第65章:仇討ち

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  • 3351字

 ヴィクトーは森の中で立ち尽くしていた。
「回収してないとは聴いてたけど…これはひでえなあ」
 エリオットも車から降りてきて、顔をしかめる。フェリックスは外の様子を見て、ブルーナには見せない方が良いと思い、彼女の顔を自分の胸に埋めさせた。
「…これはテッドだな」
 マーカスの骨が入った坪を片手に抱えたまま、ヴィクトーが散在する白骨化した人間の死体の一つに近付いた。
「手榴弾の扱いが下手くそだった。こっちはジョンか」
 ヴィクトーは暫く散らばる骨を見て回り、やがて車に戻ってフェリックスに尋ねた。
「魔法でシャベルか何か出せる?」
「木の枝と石があればそれっぽいものは成形できるけど…無理すんな、穴なら作ってやるよ」
 数分後、ヴィクトーはフェリックスに魔法で掘ってもらった穴に、家族を葬る作業を始めた。エリオットもそれを手伝う。
 作業は着々と進められ、最後にヴィクトーは、残った二つの遺体を見下ろした。
「メリッサ…」
 金髪の遺体に向かってそう言った。
 流石に盗賊達も散乱している死体から髪の毛を引きちぎる勇気は無かったのだろう。野生生物に食い荒らされていたが、彼女の自慢の髪の毛はかなり残っていた。
「まー…死んだら美人も意味がねーな」
 ヴィクトーは彼女の髪を刀で切ると、整えて結び、懐に入れる。
「持って帰るのか」
「エドにやる約束してんだ」
 ヴィクトーは作業を再開する。
「…っと、親父の骨も埋める前にロザリオ探さねーと」
 ヴィクトーが父親の遺体をまさぐり始める。エリオットは、ロザリオが飛んで行った茂みの辺りを探し始めた。
(確かこの辺に…)
 落ちてから六年以上が経つ。誰かに拾われたり、土の中に埋もれてしまっているかもしれない。
 だから幸運としか言えなかった。藪の枝に引っかかっている切れた鎖を見付けた時は、エリオットは心臓が跳ね上がるくらい嬉しかった。
 そして同時に、彼の息子を失う不安が押し寄せる。
「うーん、ヘアピンくらいしか出て来なかった…エド欲しがるかなこれ?」
 ヴィクトーがエリオットを振り返る。と、その顔色が見る間に変わった。
「それ…」
 エリオットに駆け寄り、切れた鎖と、先に付いた十字架のモチーフを確認する。
「これだよ俺が言ってたの。良く見付けたな」
 嬉しそうな顔で見上げるヴィクトーに、エリオットは真実を伝える事を一瞬躊躇したが、覚悟を決めて口を開く。
「見付けたんじゃないんだ」
「へ?」
「落ちた場所を知っていた。何故なら…」
 エリオットが真実を言う前から、内容を予感したのか、ヴィクトーは再び、先程とは違う色に顔色を変えていた。
「俺がこの鎖を切ったんだ。剣で」
 普段は首にかけていたこのロザリオ。
 つまり、あの時父の首を深く切り裂いたのは、エリオットだったのだ。
 エリオットは死を覚悟した。此処は無法地帯。復讐の為にヴィクトーが彼に刃を向けても、誰も咎めない。咎められない。
 案の定、ヴィクトーは腰の刀を抜いた。エリオットは、彼自身がヴィクトーに贈った刀で生涯を閉じる事に抵抗しないでおこうと決めていた。
 彼には仇を討つ権利がある。
 ヴィクトーが刀を振り上げた。様子がおかしいと気付いたフェリックスが車から降りようとするのが見えたが、エリオットは目を閉じる。
 ヴィクトーは刀を振り下ろした。
「…?」
 乾いた音にエリオットは目を開いた。見れば、刀はエリオットではなく、ヴィクトーの隣に立っていた木の幹に深い切れ目を刻んでいた。
「…そんな気はしてた」
 ヴィクトーがエリオットを見ずに、ゆっくりと、刺さった刀を抜きながら話し出す。飛び出して来たフェリックスは、数歩離れた所で二人の様子を見守った。
「メリッサは銃で撃たれてた。親父の上に被さる様にして倒れてて、親父は喉をパックリやられてた」
 その当時を思い出しながらゆっくりと話す。刀を再び目の前に掲げ、ヴィクトーは暫くその刀身に映る自分の顔を見ていたが、やがてエリオットを真っ直ぐに見据える。
「見たら近くに一人だけ、剣を持ってオロオロしてる兵隊が居る。直観的に解ったよ。『ああ、こいつが親父を[]ったんだな』って」
 そして刀を仕舞うと今度は懐からドロシーの短剣を取り出した。
「だからこれであんたを刺した」
 ヴィクトーはにっこり笑う。
「俺の仇打ちはそこで終わってんだよ。結果、俺の力量じゃ掠り傷ぐらいしか付けられなくて、降参ってわけ。まあ、今一瞬キレたのは…」
 ドロシーの短剣も仕舞い、ヴィクトーは二人の遺体の所に戻った。
「六年間、正直に言ってくれなかった事にキレただけだよ」
 ヴィクトーは振り返ってフェリックスを見、それからエリオットを見た。
「『憎むべきは諸悪の根源[ラザフォード]』、だしな」

「おーヴィクトー生きとったんかー」
 エリオットが車をウィリアムズ城の門の前に停めると、眼鏡を掛け直してそれを確認したトレイシーが入出国管理所から出て来た。エリオットとヴィクトーにひらひらと手を振りながら近付いて来る。
「ようトレイシー。御蔭様でな」
「どうせお前が姉さん達の結婚式に出たいって言って駄々捏ねたんだろ?」
 トレイシーは四人に書類とペンを渡しながら言った。
「トレイシーにまで見透かされてるぞお前の行動」
「そうですなー問題ですなー。もうちょっと大人になりませんと」
「どうせ子供ですよ叔父さん」
「十も歳離れてないのに叔父さんは嫌ですなあ…」
「でも戸籍上は叔父さんになるよ」
 冗談を言いながら楽しく会話している三人の後ろで、フェリックスは緊張して震える手で書類を埋めた。
「じゃーまた結婚式でー」
 手を振って車を見送るトレイシーを北門に置いて、車は街の中心部へと向かう。テイラー洋装店の前に車を停め、フェリックスの荷物を出していると、建物から誰かが飛び出して来た。
「フェリックス!」
 鞄を担ぎ上げようとしていた所に後ろから母親に飛び付かれ、フェリックスはバランスを崩して車のトランクに頭から突っ込む。続いてセーラも出てきてわんわん泣きながらフェリックスにしがみ付いた。
「良かったー坊ちゃん無事だったー」
 フェリックスは皆に心配をかけていた事を申し訳なく思った。まさかこんなに心配されてるとは思っていなかったのだ。
「お帰りフェリックス」
 フェリックスが二人を宥めながら漸く身を起こすと、父親とアレックスが店の玄関に立っていた。
「黒髪似合うね」
「坊ちゃんはマスターに似てハンサムですもの」
 父とセーラの褒め言葉に照れながら、フェリックスは皆の顔を改めて眺めた。自分にはこんなにも帰りを待ってくれている人がいた。
「心配掛けてごめん…ただいま」

「ふぇりっくすきゅーん!!」
 次の日、学校でフェリックスの姿を認めたボイスが彼に抱きつこうとすると、彼は長い脚でボイスを蹴飛ばしてそれを避けた。
「何すんの人が心配してたのに!」
「おお、一応心配してくれてたのか。それはありがとう」
「なんじゃそりゃ!」
 ボイス達が大騒ぎしているので、フェリックスが二ヶ月振りに学校に来た事は直ぐに知れ渡った。明らかに色めき立つ女子生徒や、苛立つ表情を隠そうともしない男子生徒の間をすり抜ける様にして四人は教室へと向かう。
「俺もうお前は帰って来ないもんだと思ってた」
「俺もそう思ってた」
 教室に着くと、フェリックスは自分の席が今何処にあるのか尋ねた。
「一番奥の後ろ。不在だったから隅に追いやられたぜ」
 フェリックスはクラス中の視線を浴びながらその席に近付くと、机の中に入れていた私物を鞄に押し込んで教室を出た。
「え? あれ? 授業受けないの?」
「今度は二、三年留守にするから」
 そしてフェリックスは職員室へと向かった。ブルーナが追い駆けようとするボイスとハンナを制止する。
「ブルーナぁ、どゆ事?」
「彼、退学する事にしたの」
 マイルズからの道中、そして昨日フェリックスの家で聞かされた、彼のやりたい事について彼女は語った。
「エスティーズの国際医師免許を取りたいんですって。今から校長先生に直談判して、向こうの大学に入学出来る様に推薦書書いてもらうって」
「え、じゃあエスティーズに行っちゃう訳?」
 ハンナが確認する。
「そういう事ね」
「また別れるの?」
 その問いにブルーナは無敵の笑顔を作った。
「物理的にはね」

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