第44章:再会

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  • 2902字

「両手を目の高さに上げろ」
 アレックスはしまった、と思ったが時は既に遅かった。有り得ない油断の仕方だった。さっき自分で、術者が他に居ると読んだばかりだというのに。
 背中から殺気を感じつつ、アレックスは大人しく指示に従った。こんな短時間でこんなに何回も手を上げる事になろうとは…ってこの感想、前に誰かも言っていたぞ。
「お前は誰だ?」
 茂みの中から誰かが歩いて来て、アレックスのすぐ背後に立った。アレックスは答える。
「ウィリアムズ王の命を受けて、人を探しています」
「確かに、盗賊じゃないんだな? そのまま此方を向け」
 アレックスは再び指示に従い、徐々に速まる心臓の音に益々プレッシャーを感じながら、ロボットの様な動きで振り返った。
 長い銀髪の男が拳銃をアレックスの目の前に構えていた。しかし、その銃が普通ではない。その事にアレックスが気付いたのと、男が引鉄を引いたのは同時だった。
「っ!」
 やばい! と思ってアレックスは身を引きながら目を瞑った。そのお陰で、彼は目に水が入らずに済んだ。
(…あれ?)
 自分が顔と胸の辺りが濡れただけで、まだ生きていると気が付くまでに数秒必要だった。目の前の変わった恰好の男が、クックッと可笑しげに笑いを堪えている。
「水鉄砲!?」
「面白いだろこれ。本物そっくり」
 男は右手の人差し指を曲げて銃口から水を噴出させながら言った。
「ところで、そちらさんはどうしたの? なんか仲間割れしてる感じなのが見えたんだけど?」
 さっきまでの緊張が無駄だったとげんなりしているアレックスをよそに、男がヴィクトーを指差して尋ねた。アレックスは、自分が彼に害意が無いのと同じ様に、男も自分に害意が無いと信じ込み、自分よりは十歳近く年上に見える彼に本気で相談した。
「誰かに魔法で操られているみたいなんです。俺を襲ってきて。今は、なんか気絶しちゃったみたいなんですけど」
「なるほど」
 男は倒れたヴィクトーを助手席に座り直させ、頬に手を当て、アレックスに聞こえない程度の声でヴィクトーの昔の呼び名を呟く。
「リオ…」
(やっと会えたな)
 彼の顔が酔い痴れた様になるのを、アレックスは角度の問題で見る事が出来なかった。代わりに、男が腰に下げている大きな刀とライフルが目に入った。一人旅でもしているのだろうか。
(直に楽にしてやるよ)
「あの、この近くで怪しい人を見ませんでしたか?」
 アレックスの問いに男が振り返り、首を振る。
「俺がお前達の車に気付いた時は、周りに誰も居ないと思ったけど…」
 それより、と彼はヴィクトーを親指で指して、アレックスが俄かには信じられない事を言った。
「こいつ、数年前に生き別れた俺の甥っ子にそっくりなんだが」
 アレックスは驚いて顔を上げた。車内灯に照らされた男の顔は、ヴィクトーの叔父にしては随分若いが確かに何処となくヴィクトーと似ている。本当にヴィクトーの叔父ならば、この男も同じくラザフォード一族という事になる。
(…こいつが術者か!)
 唐突に真実を悟ったアレックスは、腰のピストルに素早く手を伸ばし、発砲した。ラザフォード一族が歌に魔力を込めて催眠術を使うという事は、国を出る前に城に自分を呼び出したティムがこっそりと、目立たない耳栓を手渡しながら教えてくれた。ヴィクトーは歌以外の魔法を使えないから、彼が歌い出したら耳栓をして対抗する手筈を整えよ、との事だった。ティムは、ヴィクトーに決して人を操らせない様に、とアレックスに念を入れた。そのあまりの必死さに、どうしてそこまで怖がっているのかを彼に尋ねたが、ティムは答えてくれなかった。
「ぬるいわ」
 男はひょい、とアレックスの弾を避けると、腰の刀を抜いてアレックスに斬りかかって来た。アレックスも剣で応戦するが、太い刀の力に押され気味になる。やむなくピストルを森の奥に放り投げ、両手で相手の刀を食い止める。
「俺が術者だとどうして解った?」
 興味津々な様子で男が尋ねる。
「ラザフォード一族」
 アレックスが額に汗を浮かべながら短く答える。男はへえ、と言いながら舌なめずりをすると、一旦刀を引いた。アレックスがチャンスとばかりに突っ込むと、男はアレックスをひらりと避け、止まり切れなかったアレックスをうつ伏せに倒して取り押さえる。
「歌の事まで知ってるとは、通だねえ。大体、歌の事は忘れる様に魔法を掛けるし、俺達に襲われて生き延びた奴の中でもごく僅かな人間しか知らない筈なんだけど。ま、気に入った。邪魔になるかもしれないから殺そうかと思ったんだけど、お前も利用してやるよ」
 両腕を踏まれ、首の横に刀を添えられた状態では身動きが取れない。ズボンのポケットに入れた耳栓を取る事すら出来なかった。
 男が澄んだ声で歌い始めた。途端に耐えがたい頭痛がアレックスを襲う。
「ああああああああ!」
「受け入れろよ。その方が早く楽になるぞ」
 魔法を使って歌を反響させているのか、歌も聞こえ続けているのに男の言葉も耳に届いた。男がアレックスの両腕から足を退けたので、アレックスは地面をのた打ち回りながら歌の魔力に抵抗しようとしたが、無駄だった。途中で耳栓をなんとか付けたものの、魔法で直接頭に響く声を遮る事等不可能だった。
『受け入れろよ。その方が早く楽になるぞ』
 その言葉がアレックスの頭の中で甘く鳴り響く。気付けば彼は、ラザフォードの歌を子守歌にして眠ってしまっていた。

 目覚めるとアレックスはトラックの荷台に横になっていた。トラックの後方の入り口から光が差している。もう朝になったのか。
 昨夜何が起こったかははっきりと覚えていた。ヴィクトーの叔父を名乗る男に襲われた。その時の苦痛が嘘の様に、今はとても清々しい気分だった。
(エドガーを探さなきゃ…)
 隣でヴィクトーも眠っていた。アレックスは彼を揺さぶって起こすと、ヴィクトーは心底眠そうにしながら何とか体を起こした。
「お、二人とも目ェ覚めた?」
 丁度その時、ヴィクトーの叔父がトラックの幌を開けて中を覗き込んで来た。その顔を見たヴィクトーは、先程までの眠気は何処へやら、大きな目をぱっちりと開いて彼を凝視する。
「マーカス…?」
「おう」
「本当にマーカスなのか?」
 ヴィクトーは掛けられていた毛布を引きずりながら、四つん這いでトラックの後ろに行くと、マーカスの顔に手を触れた。
「本当だってば」
 ヴィクトーは尚も信じられないという顔でマーカスを見ていた。
「生きてる…」
 そう呟くと、ヴィクトーはマーカスの首にしがみ付き、いきなり号泣し始めた。こんなヴィクトーを見るのは、アレックスにとっては初めてだったし、実際、ヴィクトーがこれほどまで泣いたのはエリオットに助けられた時以来初めてであった。
「あーあー。心配させて悪かったな。だから泣くなよリオ」
 マーカスもヴィクトーの背中に手を回し、ぽんぽんと叩いて、まるで彼が子供の様にあやした。そんな二人の様子を、アレックスはトラックの奥から不思議な気持ちで見ていた。しかし、その思いを口には出さなかった。
(エドガーを殺したらマーカスと俺はヴィクトーを八つ裂きにするんだぞ…?)

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