屋上の少年

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「おーい、フィッツジェラルドー」
 私は屋上に寝転んでいた男子に声をかけた。目を瞑っていた彼が重い瞼を上げ、私を見る。
「何、リデル
 ヴィクトー・フィッツジェラルドは体を起こすと私と向き合った。冬の冷たい風が彼の伸ばしかけの髪をはためかせる。
「寒いじゃん。風邪引くよ」
 自分は今までこの凍り付くような屋上に寝転がっていたくせに、そう気遣ってくれる。
「昼休みだから、呼びに来たの。最近食堂で見ないじゃない、あの一年生と」
「アレックスか。あいつ今、彼女と食うから、俺は他の空いてる時間に食べてるわけ」
 それを聞いて私はほっとする。
「ちゃんと食べてるんだね」
「食べてないと思ってた?」
「最近調子悪そうだし」
 そう言うとヴィクトーは苦笑した。
「…冷える。リデルも、屋上に用が無いんだったら戻るぞ」
 この学校に入学した時から、私は彼の事を気にしていた。
 射撃やアーチェリーの時間になると決まって居なくなる彼。先生達も彼を探すでも、後に叱るでもなく、ただその存在を掻き消す。
 一年の時も同じ様に迎えに来たっけ。
『やーっと見付けた! フィッツジェラルド君!』
『…うっせーな…お前誰?』
『同じクラスのアリスリデル! なんでこんなとこで寝てんの?』
 その問いに彼は苦笑した。
『さあね…リデルさんは知らないほうが楽しく過ごせると思うよ』
 その日も風が強くて、暗い銀の髪が彼の高い鼻に引っ掛かっていた。
『ごめんね』
 あれから二年半。未だにその理由を彼は語らない。
「あたっ」
「あっ[わり]ぃ」
 二年前に比べて大きくなった背中をぼんやり眺めながら階段を降りていたら、急に立ち止まったヴィクトーにぶつかる。
 廊下の向こうに、例の一年生と彼女の姿があった。クスクス、とヴィクトーが笑う。
「あいつの彼女、世話焼きなんだとさ。俺達は、ああならなかったな」
 ヴィクトーが振り返る。私は俯いた。
 私はいつでもああなりたかったよと。
 そんな言葉はすぐに口を付いて出てこない。
 ヴィクトーは再び談話室に向かって歩き出す。
「…ラブレター、待ってたんだけど」
 途中でヴィクトーが語りだす。私は心を見透かされた気がして、黙り込んだ。
「別の所から手紙が来ちゃって…俺、卒業したら居なくなるから」
 予鈴が鳴る。人気の無くなった廊下でヴィクトーが再び立ち止まり、振り返る。
「…何処に何をしに行くの…?」
「さあね…リデルは知らないほうが楽しく過ごせると思うよ」
 私が彼に恋した瞬間が、今と重なる。
「ごめんね」

 あれから二年半。
「おーい、ヴィクトー」
 私は居眠りしている、グレーの制服を着た青年の頭を、お茶を持って来たお盆で叩いた。
「ってー! なんだよアリス!?」
「勤務中の居眠り、上司にチクって減給にしてやる」
 彼は今もウィリアムズに居た。というか、戻ってきた。今は彼は入出国管理官、私は事務員として北門で働いている。
「常習犯じゃねーんだから見逃せ…」
「ふふん、何の夢見てたか教えてくれたらね」
 言うとヴィクトーが顔を赤くする。
「…ねー何の夢…」
アリスと付き合ってる夢! 高校の時の夢だったけど!」
 照れながらヴィクトーが半ば怒鳴る様に言った。私はお盆と腹を抱えて笑う。
「い、ま、さ、ら! 夢にまで見ちゃうくらいなの? じゃあ付き合う?」
 気付けば口を付いて出ていた。
 真顔に戻った彼と目が合う。
「…付き合う?」
 今度はヴィクトーが確認した。
 こんな所で諦めていた恋が動き出すとは。

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