第66章:紅と玄

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  • 5280字

「一応挨拶すべきかと思って来たんだけど忙しい?」
「見て判らんか?」
 ティムに面会しに城に行くと、とりあえずフェリックスは門前払いを食らったが、フェリックス・テイラーだと名乗ると十分程待たされた後、城の門が開いた。ティムの執務室まで案内してもらったものの、ティムは書類に埋もれる様にして仕事をしていた。
「つーか、どっちかってとあんたが俺に挨拶しに来なきゃいけない気がする」
「それは私もそう思ったがご覧の通り仕事は増える一方でな。で? 貴方も更に私の仕事を増やしに来たのだろう?」
 フェリックスは片眉を上げて答える。
「まあね。エスティーズの大学に今すぐ編入したいんだけど」
「プライス学院の校長が駄目だと言ったんだろう? 今すぐにとなれば飛び級であるし、第一、向こうの大学だって九月始まりだ。あと一年ウィリアムズで過ごして卒業してからでも良いではないか」
「…」
 校長に言われた事と全く同じ事を言われてフェリックスは閉口する。
「アレックスと仲直りしたのか?」
「…してたら今すぐ行きたいなんて言わないよ」
 図星の指摘にフェリックスは口を真一文字にして不快感を表す。
「そうイライラするな。良い事を教えてやろう。父上が魔法の本を書いている」
「ウィリアムズの魔法理論を解禁するのか?」
「そのつもりらしい。父上は魔法と政治以外に芸が無いからな」
 私もだが、とティムが付け加える。
「国の長になるのが私の長年の夢だったが、いざそれが叶ってみると『なんだこんなものか』と思ってしまう時がある」
 ティムは書類を繰る手を止め、フェリックスを見た。
「貴方の夢が叶う事を願うが、あまりその夢に期待を抱き過ぎない事を忠告しておこう」
「始めたばっかりなのにもう辞めたいの?」
 フェリックスの問いにティムが微笑んだ。
「かなり厄介だぞこの仕事。次の選挙で別の良い候補者が立ったら、私はコリンズに隠居しようかと思うくらいだ」
 フェリックスはティムに、彼の父親の本が出来たら一早く自分に送ってくれるように約束を取り付け、城を辞した。今回の事はそれでチャラにしてやろうという事だ。
 空を見上げると、綺麗な秋晴れだった。ウィリアムズはまだまだ暑いが、もう一週間ほどもしたら急に寒くなるだろう。
(…アレックスと仲直りか…)
 重い足取りで家に向かいながら考える。
(ま、でも一番重荷だった事はもうやってしまったし、ぼちぼち考えるしかないか…)

「俺、エスティーズの医師免許取ろうと思うんだ」
 ドライヤーが無い(というかホテルにろくに電気自体が通ってない)ので、ブルーナがタオルでごしごしと髪を乾かしていると、部屋に戻って来たフェリックスが唐突に言った。
「またウィリアムズを出て行くの?」
「まあ両親と相談だけど…」
 言いながらフェリックスはマイルズの医療助手免許を見せた。ブルーナが丸い目を更に丸くする。
「この短い期間に色々あったんだ。殺されかけたり、殺されてるのを見たり、殺そうとしたり…」
 ブルーナは手を止め、フェリックスの話に聞き入った。
「助けてもらったり、助けなかったり、それから、助けたりもした」
 ブルーナは黙ってその続きを促した。
「俺さ、自分が嫌いだったんだ。自分も、周りの人も、皆々嫌いだった。そのくせ嫌いだって言えないんだ。嫌われるのが嫌で」
「それが普通なんじゃないの?」
 ブルーナが口を挟んだ。
「大体、皆の事大好き! っていう方が変よ」
 フェリックスはその言葉に微笑みながら、続ける。
「とにかくさ、俺は皆に好かれてたら他はどうでも良かった訳。何にも生み出さない人形だった訳さ。でも」
 フェリックスは思い出した。ヴィクトーの心臓が止まった瞬間。そして、自分が呪いを解除して彼が息を吹き返した瞬間の事を。
「…私反対なんかしてないわよ」
 言葉に詰まったフェリックスにブルーナが言った。
「好きな事やればいいじゃない。私何年でも待つわよ」
「ちょっと待ってなんか先言われた気がする」
 フェリックスは額に手を当てた。ブルーナがハッと気付いた様に「あ、ごめん」と赤くなって謝る。
「今のナシ。どうぞ続けて」
「えっと…だから…その…」
 ペースが乱れてやりづらさが倍増したものの、フェリックスは彼女の手を掴んで言った。
「免許を取ったら必ず戻って来るから、それまで待ってて」
「はい」
「俺がウィリアムズに戻ったら結婚して」
「…はい」
 ブルーナはそこで耐えきれずにくすくす笑い出した。
「人が真面目にプロポーズしてるのにそれは無いでしょ」
「あはは、ごめんごめん」
 そして二人は見詰めあうとキスをした。これまで何回もしてきたが、まるで初めてした時の様な味がした。

「ボイス、あーんど」
「ハンナ、あーんど」
「ケイティの」
「「「フェリックスとアレックスを仲直りさせ隊!!!」」」
 アレックスは呼びだされた公園で決めポーズを取る三人を見て閉口した。ていうかケイティまで巻き込まれてるし。
「あのさあ…馬鹿な事にケイティ巻き込まないでよ」
「はあ~? 馬鹿な事とは何だよ、お前がフェリックスと仲直り出来ないからこっちで対策練ろうってんのに」
 ボイスがケイティに「ねー?」と確認する。ケイティも同じ様に返すと、アレックスは頭痛がし始めた。ノリノリなのかよ、ケイティ。
「って! 噂をすれば城から帰って来たわよ!」
 ハンナの言葉に振り向くと、確かに白くて長身の学生が考え事をしながら歩いて来る。ボイスに背中を押され、アレックスは嫌々ながらその場に立っていた。他の三人は公園の奥へと引っ込む。
(…対策練るって言っといてアドバイスも何も無しかよ…)
 確かにこれでは単に道端で兄弟がたまたま会うだけである。フェリックスが公園に佇むアレックスに気付き、少し顔を上げたが、あっさりと無視して自宅の方に向かってしまった。
「………」
 アレックスはその後ろ姿を見詰める。ボイス達が陰から出てきた。
「あちゃー。フェリックスの方はシカト決め込む感じ?」
「どうだか。っていうか、そもそも俺は兄貴の事嫌いにとかなってないし。こういうのやるなら兄貴にやれよ」

 翌日。フェリックスは校長が口を酸っぱくして「勝手に留学しちゃ駄目だからね!」と言うので仕方無く学校に来ていた。勿論、二ヶ月休んだものの出席日数にはまだ余裕があるし、テストの点さえ取れれば卒業できるのだが、別に家に居ても仕方が無い。
「ねえ」
「んー?」
 昼休み、彼とブルーナは立ち入り禁止の屋上の鍵をこっそり魔法で開けて、弱まってきた秋の日差しの下でのんびりしていた。ブルーナの膝を枕にし、教科書をアイマスク代わりにしていたフェリックスに、ブルーナが話しかける。
「アレックスと仲直りしないの?」
「皆そう言うね。した方が良い?」
「貴方の意向を訊いてるの」
 フェリックスは起き上がった。テキストが彼の腹の上に落ちる。
「…どうしようかな…」
 テキストを拾うとフェリックスは再びブルーナの上に寝転がる。
 フェリックスだってこのままギスギスしていたい訳ではない。嫌いだと言った事も後悔している。
 しかし、だからこそ怖かった。自分は彼に銃を向けたのだ。仲直りしたいと言って、拒絶されたらどうしよう。それに、あの言葉を撤回しろと言われたら、それも出来ない。アレックスの事を疎んでいた気持ちを隠したって、結局それも嘘なのだから。
「どうすれば良いと思う?」
 ブルーナはクスクスと笑った。
「子供みたいな事言わないでよ。同じ事アレックスに言ってみたら?」

「…とか言うんだよブルーナの奴」
 フェリックスは自分の部屋の出窓に片膝を立てて腰掛けていた。隣の庭でフローラがスケッチをしている。気付いた彼女が手を振って来たので、手を振り返した。フェリックスの足元で、良く遊びに来る小鳥が首を傾げる。
「何、君も同じ事言う訳か」
 鳥なんかに助言を求めた俺が馬鹿でしたよーとフェリックスが顔を顰める。小鳥は一鳴きすると、隣の窓まで飛んで行き、激しくガラスを突き始めた。
「ちょっ、君、馬鹿にして悪かった! 馬でも鹿でもないけど!」
 フェリックスが止めるのも虚しく、帰って来ていたアレックスが何事かと窓を開けに来た。そして出窓のフェリックスと目が合う。
「兄貴」
 フェリックスは窓から下りようとした。が、今度は先程の鳥が彼のズボンの裾を銜えて意地でも離すまいとしている。勿論足を振れば簡単に振り解けるが、それでは鳥が怪我をしてしまうかもしれないとフェリックスの良心が抑止する。
 小鳥と睨み合っていると、アレックスが話し始めた。
「俺、兄貴みたいになりたかった。ずっと」
 アレックスはフェリックスの全てに憧れを抱いていた。容姿も、頭脳も、何もかも…。しかし結局どれ一つとして彼に追い付いた物は無い。
「でも今はそう思わない」
 フェリックスがアレックス見詰めた。その表情は決して固くはなかった。
「兄貴は兄貴だし、俺は俺だよな。でも」
 アレックスがしっかりと兄を見据えた。
「でも貴方が兄である事を誇りに思う。貴方と対になる名前を貰えた事も。だから」
 アレックスは今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「嫌わないで」
「アレックス!」
 フェリックスは窓越しに叫んだ。
「俺も弟が居て良かったと思うよ」
 フェリックスは自身の紅い目の縁を指で触れた。顔から手を離すと、指先が濡れている。
「ごめん、それから、ありがとう…」
 ロイはその紅い目に黒い影を落とし、ナイジェルは黒い瞳に紅い炎を映し続けた。どれだけ見詰めていても、その色が変わる事が無いと気付いていない振りをして。
 だがもうその必要は無い。二人は色を混ぜる事無く、互いの色を尊重しながら、己の道を歩んで行けば良いのだから。

「…そして、サラは無事に家に帰る事が出来ました。お家ではサラのお母さんが待っていて、戻って来たサラを抱き締めてくれました。めでたしめでたし」
「おにいちゃんこのほんもーよんでー」
「あーまた今度ねルークリシャ。お兄ちゃんもう仕事に行かなきゃ」
 ヴィクトーは膝に乗っけていた小さな女の子を抱き上げると、彼女の母親が居るキッチンへと連れて行った。
「ローズバッドさん、俺仕事あるんで行って来ます」
「解ったわ。今日は来てくれてありがとう」
「共働きは大変ですよねー。また何かあったら呼んで下さい。暇なら来ますから」
「おにいちゃんばいばーい」
「ばいばーい」
 ヴィクトーは紅葉の様な手を振って彼を見送る可愛い妹に手を振り返すと、徒歩で北門まで向かった。
「おっすー」
 ヴィクトーが挨拶すると、エリオットが暑そうにタオルで首を拭きながら返事をした。三年経っても北門の顔触れは大して変わっていなかった。
「ルークリシャ大人しくしてた?」
 ヴィクトーが管理所に入って担当を替わると、エリオットが管理所の窓を覗き込むようにして尋ねてきた。
「うん。日に日に可愛くなっていくねあの子は」
 ヴィクトーが大真面目に答えると、何故かエリオットに殴られた。
「娘は渡さんぞ!」
「いや、戸籍上俺はあの子の兄なんだけど…」
 第一、親子くらいも年が離れている少女(と言うか幼児)に興味は無い。エリオットの親馬鹿っぷりが最近心配になってきたこの頃である。
「…あれ?」
 ヴィクトーの帽子を取って髪をわしゃわしゃして遊んでいたエリオットが異音に気付く。ヴィクトーも管理所の窓が叩かれている事に気付いてそちらを見た。雨戸が閉まっている為誰が叩いたのかは分からない。
「珍しいなこんな時期に…」
 ヴィクトーは管理所の窓を開け始めた。窓を開けた瞬間に向こうが銃撃して来る可能性も無きにしも非ずなので、この作業は毎回緊張する。勿論、城壁の上で国の外側を兵士達が見張っているから、怪しい人物はこの窓まで辿り着く前に此方に連絡が回る筈だが。
「入国したいんですけど」
 旅人はヴィクトーが窓を開けると、言われもしないのに身分証を差し出しながら言った。
「書類下さい」
 フェリックスが、エスティーズの医師免許証を手に持って立っていた。
「背中に蝙蝠の羽が生えてるのを期待してたのに!」
「そりゃ残念。ご覧の通り無事に帰って来ました」
「っていうかエスティーズの大学って四年制だろ? 免許取得早くね?」
「フフン、史上最短二年で卒業」
「お前天才かっ」
 フェリックスを入国させると、ヴィクトーは仕事を忘れて彼と話し始めた。この暑い時期に国の外に出ようなんていう奇特な人間は少ないので、暇だから問題は無い。
「ま、ブルーナをあんまり待たせておけないしね」
 フェリックスの言葉にヴィクトーが舌を出した。
「惚気は遠慮しとく」
「勿論だ。あんたにするよりアレックスにした方が楽しい。初恋の相手を取られて複雑な顔をしながら好奇心に打ち勝てずに聴くアレックスにした方が」
「お前サディストかっ」
「冗談だよ」
 二人は笑い合った。
「結婚式には呼べよ」
「俺が呼ばなくてもブルーナが呼ぶよ多分」
 実家へと帰るフェリックスを見送り、ヴィクトーは伸びをすると管理官の椅子に座り直した。
「今日も平和だなー良い事だ。なあ、エリオット?」

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