子供に対する接し方を見付ける事が出来なかったが、大人にへの対応の仕方は直ぐに見出だした。学校においても年功序列の法則は成り立つらしい。とりあえず、媚び諂っておけば良い。
「よーし点呼取るぞー」
 今日は年度始まり恒例の体力測定で、教師の授業開始の合図と共に生徒達はめいめい、分担して互いの身体能力を測定し始めたが、ヴィクトーは良く解らないので教師に言った。
「先生、僕、何をしたら良いのか解りません」
「君が転入生か。よしよし、器具の使い方と意味を教えよう」
 この教師は頼られるのが好きだったのか、この時間はマンツーマンでヴィクトーに付いて物事の説明をしてくれた。
「ありがとうございました」
 一週間もすれば、ヴィクトーが実は従順で聡明な子供であるという認識が広がり、可愛がってくれる教員も出て来た。
 だが彼は更なる地獄を見る事になると、この時はまだ予期出来ずにいた。

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